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第9話 202×年 7月31日夜ーー?

 202×年 7月31日夜ーー?


「え、あ……?」


 祠があったと思われる周辺の地面には、鈴蘭が咲き乱れている。その様子は以前と変わりない。


「ここに祠があったはずだよな……あ……」


 ふと足元を見ると、以前俺が転んだであろう場所に靴跡があった。俺が片付けをしている間、雨は一度も降らなかったからか、その跡が乾いてくっきりと残っている。

 恐る恐るゆっくりと近づいていく。そして祠があったであろう場所を見ていると、鈴蘭が咲いている根元に落ちている木片を見つけた。


「これは……俺が壊した祠の……」


 手に持った木片を持ち上げて見る。うん、どう見ても祠の破片にしか見えない。


 「……木片があるのに、何故祠が無いんだ――?」


 自分でも無意識に言葉にしていたようだ。


「何でか、分かるかしら?」


 まさかその問いの応えが後ろから……しかも鈴の鳴るような声で返ってくるとは思わなかった俺は、後ろを振り向く。


 そこに佇んでいたのは――いつもように笑みをたたえているスズラさんだった。

 握りしめた拳に爪が食い込んで痛みを感じるが、体が言う事を聞かず……上手く動かす事ができない。


 口をおずおずと開くが、喉からヒュッとした音が吐き出されるだけだ。そんな僕の様子を見て、困ったように僕を見るスズラさん。


 すると、何故か分からないが喉の奥が軽くなり……詰まっていた言葉が口から飛び出してきた。


「何でって……」


 しかし言葉が出たところで……俺は、何を言ったら良いか分からない。

 背筋の凍るような恐怖に晒され……それから逃れたい一心だったから。


 無意識に後ずさろうと、俺は後ろへ一歩足を踏み出していたのだが――。


「ねぇ、逃げないで」


 きょとんとした瞳で俺を見つめるスズラさん。

 可愛らしい行動も……以前は美しいと思っていた包帯も……今では恐怖の象徴でしかない。それでも彼女は側から見れば、美しいと言われるであろう表情で、俺に笑いかける。


 「何でか教えてあげる……私は祠、今あなたの目の前にいる――」

 「私は、祠……?」


 彼女の言葉の意味が理解できず、俺は顔が引き攣りながらも、眉をしかめた。


「そう、私は祠なの」

「真守さんに壊されちゃったね――」


 ニコッと笑ったその瞬間――。

 彼女の顔が、一瞬にして……祠になった。

 いや、俺も自分で何を言っているか分からない……でも、本当に――彼女の顔がなくなったんだ! 体に祠がついている……いや、祠が、そこに、“生えていた”んだ!


 首から下は人の体、頭だけ祠になった彼女は、一歩一歩俺の元まで歩いてくる。

 その動きは普段のスズラさんと変わらない。でも、頭は、何度見ても――祠。


 俺は逃げようと足に力を入れようとするが……動かない。

 まるで金縛りのように……自分の体が見えない何かで縛られているような感覚。徐々に近づいてくる彼女に、俺は生きた心地がしない――。


 気がつけば、彼女は俺の目の前にいた。

 家にいた時は俺の肩までの背丈しかなかった彼女が……今は俺を上から覗き込んでいる。


 俺が、見下ろされている……。

 背が……伸びた……のか……?

 彼女は、人ならざるモノだったのだ……。


 最初は俺の呆然とした顔を見ていたらしい彼女だったが、いつの間にか視線が下へと下がっている。彼女の視線は、多分俺が手に持っていた木片に向けられて――。


「あら、真守さん……拾ってくれたの? ありがとう。でもね、もう遅いのよ――」


 祠の左側――扉と、その周りの壁の板が根元から剥がれたように崩れ落ちていく……。まるであの時の……俺が壊した時の再現のように――。


 そこで気がついた。


 あの傷の形に見覚えがあるはずだ……。

 だって……彼女の包帯の下の傷は……俺がつけたモノだった、のだから……。


 途中で祠の崩壊が止まる。

 左側の扉がグラグラと揺れているが……踏みとどまっている。


 あのとき、俺が壊したところで……すべてが止まったように。


「何が……遅いんだ……?」


 俺は震える唇を動かし、彼女の言葉を問う。

 俺が声をかけた事に驚いたのか、一瞬彼女の動きが止まった。


 言葉は聞こえていたはずだ――。

 だが、彼女から返ってきたのは、それとは違う言葉だった。


「私、あなたを待っていたの……ずっと……ずっと」


 まるで時間が止まったかのように、彼女の体は静止している。

 しかし、壊れた左の扉だけが……軋む音を立てて、揺れている。


 俺を待っていた?

 何故俺を……本当に、何故俺なんだ……?

 この化け物が、何故、俺を、待っていたんだ――?


 背筋を伝う膨大な汗。

 普段であれば、不快を示すほどの汗……。


 でも今は――。


「ひ、人違いじゃ――」

「そんな事ないわ」


 俺の言葉に被せるように、彼女が答える。


「だって、あなた、“御堂 真守”さんでしょう?」


 頭の祠から、軽やかに響く鈴の音のような声が聞こえる。

 彼女は確かに俺の名前である“御堂 真守みどう まもる”と言っていた。


 しかし……同時に……副音声のように……“私を真に祀る者”と聞こえたのだ。


「真に、祀る、者……俺が……?」


 初めて聞く言葉に、俺は戸惑う。

 いや、じいちゃんがこの祠を『管理をしていた』と、あの時……中沢さんが言っていたけれど……?


 まるでパズルのように、ひとつひとつのピースが嵌っていく――。


 そして、それを肯定するかのように……彼女は声高らかに告げた。


「私はスズカであり……御堂でもある。そしてアナタハ――」

「私を祀ル者としテ生マれ……ソして今ハ守ルモノ……」


 遠くで何かがカチッと嵌る音が聞こえた。

 けれども、俺は彼女の言葉に、立ち尽くすしかなかった――。


 御堂を、真に、守る者……。


 ……御堂 真守。


 ああ、俺の名前だ。


「やっと、ヤット……見つケタノ……」

「ワタシノ“運命ノ夫”……マモルサン――」


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