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第6話 見せてあげましょう、聖女の力を


 室内の様子や窓の向こうに広がる景色、目の前に立つ二人を見ても、梓は心のどこかでは尚もこれはスタジオか撮影現場では、と思っていた。ユーリとリシアはコスプレした劇団員なのでは、と。偽物とは思いにくい、本物らしき精巧さでも、だ。


 だがユーリの放つ言葉が、それらをことごとく打ち砕いていく。梓の希望も願望も木っ端微塵にしていく。



「日本を聞いたことがない……?」

「えぇ。神官としてトコルト家は古くからクライツ王国に仕えていますが、ニホンなんて国は一度も聞いたことないですねぇ。聖女様もクライツ王国、聞いたことないんでしょお?」



 部屋に置かれたテーブルと四脚のチェア。そのチェアに梓だけが座り、ユーリとリシアはまるで従者とでも言わんばかりに立っていた。


 テーブルには四隅が欠けた地図が置いてあって。たしかにそこには日本らしき島国は見当たらない。地図に書いてあるクライツ語らしき言語も、見たことのない文字だった。


 地図はチェアに座るよう進言したユーリがやにわにテーブルに広げたものだ。そして彼は言った、ここに梓の住んでいた国はない、と。



(いや、でも、世界には国が沢山あるんだから……私がクライツ王国を知らなくて、ユーリさん達が日本を知らないことだって)

「ちなみにぃ、この世界のどこを探してもニホンという国は出てこないと思いますよぉ」

「……え?」

「だぁって、ここ、聖女様の住む場所と世界そのものが違うんですからぁ」



 またも、ユーリの言葉でガツンと頭が揺れた。いつのまにか戻ってきた緩い喋り方なのに、彼の言葉は鋭利で重たい。



(今なんて言った? 異世界って言った?)



 ユーリの言葉を心の中で反芻した途端、込み上げてくる吐き気。咄嗟に口を押さえて俯けば、飄々とした兄とは違い、「聖女様、大丈夫ですか?」という妹のリシアの丁寧な声がけが聞こえた。



「聖女様は今から三日前に、このクライツ王国に召喚お呼びしたんですよぉ〜。いやぁ、初めての召喚、無事に出来て良かったぁ」

「も、戻れるんですよね? 元の世界に」

「さぁ?」

「さぁ? って! 貴方たちがこの世界に、この国に呼んだんですよね?!」

「せ、聖女様。落ち着いてください。具合が悪いのでは……」

「さっきから私のことを聖女って二人とも呼びますけど、聖女なんかじゃありません!! 私には葦原 梓という名前があります!!」



 梓が声を荒げるのも無理はないこと。それほどまでに二人の告げてきた事実は、突拍子もないことなのだ。けれども、二人の紫色の瞳という現実離れした瞳が、彼らの言葉に真実味を持たせてくる。

 梓の不安げな顔が映る紫色の瞳はやはり本物なのだ。


 憤りから立ち上がった梓は、目眩でフラつきながらチェアへと腰を下ろす。

 リシアが口を開いたものの、すぐに唇を閉じた。もしかしたら、聖女と呼びそうになったのかもしれない。



「リシア」

「あ、うん。なに、兄さん」

「花ぁ。花、持ってきてぇ」



 梓がこんな状態になってもユーリは慌てやしない。彼に声をかけられたリシアが「はい、兄さん」と答えると、一度テーブルから離れる。リシアはそのまま扉を開け、手に大きな皿を持って戻ってきた。



「聖女様、こちらを」

「花?」



 白磁の皿には大小さまざまな花が乗っている。見慣れた花もあれば、初めて見る形の花もあった。

 リシアが皿を梓の眼前に差し出す。急な展開に梓は目をぱちくりとさせた。



「枯れてる……」

「枯れてますねぇ」



 梓が驚きの顔をさせるのは、理由もなく花を差し出されただけではなく、花がことごとく枯れているからだった。最盛期であればさぞ美しかったであろう花たちは、退色しまくっていて正直に言うとみすぼらしかった。


 リシアが梓に「手をお出ししていただけますか?」と聞くので、戸惑いつつ手を差し出す。手渡されたのは一本の赤い花だ。



(急になに? 花になんの意味があるの?)



 説明もなしに渡された花はこうべを垂れるように茎から湾曲している。



「花をご覧ください」

「? ……?!」



 リシアが言う。梓は二人の意図も掴めぬまま、言われた通りに花へ視線を落とす。

 手を動かすと葉が揺れて取れそうなほどの衰弱具合だ。取れかけている葉をもう片方の手で支えた。その途端。花が輝きだす。



「それが貴方様が聖女たる所以ゆえんですよぉ」

(花が、元気になっていってる?!)

「ほんと、人知を超えた力ですねぇ。枯れた花が蘇るなんてぇ」



 あんなにも元気なさそうだったのに。

 梓が手にした花は重力に逆らうように真っすぐに立ったかと思えば、花弁に張りや艶を戻していく。あれほど退色していた花びらも今では色鮮やか。

 取れかけていた葉も茎にしっかりとついていて、何度手を揺らしてもびくつかなかった。




「びっくりされた顔をしてますけどぉ、正真正銘、聖女様の力ですからねぇ?」

「わ、私の力じゃないです! こんな力、持ってない!」

「過去は持っていなかったかもしれませんが、今は持っているんですってばぁ。いやぁ、聖女の力ってすごい~、女神の加護すごぉ~い」



 そう言ってユーリは拍手をするが随分とおざなりで、行動と言動が一致していない。いや、言葉もそもそも心がこもっておらず、台本を棒読みしているようだった。


 梓はもう一度手に持った花を、先ほどよりかは強く振ってみた。やはりビクともせず、元気そのものな花。生命力あふれる様は、白磁の皿に載ったままの萎れかけた他の花に比べるとあまりにも顕著だ。



(手品ってわけじゃなさそう。本物の花だもの。いやいや、だとしても、私がやったわけじゃないって……!)



 どこかに仕掛けがあるわけでもないらしい。造花ではなく生花だということは触った際の感触でわかる。


 おもむろにユーリが梓に向かって右手を差し出した。花を乗っけろ、という意味なのだろう。


 躊躇ちゅうちょしつつ赤い花を渡せば、彼もまた花をまじまじと見つめた。

 瞬間。あれほどまでに綺麗に咲いていた花が今度は一気に萎れていく。



「?! 花が……」

「更にすごぉーいのは、この力は聖女様しか持ちえないってことですよねぇ」



 時がさかのぼるように、いやそれ以上に劣化してしまった花は、皿に載っていた時より衰弱し、一枚、二枚と花弁を床に落した。



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