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第2話 追放の日

リュシェルは婚約破棄の知らせを受けた翌朝、まだ夜明け前だというのに侍女に起こされた。いつもは彼女の体調を気遣い、朝食を持ってきてくれるはずの侍女が、今日は冷たい目を向けている。


「お嬢様、旦那様がお呼びです。」


その言葉に、リュシェルはベッドから身を起こした。普段と違う雰囲気に胸騒ぎを覚えながら、急いでドレスを身にまとい、侍女に案内されるまま父の書斎へと向かう。



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冷たい宣告


書斎の扉を開けると、そこには父エゼル・エステリア公爵と母ミレイユ公爵夫人、そして弟のレオナードが揃っていた。全員の顔に緊張感が漂っており、リュシェルが入ってきても微動だにしない。


「お呼びでしょうか、父様。」

リュシェルはいつも通り礼儀正しく問いかけたが、父エゼルは深いため息をつきながら、彼女を鋭い目で見据えた。


「リュシェル、昨日の夜会での醜態について話がある。」


「醜態……ですか?」

リュシェルは思わず言葉を詰まらせた。婚約破棄されたのは彼女の意思ではなく、突然ロイが一方的に告げただけだった。それなのに、なぜ自分が責められるのか理解できなかった。


「お前が王子に婚約破棄されたことで、エステリア家の評判は地に落ちたのだ。」

父の声は冷たく、容赦がなかった。

「元々、家を守るために王子との婚約を結ばせたというのに、それをお前は台無しにした。」


「待ってください。私は王子の意思に従っただけで、何も……」

リュシェルが反論しようとした瞬間、母ミレイユが口を挟んだ。

「いい加減にしなさい。貴族の娘としての自覚が足りなかったから、あのような結果になったのよ。リュシェル、あなたはもうエステリア家には必要ありません。」


その言葉に、リュシェルの胸は締め付けられるような痛みを覚えた。家族にとって、自分はただの駒に過ぎなかったのだという現実を突きつけられた瞬間だった。


「では、どうしろというのですか……」

声が震えるのを抑えきれず、リュシェルは問いかけた。


「この家から出て行け。」

父エゼルは冷酷に言い放った。



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弟との対立


「お父様、それはあまりにもひどい!」

その場にいた唯一の家族らしい存在である弟レオナードが口を開いた。彼は姉であるリュシェルを慕っており、この状況に強い憤りを感じていた。

「姉上が何をしたというのですか?全ては王子側の問題ではないですか!」


しかし、父エゼルはレオナードの言葉を無視し、さらに厳しい言葉を続けた。

「リュシェルは役に立たない。それだけだ。お前も公爵家の跡取りなら、感情に流されるな。」


「ですが……!」

レオナードはなおも反論しようとするが、母ミレイユが彼を鋭く睨みつけた。

「レオナード、この家の名誉を守るためには、感傷的な態度は許されません。それが貴族というものです。」


レオナードは悔しそうに唇を噛みしめたが、それ以上何も言えなかった。



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追放の準備


その後、リュシェルは自室へ戻され、侍女たちが淡々と彼女の荷物をまとめ始めた。その態度は冷たく、以前のような親しみは一切なかった。


「どうして……どうしてこんなことに……」

リュシェルは自分の無力さを感じながら、窓の外を見つめた。冷たい雨が降り続け、まるで彼女の心を映し出しているようだった。


荷物と言っても、彼女に許されたのは最低限の衣服と生活用品だけ。貴族令嬢として育った彼女にとって、それはあまりにも厳しい現実だった。


「リュシェル様、これが最後の忠告です。」

年配の侍女が冷たい目で告げる。

「貴族としての役目を果たせなかったのですから、この家を出て行くのは当然のことです。」


リュシェルは何も言い返せなかった。言葉にする気力さえ残っていなかった。



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旅立ちの瞬間


そして、ついに追放の日が訪れた。リュシェルは馬車に乗せられ、父母からの見送りすらなく、屋敷を出た。見送りに立ち会ったのはレオナードだけだった。


「姉上、僕がもっと力を持っていれば……」

レオナードの言葉に、リュシェルはかすかに微笑んだ。

「大丈夫よ、レオナード。あなたが私を守りたいと思ってくれるだけで十分。」


馬車が動き出し、エステリア家の門が遠ざかっていく。リュシェルは窓から見える景色をぼんやりと眺めながら、過去の思い出が次々と蘇ってきた。


「……私にはもう、帰る場所がないのね。」

その言葉は誰にも届かない、ただ彼女自身の心に刻まれる独白だった。



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雨の森の中で


数時間後、馬車が突然止まった。御者が降りてきて、リュシェルに冷たく告げた。

「ここで降りてください。」


「ここって……森の中ですか?」

リュシェルは驚いた。この場所は隣国に向かう途中の道で、人里からは遠く離れていた。


「貴族の令嬢としての立場は終わったんでしょう?安全な場所なんて、あなたには必要ないはずだ。」

御者はそう言うと荷物を下ろし、その場を立ち去った。


雨が激しく降りしきる中、リュシェルは森の中に一人取り残された。濡れた服が肌に張り付き、冷たい風が容赦なく彼女の体を貫く。震える手で荷物を抱え、彼女は歩き始めた。





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