目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第31話 「仮面が剥がれるとき――しのぶちゃんの計画が動き出す! リュウの本当の想いが明かされる日。」

梅雨の終わりかけ、雨上がりの朝。

空気はひんやりと澄んでいるが、まゆらの胸の中は嵐が吹き荒れていた。

プロメテウスJob──その名のもとに動き出したしのぶちゃんの計画。

リュウが抱えてきた裏切りの真実。

そして、ついに動き始める“過去の影”。


「まゆら、今日の予定は何だ?」

事務所のドアが開き、スーツ姿の男が入ってきた。

短髪で精悍な顔つき、皺ひとつないスーツ。左手の小指だけが不在だ。

「おはようございます、鳥飼さん」

灯が礼儀正しく頭を下げる。

「ん……朝早ぇな」


元公安・現闇ルート退職代行業者──鳥飼 とりかいしゅん、35歳。

命を守る退職代行を信条に、依頼人を国外逃亡させるルートを築いてきた男である。

まゆらと因縁も深い。かつて、一度だけチームを組み、極道からの脱出ミッションを成功させたことがある。


「急なんだが、君たちに手を貸したい」

鳥飼の声は低く、まっすぐにまゆらの目を見つめる。

「しのぶちゃんの計画について、情報を掴んだ。君たちにも共有しようと思ってな」


まゆらは瞬きし、そのあと顔を引き締めた。

「鳥飼さん……久しぶりだね。俺たち、最悪の形で別れたはずなのに」


灯やハル、翔も鳥飼を見つめながら緊張した空気を共有する。

リュウは片手に電子タバコをくゆらせ、少し離れたソファの上でしなやかに腰掛けていた。


「俺が必要なのは、“命を守る”ための“闇のルート”だろ?」

鳥飼は静かに頷いた。

「しのぶちゃんのやり口は、ただの制度破綻じゃない。国家と利権の網を利用して、“弱者を容易く捨て駒にする仕組み”を社会に根付かせようとしている。これを許すわけにはいかん」


それを聞いたまゆらは、何かを決意するように拳を握った。

「私たちだけで、どうにかできるかな…?」


鳥飼が背筋を伸ばす。

「心配いらん。我々チームは――

 ——また、一度だけでもタッグを組んだことがある!」


まゆらは過去を思い出す。

――あの日、闇に紛れて埠頭の倉庫に向かったとき。

過激派組織の極道を、国際手配をかいくぐって国外脱出させた。

まゆらは元極道の情報屋として動き、鳥飼は公安の知識と脱出ルートを提供した。

最後に「ああはなりたくない」と嘲笑うように去っていった。


「今回は、“救済”ではなく、“反撃”だ」

鳥飼の目には、あの頃の熱が戻っていた。

「一緒に戦ってくれ」


まゆらは静かに頷いた。

「――私も受けて立つ。しのぶちゃんのやり方がどれだけ冷酷でも、ここで止めないと」


灯がランドセルの肩紐をギュッと締めた。

「私も手伝う。希望を守るって約束したから…」


ハルも深く息をつき、言った。

「俺も協力する。外から支える方法を考えるから」


翔は冷静に頷く。

「情報は全部俺が握ってる。あのAIの裏側も調べてある。しのぶちゃんの動静を逐一伝えるよ」


リュウは相変わらず得意げに笑っていたが、その目の奥には複雑な光があった。


しのぶちゃんの計画――“希望の崩壊”と“再構築”


しのぶちゃんのオフィスは、高層ビルの最上階の一室にあった。

窓からは、都会の喧騒がミニチュアのように見下ろせる。

彼女はコーヒーのカップを片手に、無表情でPCの画面を見つめていた。


「進行状況は…」とモニターに表示されたグラフを見る。

「順調すぎるほど順調だわ」


しのぶちゃんの声は冷たく澄んでいた。

彼女はランドセル就労支援制度を通じて、国家から莫大な補助金を引き出し、さらにその資金を使って情報産業や教育産業に介入していた。


「子どもたちを“児童労働”に登用することで、まずわかるのは“労働の対価”なんて存在しないという現実」

「社会が彼らを“弱者”として扱い、肌や年齢に関係なく搾取するロジックを強化する。

 だが同時に、私は彼らに“希望”という幻想も与える」


しのぶちゃんの計画は二段階だ。


希望の崩壊――ランドセルを背負った子どもたちに“働けるぞ”と幻想を抱かせ、現実の過酷さを見せつける。

希望の再構築――それでも消えない“希望”を吸い上げ、真の公平な就労システムを作り上げる。そのための“人材リソースとキャッシュフローの最適化”を実現する。

「私は、社会の価値観を“0”から逆算して作り直す」


その言葉には、冷徹な革命家の覚悟があった。

だが、その冷たさの奥には、少年時代のトラウマが隠されている。


しのぶちゃん――本名・竹野忍たけのしのぶは9歳。

だが、彼女の心はすでに何度も壊れては修復されていた。


幼い頃、父親は教育省の幹部を務め、母親は大手IT企業の経営陣だった。

実家は裕福だったが、家庭内は冷め切っており、両親は彼女を“一つのプロジェクト”のように扱った。


「お前は天才だから、国の宝だ」


子どもながらに褒められて育ったが、その愛は“消耗品”のようにしか感じなかった。

成績を上げ、プログラミングを覚え、経済データを解析し…成功を収めるたびに、彼女の心は少しずつ凍っていった。


「愛なんていらない。世の中は数字と権力で動く」


中学生になる前に両親は離婚し、しのぶちゃんは母方の実家に引き取られる。

しかし、母方の祖父も教育界の大物で、彼女に期待を寄せすぎていた。


「お前ならこの国を変えられる」


毎晩、祖父の書斎で経済と社会の不条理を叩き込まれたしのぶちゃんは、ふと気づいた。


「社会を変えるには、革命しかない」


彼女は幼い頭で考えた。

「革命のためには、“労働”の価値そのものを変えなければならない」

そして、ランドセル就労支援制度の構想を練り始めた。


「子どもの頃、私の父も、母も、社会の歪みに生きていた。

 私は、彼らと同じ運命を歩ませたくない」


しのぶちゃんの心には、冷徹な覚悟と、幼いがゆえの過激な愛情が同居していた。

「過去の私を救うためにも、この計画を完遂しなければならない」


それが、彼女の“真の計画”だった。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?