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第5話 修羅場って、青春っぽくないですか?

 放課後の図書室。静寂の中、空気は紙の匂いと、妄想の熱気で満ちていた。


 椎名詩織は、ページをめくる手を止め、自作ノートにペンを走らせる。

 タイトルのページには、こう書かれていた。


 > 『真夜中に灯るふたり』――友情と誤解と、すれ違いと。

 その小説の登場人物は、見た目も性格も、どこか桐ヶ谷迅と友坂拓海にそっくりだった。


 (……今の表情、書ける。完全に“気づいてない攻め”の顔)


 小さく息を吐きながら、詩織はページにこう書き足す。


 > 「お前、そんな顔すんなよ。……気になるだろ」 (台詞案:迅 → 拓海)


 (……今の間……これは、受けが不意に優しく触れられた瞬間の戸惑いに使える!)


 『拓海は言葉を失い、ただ目を伏せた。その沈黙は、迅の胸をざわつかせる。』

 詩織は脳内映像を描写するかのように、すらすらとペンを走らせた。


 (やばい……素材が生きすぎてる……!これもう実写ドラマ……!)


 最近、妄想が加速しているのは素材が揃っているせいだった。

 というより、実在の2人があまりにも“供給”しすぎる。


 > ✔️ 長身×ちょい悪風イケメン(迅)

  ✔️ 軽口×親友ポジ(拓海)

  ✔️ 「昔からの付き合い」「深い絆」「でも恋愛には鈍感」

 → これはもう公式。いやむしろ供給過多。


 詩織は小さく笑って、ノートをパタンと閉じた。


 (あとは、資料として本人に“自然な絡み”を観察できれば……)


 と、そのとき――


 (あ、桐ヶ谷くん……今日も図書室に……)


 本棚の奥、ふと視線に入ったのは、彼の後ろ姿だった。

 気づけば体が動いていた。


 「桐ヶ谷くん……こんにちは。何かお探しですか?」


 「……ああ、椎名か。いや、ちょっとな」


 迅は片手に小さな実用書を持っていた。

 タイトルは『はじめての犬の飼い方』。


 「レンくんの飼育本? えらいね、ちゃんと勉強してるんだ」


 「ああ、レンの……まぁ、その“レン”って名前は、勝手につけられたんだけどな」


 口元をわずかにゆるめながらそう言う迅に、詩織も小さく笑った。


 「でも、優しいね。ちゃんと調べるなんて」


 「……放っとけねえだけだよ。レンも、まだ小さいしな」


 迅は少し照れたように顔を背けた。


 そこに――


 「は〜〜〜い♡ 放課後特別イベント、乱入しちゃいますよ〜〜♡」


 唐突に響いた甘ったるい声が、図書室の静寂を粉砕した。


 「うわ、来た……」


 迅が頭を抱える。


 九条怜奈が、陽気にスキップしながら入ってきた。

 明らかにテンションの異物。


 「わぁ〜、ホントに迅先輩いた♡それに……あら?椎名さんもご一緒?」


 「九条さん、ここは図書室だよ。静かにしてくれないと……」


 「ええ〜〜〜!?図書室って、“ゆっくり距離が近づくロケーション”じゃないですか♡私の妄想プランだと、今ちょうど“文化系ヒロインとの接近イベント”中なのに♡」


 「……それ、私のこと?」


 「はい♡でもごめんなさい!そのルートはここで終了です♡なぜなら……私が正ヒロインだからっ♡」


 「……妄想だけで決められるものじゃないと思うけど」


 「ふふっ、でも既成事実もあるし?♡名前を一緒に考えた、愛の結晶“レンくん”とか〜♡」


 (……まあ、今日のこの文化系妄想ヒロイン候補?出てくるのは想定内ですけど♡)


 怜奈の笑顔の奥で、ギラリと光る独占欲が燃えていた。


 (“本棚イベント”は私が阻止する♡先輩の隣に座れるのは、この私だけなんですから♡)


 「いや、俺は一緒につけた覚えねぇし」


 と、迅が冷静に割り込む。


 「それに、図書室で騒ぐのはやめてくれ。マジで」


 「先輩、怒らないで♡ごめんなさい、ちょっとだけ♡ちょっとだけ隣いてもいいですか?♡」


 「ちょっとでもだめだっての」


 二人の間に割って入るように、別の声が割り込んできた。


 「九条さん。あなたのその行動、記録済みです」


 「え〜〜〜!? また副会長さん!?ホントどこにでも出てくる〜〜〜♡」


 静かに歩み寄ってきたのは如月瑠璃。

 冷えた鋭い視線が怜奈に向けられる。


 「桐ヶ谷くんの行動に、あなたの介入率が急激に上昇しています。このままでは彼の日常に明確な“支障”が出ます」


 「え、なんか“ヒロインストーカー”みたいな役割になってきてない?新手のライバル枠ですか?♡」


 「違います。私は観察者です。あなたのように感情任せに動きません私は対象の変化を長期的に記録・分析する立場です。過剰干渉は実験環境のノイズになりますから」


 (……でも、この観察記録も、そろそろ“記録”だけでは済まなくなりつつあるかもしれません)


 「ふぅん……でもそれってさ、冷静ぶってるけど結局“好き”ってことじゃないのぉ?♡」


 「“好意”は定義上、曖昧です。私のは“記録者としての執着”です」


 「いや、それ逆に重すぎるやつ〜〜♡」


 「重くありません。正当な分析と整理です」


 「じゃあ、そのポケットの“迅先輩観察ノート”……今ここで公開しちゃう?」


 「…………」


 「ほ〜〜ら、黙っちゃった♡」


 (……今日一日、屋上でも騒がれて……放課後までコレかよ……もう無理だ。どっちも止まらねぇ……逃げよ)


 迅はそっと図書室の椅子から立ち上がった。


 (……ダメだ、胃が痛ぇ。ここに居続けたら消耗する……)


 迅は頭の中で緊急避難プランを発動した。


 (トイレ逃亡――これしかねぇ……!)


 「……ちょっと、俺、トイレ行ってくるわ」


 「行かせません♡」


 「……え?」


 三人同時に、迅に視線が向いた。


 「桐ヶ谷くん、逃げるのはフェアじゃないと思う」


 「トイレって言ってるだろ!」


 「逃げの選択肢がある主人公は、ラブコメでは“モブ”ですよ♡」


 「……そもそも俺、そんなラブコメの主人公じゃねえからな!!」


 図書室、沈黙。

 周囲の生徒がこちらを振り返り、ヒソヒソと小さなざわめきが広がっていく。


 (……これが、青春ってやつなのか? だとしたら――やっぱり面倒くせぇ……)


 そして迅は思った。


 (――頼むから、せめて明日は平穏であってくれ)


 ……もちろん、その願いが叶うことはなかった――。


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