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追放された令嬢、隣国の王太子に拾われる
追放された令嬢、隣国の王太子に拾われる
ゆる
異世界恋愛ロマファン
2025年05月30日
公開日
3.5万字
完結済
「婚約破棄、そして追放――でも、私の物語はここからが本番ですわ。」 王太子との婚約を一方的に破棄され、さらに家からも追い出された公爵令嬢リュシェル。すべてを失った彼女がたどり着いたのは、敵国とされる隣国の王宮だった。 侍女として新たな人生を始めたリュシェルは、王太子アレンと出会う。誠実で聡明な彼に見初められ、次第に特別な存在となっていくが―― かつて彼女を見捨てた人々が、再び彼女の前に現れた時、すでに彼女は「ただの令嬢」ではなかった。 ---

第1話 : 宴での屈辱

大広間に響き渡る弦楽器の調べが、煌びやかな夜会の始まりを告げていた。装飾が施されたシャンデリアが眩い光を放ち、王宮の貴族たちが談笑と優雅なダンスに興じている。リュシェル・エステリアは公爵令嬢として、この夜会で主役ともいえる存在だった。婚約者である第一王子ロイ・グランフォードが彼女と婚約を発表する予定だったからだ。


リュシェルは淡いブルーのドレスに身を包み、エメラルドの瞳を輝かせていた。髪は丁寧に編み込まれ、後ろでふんわりとまとめられている。その姿は、誰もが目を見張る美しさだった。しかし、その胸には緊張と不安が混ざった思いが渦巻いていた。


「リュシェル様、本当にお美しいですね。」

「第一王子にふさわしいのは、やはりあなたです。」


周囲の貴族たちが次々と称賛の言葉を投げかける中、リュシェルはただ微笑みで応じた。心の奥では、その言葉を真正面から受け止める余裕がなかったからだ。婚約発表という人生の一大イベントに期待を寄せつつも、どこか不安な予感が拭えなかった。


その時、背後から声がかかった。

「リュシェル、少しよろしいか。」


振り返ると、そこには婚約者であるロイが立っていた。金色の髪と端正な顔立ち、そして王族らしい堂々とした佇まい。彼の姿を見るだけで、リュシェルの心は少しだけ安堵した。しかし、その瞳にはどこか冷たい光が宿っているように感じられた。


「もちろんです、ロイ様。」

リュシェルは優雅に一礼し、ロイに続いて人々の視線が届かない隅の庭園へと向かった。


「何かご用でしょうか?」

リュシェルは軽やかに問いかけた。しかし、次の瞬間、ロイの口から放たれた言葉は、彼女の予想を遥かに超えるものだった。


「リュシェル、君との婚約を解消させてもらう。」


一瞬、耳を疑った。婚約解消――その言葉が何を意味するのかを理解するまでに、数秒の沈黙が続いた。

「……どういうことでしょうか?」

ようやく声を絞り出したリュシェルの声は震えていた。


ロイは表情を変えず、冷淡に続けた。

「君とは、もう未来を共にすることはできない。新たな伴侶を見つけたからだ。」


リュシェルの頭の中が真っ白になった。新たな伴侶――それが意味するのは、彼に新しい愛が生まれたということ。それも、この舞踏会の場で婚約発表を予定していた彼女を前に、堂々と告げられる言葉として。


「……誰なのですか、その方は?」

かろうじて口を開いたリュシェルは、毅然とした態度を崩さずに問いただした。


すると、ロイは嘲笑とも取れる微笑みを浮かべながら、視線を背後に向けた。

「見ればわかるだろう。」


リュシェルが振り返ると、そこには彼女が知る顔があった。侯爵令嬢エリーナ――社交界では美貌と社交性で知られる女性だった。彼女はロイの腕をしっかりと掴み、自信に満ちた笑みを浮かべていた。


「リュシェル様、申し訳ありませんわね。でもロイ様が私を選んだのですもの。どうかご理解くださいませ。」


その瞬間、リュシェルの胸に熱い痛みが走った。エリーナのその言葉には、一片の後ろめたさも感じられない。それどころか、勝ち誇った様子すら漂っていた。


「……なるほど。お二人が選んだ道であるならば、私がとやかく言うことではありません。」

リュシェルは深呼吸をし、冷静さを保とうと努めた。しかし、その声の裏には確かに悲しみが滲んでいた。


「それでいい。では、これで僕たちは他人だ。」

ロイは冷たく言い放つと、エリーナと共にその場を去っていった。


リュシェルはただその背中を見つめるしかなかった。足元の石畳がにじむほど、視界がぼやけていることに気付く。涙を堪えながら、彼女は心の中で叫んだ。


「どうして……どうしてこんなことに……!」


その後、リュシェルは舞踏会の場に戻ることができなかった。彼女の婚約解消の噂は瞬く間に広まり、周囲からの冷たい視線が注がれるようになったのだ。





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