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第六話 女の子の内緒話

 リビィはエレスに連れられて何やら大きな部屋に連れて来られた。そこにはリビィが見たことのない衣装が所狭しと飾られていた。

「わあ、凄いドレスが沢山!」

「ここはね、私の衣装部屋なのよ。気に入ったのあったら着てみない?」

「え、大きすぎますよ?」

 どう見ても年齢が違いすぎる上にエレスは所謂ナイスバディの持ち主である。残念ながらリビィにそれはまだない。いや、成長したとしても自分の母親を思えばあまり期待できなかった……

 リビィの母は細身で美人ではあるが、豊満ではないのだ。本人も何気に気にしているらしくその点について突っ込むとえらく怒る。

 故にそこに触れてはならない、ウォルスング家の不文律の一つだ。

「確かにリビィちゃんには私の衣装はまだ大きいわね。そうねえ、それなら……」

 エレスがそう言いかけた時、扉が大きく開かれて一人の少女が飛び込んできた。

「お母様! 『金色の乙女』様が現れたって本当ですの?」

 エレス様をお母様って呼ぶってことはもしかしてこの子はこの城のお姫様?

 興奮しているようで少女の薔薇色の頬が更に赤く染まっているのが分かる。更によく見れば面影はエレスによく似ているが、髪の色や瞳はヴォートのものを受け継いでいるようだ。

「あらあら、賑やかね、エラ。だけれどレディともあろうものがお客様の前ではしたないわよ」

「あら、これは失礼致しましたわ」

 直ぐさま体勢を整え、エラと呼ばれた少女はリビィに向かって美しいお辞儀を披露する。

「はじめまして、わたくしはエランシア=ラス・バウ=マ=ヴァルツェンと申します、『金色の乙女』様。どうぞよしなに」

「えっと、はじめまして! あたしはエリザベス・ウォルスング。どうぞリビィって呼んでください」

 見様見真似でお辞儀をし、もう何度目になるか分からない自己紹介をした。名前からしてヴァーンと兄妹だよね。私と同じ年くらいに見えるし。

「ではわたくしのこともエラとお呼びになって。それに敬語はいりませんわ」

「え、でも」

「わたくし、リビィのこと、一目で好きになりましたから。ええ、是非とも私のお友達になって戴きたいんですもの」

 そう言ってエラは微笑み、リビィの腕に自分の腕を絡ませてくる。距離感が一気に縮まってきたので驚いたけれど、不快ではない。これは親しみを込めてくれているのだと分かるから。

「うん、有り難う。あたしもエラと友だちになりたいと思う。よろしくね!」

「じゃあ、これからご一緒にお茶でも如何?」

「お茶?」

「ええ、リビィにならとっておきのお茶をご馳走しますわ」

 そのままのノリでエラがリビィを連れ出そうとするとエレスがそれを止めた。

「残念ね、エラ。リビィはこれからヴァーンとお出掛けなのよ」

「それは残念ですわね。でもお出掛けでしたらリビィが今着てる衣装では目立ちましてよ?」

「だから私の衣装から貸そうと思ったのだけど、大きすぎるようで困っていたのよ」

 母親の様子から自分に何を言いたいのか悟ったのだろう、エラは微笑んで答えた。

「だったらわたくしの衣装をお貸しますわ、いいでしょう? お母様」

「そうね、あなたの衣装ならリビィにも合うものがあるかも知れないわね。ヴァーンとだから動きやすいものがいいけれど」

「乗馬用ならどうでしょう?」

「それならよさそうね、貸してあげて」

「勿論喜んでお貸ししますわ。リビィ、私に付いてらして」

「あ、うん、お願いします」

 この世界の衣装はリビィの世界とは違う。絵本で読んだお姫様や王子様の衣装に近いのかもしれないが、着たことはないからどきどきする。

「エラ、頼んだわよ」

「お任せください、お母様」

 自信を持って母にそう言うとエラはリビィの手を引いていく。早速自分の部屋に案内してくれるらしい。

 初めて会ったのに何だかいいな。

 リビィはエラという少女にとても親近感が湧いていた。

 あたしをお転婆とか呼ばないもんね。

 常日頃からリビィという少女は少し同年代の少女よりも活発なところがあり、同性の友人というのは少なかった。幼馴染みはいるのだが、話題的にどうにも難しいところもあり、だからと言って少年たちと遊んでるとそれはそれで文句を言われるので困ることが多々あった。

 リビィなりに馴染もうとはしているのだが、努力は報われるとは限らない。

 少し思い出すと憂鬱になるけれど、今は忘れることにした。

 何よりも直感でヴァーンもエラもそんなことをきっと気にしないと感じられた。それがとても嬉しい。

「それにしてもお兄様と行くのが少し心配ですわね。あんな風来坊に任せて大丈夫ですかしら?」

 自分の兄に対して随分辛辣なことをリビィは思うが、自分と弟のことを思い返しても兄と妹、姉と弟なんてそんなものかもしれないと納得をした。

「でもエラ、ヴァーンが色々連れてってくれるって言うからあたし、楽しみなんだ」

「そう? あなたがそう仰有るなら構いませんわ。それでしたら尚のこと、動きやすくて可愛らしい衣装がよろしいわよね」

 リビィの言葉に何か思うところがあったのか、エラはにっこりと微笑みかけた。

「有り難う、エラ」

「女の方で兄様と話が合う人は珍しいですもの。いいことですわ」

「そうなの?」

 出会いは兎も角ヴァーンと話していてリビィとしては楽しい。成る程、これが気が合うと言うことか。

「言ったでしょう? 風来坊だって。あの人、王族の自覚が欠けてますのよ」

「そ、そういうものなの?」

 王族だのなんだのなんてリビィには分からない。けれどそれなりの責任はきっとあるのだろうことくらいは分かる。

「まあ、城下の見回りは大事なことですけど」

 文句を言いながらもヴァーンのしていることに対して一定の理解はあるらしい。

 そうこうしているうちにエラの部屋に辿り着くと、彼女はついっと指を動かした。すると誰も触っていないのにも拘わらず扉が開く。

「さあ、どうぞお入りになって、リビィ」

「え、今のってもしかして魔法……?」

 リビィが驚いてるとエラはその様子を見て友人となった少女の疑問に気が付いた。

「あら、初めて見ましたの? 本職の魔法使いほどではないですけれどね。わたくしには魔法の才があるそうで多少なら使えましてよ」

「わあ、この世界って魔法使いがいるんだ。凄いね! ああ、でもそっか、精霊とかいるし、不思議ないか」

「リビィもリア=リーンに会いましたでしょう? 占い師の」

「え、うん。でもあたしの世界の占い師と少し違う感じがしたよ。水晶、すっごくキラキラしていて浮いたりしたし」

「成る程、あなたの世界には珍しいと言うことでしょうか」

「あたしが知らないだけでいるのかも知れないけどね。占い師に会ったこと自体、初めてだったし」

 テレビやネットで占いを覗いたことはあるけれど、その程度である。だから詳しく知らないだけでリビィの世界にもいるかも知れないのでそう言った。

「それは実に興味深いですわね」

「それを言うならこの世界も興味深いよ? あたしの知らないことがいっぱいだもの!」

 此処に来るまでも色々あったけれど、思い返せばいい体験だった気がする。雲に乗ったり、ペガサスに助けられたり。

「今度お茶に招待しますからもっとお話を聞かせてくださる? わたくしもこの世界についてお話ししたいですし」

「いいよ、エラ。あたしで分かることだけだよ、でも」

「それで十分ですわ」

 二人で話しながら部屋へ入り、もう一つの扉をやはり手を使わずにエラは開けていく。その度にリビィは感動するが、それをエラは嫌がる風もない。

「此処は?」

「わたくしの衣装部屋ですわ」

 確かに言葉どおりに色とりどりの衣装が所狭しと飾られている。飾られているというのはリビィの主観なので実際には違うのかもしれないが。

「さて、リビィにお似合いのものを……これがいいですわね。わたくし用に作っていただいたんですけど、あなたの金色の髪と緑の瞳にとてもお似合いでしてよ」

「わあ、綺麗だねえ!」

 エラが手に取ったのは浅葱色の衣装で綺麗に刺繍がされており、それでいて着やすそうなデザインだった。

「差し上げますからどうぞ着てくださいな」

「いいの?」

「リビィだから構いませんわ」

 此処は素直に受け取るところだろうと思い、手に取る。が、着方が分からない。複雑というわけではないが、リビィにとっては少し難しそうだった。

「えーっと」

 リビィが困っているとエラはその戸惑いを直ぐ理解する。

「ああ、着方が分からないかしら? そうですわね、リビィの着ているものと比べると少々違いますもの。ちょっと待ってくださいませ」

 そう言うとエラはベルを鳴らし、暫くすると一人の少女がやって来た。年の頃はリビィやエラより上に見える。

「お呼びでございますか? エランシア様」

「アルラ、お願いがありますの。このリビィの支度を調えてくれませんこと?」

「畏まりました」

 所謂メイドさんかな?

 そう思いつつ、自分の側までやって来たアルラを見遣った。

「えと、アルラさん、お願いします」

「『金色の乙女』様、お初にお目にかかります。アルラとお呼び下さい。私はエランシア様の侍女を務めております」

 じじょ。じじょって何だろう? お手伝いの人ってことでいいのかな?

 取り敢えずの理解は多分それでいいのだろう。お城には色々な仕事があるんだなと感じつつ、アルラの誘導のままに着替えていく。細かいところはアルラが極自然に手助けをしてくれるものだからリビィにもなんなく着こなせた。

 ひゃー、下着まで違うんだ。

 世界が違えば服も変わる。まあ、あっちでもそうか。

 民族衣装とかそういう感じかな。

 それにしてもこんな風に手伝って貰うのって新鮮……何だかお姫様になった気分!

「エランシア様、『金色の乙女』様の御髪はどうなさいますか?」

 リビィの髪を優しく梳かしつつ、アルラはそう尋ねた。少しエラは考えてから軽く頷いた。

「そうですわね、リビィの髪飾りは可愛いですし、その衣装にも合ってますからそのままでよろしくてよ」

「ではそのように致します」

 アルラはエラに言われたとおり、リビィの髪を整え、髪飾りを改めて付け直していった。これは母に買って貰ったリビィのお気に入りなので褒めて貰ってとても嬉しい。

「えへへ、可愛い? 気に入ってるんだ、これ」

「ええ、リビィにとても良く似合ってましてよ」

「有り難う」

「後でリビィの衣装を幾つか用意しておきますわ。時間が足りないので私のものを直してになりますけれど」

「え、でも」

「いつ戻れるか分かりませんでしょう? 此処にいる間、不自由はさせませんわ。お母様やお父様もそう仰有るでしょうし、お兄様ではそこまで気が回りませんでしょうし」

「そうか、そうだね。いつ戻れるかなんて分からないんだよねえ」

「そうですわよ。だからリビィも遠慮なんてなさらないで」

「うん、じゃあ、お言葉に甘えるね」

 この際、頼る相手は頼った方がいいとリビィは思い、好意を受けることにした。

「さあ、お兄様が待ってるでしょうから行きましょうか」

「何処で待ってるのかな? さっきの場所かな?」

「お兄様のことだからどうせ城門付近でしょうね」

「そうなの?」

「気が早い人だからきっとそうですわ」

「成る程」

 広い城の中を歩きながらエラとお喋りをしていく。まるで前から友人だったかのように親密さがそこにはあった。

 楽しいなあ。

 心からそう思うリビィだった。

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