目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

5、クロエとシュバルツ

 少し時は遡る。


 この話はリルとクロエが出会う前。




 魔界に黄檗色の髪色で大悪魔である証の雄牛のツノを持った、悪魔がいた。


 彼もまた長身で長い髪を靡かせ、黒衣を纏い、砂塵の丘陵と呼ばれる地域で権勢を振るっていた。




 その名をシュバルツという。




 彼は群れを率いていた。


 彼の強さに付き従う者を束ね、統率していた。


 彼らは魔界の主力である魔王軍には属さず、自由に行動していた。


 魔王軍は天界との戦争を想定した軍で、シュバルツの率いている集団はその戦力にはなり得ない者達の方が多かった。




 つまり、弱い奴らを抱き入れて大きくなった集団だったので、自由に行動していたのだった。




 ある日の事。




「シュバルツ様!今日加えた女犯っちゃっていいっすか⁈」


 嬉々として訊ねる手下にシュバルツは無関心に答える。


「無茶すんなよ」


「シュバルツ様は犯らないんすか?」


 シュバルツは頬杖をついて顔を逸らす。


「俺はいい」




 それだけ聞くと、今日仲間に引き入れられた女達は手下達に連れていかれ、押し倒されていた。




 いつもの光景だ。




 弱い奴は強い奴に奉仕しなければ生きていけない。


 これは魔界のルールだから変える事は出来ない。


 自分が統制してやれば、最も弱い連中は最低限、奉仕すれば生きていける。


 それは身体を差し出す事かもしれないし、魔力を提供する事かもしれないし、労働力を提供する事かもしれない。


 どんな事であったとしても、自分が上に立っている限りは命の保証だけはしてやれる。




 シュバルツは無自覚にそういうものを背負っていた。




 そんな自分の率いた集団を突然、何の前触れもなく、一人の悪魔が襲いかかった。




 淡黄色の髪色の悪魔は、問答無用でシュバルツの仲間を殺していった。




 シュバルツは駆けつけてその暴挙の悪魔に対抗する。


 魔法陣を幾重にも展開して相手に攻撃を加えるがどの攻撃も全く手応えを感じない。


 自分の出来る最大数の魔法陣を展開する。


 その数、数百。




 数百もの攻撃魔法陣を展開出来れば充分に天才の域だ。


 しかし、同じ数の防御魔法陣を展開される。


 しかも相手は涼しい顔をしていた。


 シュバルツはもう魔力切れ寸前だったが、相手は更に同じく数百の攻撃魔法陣をシュバルツに向けて放った。




 残っていた魔力をありったけ使って、防御魔法陣を展開する。


 それでなんとか致命傷は免れた。


 だけど既にズタボロで魔力も底をついた。


 淡黄色の髪色の悪魔は、シュバルツの胸ぐらを掴んでシュバルツの目をじっと見つめた。




「…殺せ」




 シュバルツはその悪魔に一言そう言った。


 自分は仲間を守れなかったし、この重荷から解放されるなら、死んでもよかった。




 散り散りに逃げていく残った弱い連中は、無事の様だ。


 この悪魔は加虐者である奴らを選んで殺し回っていた様だ。




 淡黄色の髪色の悪魔は、シュバルツの胸ぐらから手を離す。


 ばたりとその場に倒れ込むシュバルツ。


 淡黄色の髪色の悪魔はシュバルツを一瞥して言った。


「死にたがってる奴の願いなんざ誰が聞くか」




 淡黄色の髪色の悪魔はその一言だけを残して去っていった。




 これがシュバルツと淡黄色の髪色の悪魔、クロエとの出逢いだった。






 シュバルツは傷を回復させて、淡黄色の髪色の悪魔について調べ回った。


 彼、クロエの暴挙は有名で、方々で同じ様な事をしていた様だった。


 自分の様に生き延びた悪魔は少ない。


 シュバルツの目標は『クロエに同じ目に合わせてやる事』になった。




 そして、公園で一人クロエの帰りを待つリルを攫う事にする。




 目の前のこの女は同じ悪魔とは思えない位に弱い。


 シュバルツはそのリルと呼ばれる女を冷たく見下ろす。


「来い」


「おにいさん、だぁれ?」


「誰でもいいよ、来い」


 無理矢理腕を引っ張り、抱え込んで空高く飛んで連れ去る。


 そして手頃な廃屋に入り、結界を何重にも張った。


 そして、リルに宣言する。


「今からお前を殺す。お前の死体をクロエに送りつけてやる」


「…リル…しにたくないよ…」


「そりゃ残念だったな。恨むならクロエを恨め。大人しくしてろ。苦しまない様に殺してやるから」


「…やだ…やだよぉ〜…」


 リルは茜色の瞳からポロポロと涙を流す。


 腰を抜かし、後退りする。


「…やだ…」


 シュバルツの攻撃魔法陣が展開される。


 リルの周囲に魔法陣が幾重も囲む。




「…くぅちゃん…たすけて…」




 リルの座り込んだ位置を中心に転移魔法が発動した。


 その場にクロエが現れる。


「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃ〜ん。お呼びですかぁ?ご主人様」


 リルを囲む攻撃魔法陣はクロエの無効化魔法陣を受けて消滅する。


「くぅちゃん!」


 リルはクロエに抱きつく。


 それを抱き止めたクロエはリルに言った。


「もっと早く呼ばなきゃダメでしょ?」


「うん、ごめんね、くぅちゃぁん」


 リルは甘える様にクロエの胸に頬を擦り寄せる。


 それをクロエは可愛く思い、頭を撫でる。


「さ、帰ろっか」


「うん!」


「オラァ!待てよ‼︎」


 完全に置いてけぼりになってしまっているシュバルツは頭に血が上る。


「お前はどこまで俺をコケにすりゃあ気が済むんだよ!」


「…ああ、お前、砂塵の丘陵のアタマか。そういや礼がまだだっけ?」


 クロエは呪咀魔法陣を展開する。


 それはシュバルツを取り囲む。シュバルツは防御魔法陣を展開するが、込められた魔力量の違いで、完全に押し負けてしまう。




 クロエの呪咀がシュバルツを完全に捉え、その呪咀に侵される。




「お前に呪咀をかけた。魔力も悪魔の姿も封じ込めた。この呪咀解きたきゃ、誠心誠意リルに尽くす事だな」


「はぁ⁉︎何言ってんだ!」


 クロエは不敵に笑う。


「呪咀を解くには『ある一言』を言いさえすればいいだけだ。何、そう難しい言葉でも長い言葉でもない」


「お前ふざけんなよ⁈何やってくれてんだ!」


「…俺はこう見えて、結構頭にきてるんだ。お前はリルを俺の弱点だと思ってるんだろうが大きな間違いだ」


「…?なんなんだよ…?」




「こういうのはな、『逆鱗』って言うんだよ」




 かくして、クロエとリルの生活にシュバルツが加わる事となった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?