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第七話 切り株の街

「ヴァーン、お待たせ!」

 エラの言うとおり城門でヴァーンは待っていた。側には彼の愛馬ヴェルツェもおり、出かける準備はすっかり整っているようだ。

「お、リビィ、やっと来た……かっ」

 リビィの声で振り返ったヴァーンは彼女の姿に驚いているらしい。借り物とは言え、こちらの衣装で現れたからだろうか。

「えへへ、似合うかな?」

 リビィとしても全く着たことのない衣装である。エラたちが褒めてくれていたようにヴァーンも褒めてくれるだろうか?

 少し期待をしてしまう。

「お、おう」

 少女の予想以上の可愛さに戸惑ってしまって少年は上手く言葉が出ない。こんな時なんて言えばいいんだろう?

「ひょっとして変かな?」

 相手が戸惑っていることに気が付かず、リビィは不思議そうに彼の顔を覗き込んでた。

「い、いや、うん、似合うんじゃね? と言うか似合ってるよ!」

 ここでちゃんと伝えないのは駄目だと思い、ヴァーンはそう叫ぶように言う。リビィは彼の様子に少し驚いたが、似合うと言われてご機嫌になる。

「有り難う!」

 よかった、ヴァーンに似合ってるって言われた! えへへ、なんか凄く嬉しい!

 二人がそんな会話をしていると騎士たちが声をかけてきた。

「ヴァーン様、こちらの用意は整いました」

「お、そうか。有り難う。リビィ、俺の騎士団だよ」

 ヴァーンが紹介すると、騎士団と呼ばれた人たちが一斉にリビィにお辞儀をしてきたものだから、彼女も慌ててお辞儀をし、自己紹介をする。

「は、初めまして、エリザベス=ウォルスングと申します。えっと、どうかリビィと呼んでください」

「これは光栄ですな。『金色の乙女』様、いえ、お言葉に甘えまして、リビィ様、お初にお目にかかります。副団長アゼルバインと申します。どうぞよろしくお願い致します」

 五人いた中でも一番の年長と思われる男が一歩歩み出てそう挨拶を返した。

「本当に金色だなあ」

「お前、失礼だぞ」

「だが、確かに見事な金色の髪だ」

「礼儀もしっかりなさってるしな」

 なんかすっごく褒められる。

 こそばゆいなあ。もしかして金髪が珍しいのかな? この世界って。

 私なんて普通の女の子なのに。

 そう思うけれど、やはりそこは年頃であるから褒められれば嬉しくないわけがない。

「皆さん、有り難うございます」

 そこはお礼を言っておくべきだと判断して、リビィはアゼルバインたちにお礼を述べた。

「うわあ、それにしてもみんな、とってもすごく強そう!」

 騎士団というものが何かよく分からないが、そう感じたので素直に言う。

「うん、強いよ、実際。俺はまだまだ修行中だけどな」

「へえ、ヴァーンも騎士なの?」

「俺もそうだよ。見習いってやつ」

「え、王子様でしょ? それなのに見習い?」

 王子なら普通は特別扱いになるじゃないのかと思い、そう尋ねた。

「だからだよ。王子である俺は守るべきものを確実に守れるようにならないといけないからさ」

「守るもの?」

「うん、やっぱりさ、国や民のことを考えたりとかいろいろある。でも父上は慌てなくていいって言うんだ」

「そうなの?」

「今は何よりも学ぶことを一生懸命やれってさ」

「うちのママと同じこと言うんだね」

「まま?」

「えーと、私のお母さんってこと」

「ふうん、そう言うのか」

「うん、そう」

「やっぱりリビィの国は不思議な言葉が多いな」

「あたしにしてみたらこっちのが不思議なんだけどね」

「そりゃそうか」

「そうだよ」

 思わず見つめ合い、そのまま二人で笑い出した。

 本当に不思議だらけで、どうしてここにいるのかも分からないけれど、それでもこの世界で最初に会えたのがヴァーンでよかったと思える。

「それにしても何処に行くの?」

 当たり前の素朴な疑問である。

「折角、この世界に来たんだからさ、城に閉じこもってたら勿体ないし、それに俺の国をリビィに案内してやりたいと思って」

「うわあ、素敵、素敵! 落ちてきた時はよく分からなかったけど、えーとヴェルツェンだったよね? この街の名前」

「そう、ヴェルツェン。所謂、王都ってやつだ。森の国の中心にある」

「へえ、お城は白いけど、緑の葉っぱがアクセントになってるのね」

「ああ、あれは『ヴァルターの恵み』って言うんだ。城を守護してくれてるんだ。勿論、街の建物にもある」

「ね、ヴァルターって何?」

「森の精霊神スピリタス・ヴァルターのことだよ」

 ヴァーンにとっては当たり前のこと、リビィにとっては分からないことだ。だから素直に質問する。

「それって、この世界の神様?」

「うん、俺たちの世界にはたくさんの神様とか精霊がいるんだ。それで、スピリタス・ヴァルターはこの森の国を守ってくれてるんだよ」

 それは凄く実感のある言葉で、リビィの知る神様と少し違っているような気がした。

「ヴァーンは神様、見たことあるの?」

「ない。でもいるのは分かるよ」

「そか。そういえば、あたしの世界でもいろんな神様がいるね。んーと、大きく言うと一神教とか多神教とか? よく分からないけど、結局のところ、心の中にいるのが自分の神様なんだって。うん、パパがそう言ってた」

 リビィの家は昔からお付き合い程度の教会通いで、敬虔なキリスト教徒というわけではなかった。だから周囲の人間から変わってると言われるのだが、小さいころからそうだったからそれをおかしいと思ったことはない。

 色んな国の神様の話を父親から幾つも聞かせて貰ったし、それを楽しんでいたから。

 だって人はたくさんいるんだもの、神様だってたくさんいたっていいじゃない? そう思っていた。

 実際、父の絵本でもそう描かれていたし、そんな物語がリビィは大好きだった。

「ぱぱ?」

「んーとね、私のお父さんってこと」

「リビィの親父さんか。いいこと言うな。神様はそういうもんだし」

 ヴァーンの様子からしてリビィの考えはこの世界では間違っていないらしい。 

「うん、自慢のお父さん」

 笑顔で応えるリビィにヴァーンも微笑って答え、彼女をヴェルツェに乗せる。

「おお、たっかーい!」

 改めて乗った天馬の背中から見える世界は今まで見たこともないものだ。一度は乗せて貰ったというか落ちたというかで、ゆっくりそれを味わう暇もなかった。

 そんなわけで改めて見れば自分の背丈では覗けない世界がそこにある。

「気に入った?」

「うん、とっても!」

 リビィの反応に満足しつつ、ヴァーンもヴェルツェに騎乗した。

「んじゃ、まずは城下町へ行こう。騎士たちも一緒だから安心だぞ」

「騎士さんたちも?」

 リビィがそちらの方に視線をやれば、彼らも各々の騎獣に乗っていた。よく見ればペガサスではなく、別の生物たちだ。リビィも近くで見たことがあるわけではないが、鷹という生物だと思う。ただ、彼女が知っている大きさではまったくないことを除いて。

「騎士さんたちはペガサスじゃないんだね」

 不思議そうな顔でリビィが尋ねればアゼルバインがにこやかに返答してきた。

「ペガサスは王家の方のみとなっております故、我らは乗れません。しかし、我らには天鷹(ファルケ)たちがおります」

「やっぱり鷹……でも、こんなに大きい?」

「乗用ですからね。リビィ様には珍しいのかも知れません。彼らはとても賢いですよ」

「後で触らせてくれますか?」

「勿論、喜んで」

 ペガサスに大きな鷹さんたち、それだけで十分楽しい。それなのにこれからもっと楽しいことが起きるかもしれないと思うとリビィの胸の内は更に期待が高まっていく。

「あ、そういえばさっき護衛って言ってた?」

 この面々で行動するのは理解したけれど、護衛なんて必要なのかなと思った。

「うん、言った」

「お二方に万が一があっては困りますから我々が護衛致します」

「ご、護衛」

 何だか大袈裟なと思うけれど、ここは受け入れた方がいいんだろうなとリビィは思う。

「大袈裟とか思ってる?」

「何で分かるの?」

「顔に書いてあるぞ」

「えー」

「ま、リビィは森の国の大事なお客人だからね。俺も王子って立場もあるし」

「うん、分かった。必要なんだね」

 ヴァーンが言うからいることなんだと理解した。

「じゃあ、行こう! ヴェルツェ!」

 合図を送ると、全員がそれに呼応し、空を舞う。

「まずはヴェルツェンを上から見せるよ」

「おお、上から!」

「リビィは怖がらないから面白いなあ」

「だって折角のチャンスだもん。滅多にないことだし」

 上空から見る街は大きなお城が中心になっていることが分かる。それを取り囲むようにして家々が並んでいた。

 基本的にはお城のように白い壁に焦げ茶色の屋根を基調としており、城のように『ヴァルターの恵み』が彩りとして添えられていた。

「あれ、神殿とかないの?」

 リビィの世界にも教会があるのだから似たような場所があると考えたのだ。

「ああ、小さいのはあるよ。ほらそこに」

 ヴァーンが指し示した場所にはこぢんまりとした、他の建物とは違うデザインのものが一つ。

 リビィの知る教会に似た建物で、何処か神聖なものを感じた。ステンドグラスに白磁の壁、そして重厚そうな扉。

 うちの側にある教会に似てるかも。

「綺麗だねえ」

「うん、だろ? あそこは『トラネンフルスの休憩所』って呼ばれてるよ。本殿はもっと大きくて、こっから三日くらい行った先にあるルミリスって街にあるんだ。そこには『ヴァルターの大樹』ってのがあってさ、リビィが見たら驚くと思う」

 この大きな切り株の街だって十分驚くんだけど、それ以上に大きいってことなのかな。

 想像つかないなあ。

「それって神様の樹なの? それからトラネンフルスって人の名前?」

 分からないことは直ぐ聞くに限るとばかりにリビィはすかさず尋ねてみた。

「そ、ヴァルターの意思が宿ってるって言われてる聖樹木。トラネンフルスは精霊の名前だよ。その名前を冠した川もあるから後で連れて行くよ」

「精霊ってさっき会った妖精さんとかに近い?」

「そうだなあ、それより上かな。神の使いって感じ」

「なるほど、分かった」

 天使みたいな感じ?

 詳しく聞くには難しそうなのでそう答えて自分なりの答えに落ち着いた。慌てなくても大丈夫だもんね。

「さて、そろそろ広場に降りようか」

「え、もう?」

「また後で飛んでやるよ。見せたいところいっぱいあるんだ」

「うん、有り難う。じゃあ、案内お願いします!」

「まずは街の中心でもあるところからな」

 ヴェルツェに合図を送り、下に降りていく。街の人たちはそれを見て手を振ったり、声をかけたりしてくる。

 親しみがある感じがしていいなあ。

 それは王族たちが住民に好かれている証だ。気さくな王族に気さくな住民。凄くいい国なんだとリビィにもよく分かる。

 ヴァーンたちが着地したのは噴水がある一角だった。少し大きな広場になっており、そこを中心にしていろいろなお店が並んでいるのが見えた。

「ひゃー、おっきいねえ。この街の市場?」

「そ、ヴァルター広場って言うんだ。んー、果物とか木の実とか、後は木材とか森の国ならではのもあるし、他の国の出物もあったりする。うん、見ているだけで面白いのいっぱいあってさ」

「本当だー」

 直ぐ側にある店を眺めても見たことがない木の実や果物が見え、リビィの興味をそそる。それを見ながらヴァーンはリビィの手を引いた。

「ヴァーン?」

「みんなにリビィを紹介しなきゃ」

「しょ、紹介?」

「街の皆にさ」

 その言葉と一緒に噴水の前に立って、周囲の人間に呼びかけた。

「俺の客人、リビィ、エリザベス=ウォルスング嬢だ。みんなよろしくな!」

 当然のようにその場にいる人たちの視線に包まれるが、不思議と緊張はしなかった。

「ええと、どうぞよろしくお願いいたします。エリザベス=ウォルスングです」

 物凄く注目されて照れくさいが、エラの真似をして挨拶をしておく。

「これはようこそ、お嬢さん!」

「我らが森の国へ!」

 居合わせた人たちの温かい声が聞こえてきて、これからのヴァーンの案内がとても楽しみになるリビィだった。

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