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第八話 魔法の石とリビィ

 ヴァーン一行と一緒に市場を見て回りながらリビィは満喫していた。どのお店の人も親切で優しく、異邦人の彼女を明るく受け入れてくれる。

 沢山ある屋台を眺め、ヴァーンに質問の山を投げかけていく。それを繰り返しながらリビィは一つの物に目を留めた。

 大きな葉に包まれたものが蒸し器の中に置いてあって、湯気を上げていた。食べ物らしいことは分かるものの、不思議だなと感じる。疑問に思ったのなら直ぐ聞けばいいとばかりにヴァーンに尋ねた。

「これは?」

「おっ、リビィ、お目が高いね。これは森の国の特産品で、物凄く旨いんだ。ヴェルツェンの名物としても有名だよ」

「名前は?」

「『トラネンフルスの悪戯』。トラネンフルスの一雫っていう果物から作っててね、それをヤトの乳とハンネルの蜜でまとめて潰して練って蒸すんだ。まあ、一雫のままでも食べられるんだけどさ、こうやって蒸すともっと美味しいんだ。生で食べるのと味が全然違って面白い果実なんだ」

「へえ」

 大きな葉っぱに包まれていており、触り心地はふわふわな感じがする。

 トラネンフルスの一雫の葉っぱなのかな? それとヤトとハンネルって何だろう? 山羊と蜂蜜みたいなのかなとリビィが思いつつ、更に聞いてみた。

「全部素敵な名前だね。後でヤトとハンネルのこと、教えてね。それで、どうやって食べるの?」

「ああ、そうか。分かった、後で本物見せるよ。んで、先に食べちゃおう。ほら、木の葉で包んであるだろ? それを剥がして」

「こう?」

 ペリッと葉を剥がすと香ばしさがり、とてもいい匂いがする。どうやら葉が全体を包んで匂いを封じていたらしい。

 覗き見えるのは木の実が入った生地。特に何かかかっているわけではないらしい。

「そうそう。んで、そのまま食べる」

「そのまま齧り付けばいいんだね」

 一口、口にすれば甘くて蕩けるようだ。食べたことのある、でもないような不思議な味。一つ言えるのはとても美味しいということだ。

 素材が生きているというのをリビィは実感していた。素朴だけど、味わい深いのだ。所謂、蒸したパンみたいな感じではあるが、トラネンフルスの実が香ばしくて、それでいて食べやすい。

「美味し!!」

 嬉しそうに食べているリビィを眺めつつ、ヴァーンも食べていく。

「これは本当に美味しいね! あたし、こんなのはじめて!」

「そうだろそうだろ、俺の大好物でさ、リビィが気に入ってくれてよかった」

「んふふ〜」

 二人で並んで食べながら、思い切り味わった。

「あれ、騎士さんたちは食べないの?」

「護衛の時は残念ながら。ただ我々も休息の時にはよく食べますよ」

 アゼルバインがそう言い、遠慮しないようにと配慮を見せる。

 ちらりとヴァーンを見ると頷いて、そんなものだと言った。

「ふうん、お土産を買ってあげるのってあり?」

「それはありだと思うな」

 言うが早いか、ヴァーンは騎士たち五人分の『トラネンフルスの悪戯』を買い求めていく。

それは自然で、きっといつもそうしているのだろうとリビィは思った。

 優しいんだ。

 そんなヴァーンに笑顔を向ける

「ど、どうかした?」

「ううん、何でもないよ。ただヴァーンが優しいなって」

「そう? 感謝は大事だしね」

「そうだね。それは大事だね」

 ヴァーンは王子だというのに威張ったところはない。だからと言って風格がないとはリビィは思わない。

 きっちりその辺は分けて考えているんだよね。えらいなあ。

 自分なんて算数が嫌いだというのに……

 それってよくないかもしれない。

 勉強することに関して少し反省しようと思うリビィだった。

「どうしたの?」

「いや、ちょっと反省を。あたし、勉強嫌いだから」

 リビィがそう言うと、ヴァーンはあっさりと答えた。

「俺も嫌いだぞ。まあ、やらないと自分が困るからやってるけどな」

「自分が困る?」

 それはなかなか注目すべき意見だ。

「そ、俺が順当に行くと長子である俺が父上の後を継ぐことになるんだろうけど、その時に勉強していないは通らないだろ?」

「確かにそうだね。王様だもんね」

「うん、だから俺なりには頑張ってるよ。リビィも苦手なのがあるってことだよな?」

「そうなの、計算が苦手。数字見るだけで嫌になる……」

「考え方を変えると楽になることもあるよ」

「考え方?」

「買い物する時に役立つだろ、数字なら」

「そうか。確かにヴァーンが言うとおりかも」

 買い物する時には数字と計算は必須である。それならリビィにも勉強する必要性が分かりそうだと感じた。

「俺の先生がそう教えてくれるんだ。何ごとも学ぶことに無駄はないってね」

 無駄はない——それはリビィが聞いたことのない言葉だ。

「へえ、ヴァーンの先生って凄いんだ。うちの先生はすぐ怒るからさあ」

 そう、リビィの担当教科の教師は生徒が授業を分からないとすぐ怒るというタイプのため、余計に彼女としては苦手意識が強くなってしまっていた。

「それはリビィの先生が悪いなあ。楽しく教えるのが仕事だって俺の先生は言うけどね」

「いいなあ。そういう先生に会ってみたい」

 リビィの学校には勉強を楽しくという先生はいない。少なくとも彼女は会っていないと感じている。

「明日にでも会う? どうせ俺も勉強しないとヤバいし」

「いいの? 会ってみたい!」

「先生も多分会いたがるから」

「そう?」

「なんたって『金色の乙女』だからね」

「それがよく分からないんだけどなあ。そんなに金髪って珍しいの?」

「リビィみたいな色は珍しいかな」

「ふうん?」

「特にうちの国は金色の髪自体が珍しいし」

「でもヴァーンの髪の色、綺麗だよ」

「褒めてくれて有り難う。俺も好きさ。でもリビィの髪の色も好きだよ」

「え、あ、有り難う」

 唐突な『好き』という言葉が妙に照れくさかった。

 か、髪のことだってば。

 リビィは自分の顔が少し火照っているのを自覚する。

 好き……そうか、ヴァーンはこの髪を好きって言ってくれるんだ。それがとても嬉しくて堪らない。

 そんな会話をしているうちに食べ終えたヴァーンはリビィに手を差し出した。

「さてさて、もっと俺のお気に入りの店、紹介するよ」

「ヴァーンのお気に入り? どんなお店?」

「色々あるんだけど、リビィは魔法を知らないからそれを見せたいかな」

「魔法!」

 それはなんて素敵な響きだろう。この世界にいるだけでも凄いことだと思うけれど、魔法を見てみたいとやっぱり思う。

「イギル婆の店へ行こう」

「イギル婆?」

「魔法使いのばあさんで、魔法道具売ってるんだ」

「魔法使い! 魔法の道具!」

 興味津々の様子のリビィに満足して、ヴァーンは手を引いていく。リビィもそれに合わせて行く。後から騎士の人たちがやってくるのが見えた。

 おお、護衛って感じ!

 付かず離れずのほどよい距離を保ってくれるあたり、慣れているんだなと感じる。街の人の様子を見てもヴァーンはよく街に来てるみたいだし。

 ヴァーンの誘導のままに付いていくと、他の家よりも幾分少し古びた家に辿り着いた。そこには看板が付いており、そこには不思議な文字が書いてある。

「なんて書いてあるの?」

「ああ、これは俺たちでも簡単には読めないよ。魔法文字だから」

「魔法文字?」

「魔法使いだけが使える言葉のこと」

「へえ、そうなんだ」

 魔法使いが使う魔法の文字! 何だかそれだけでとてもわくわくする。

「魔法ってやつは才能ないと駄目だからなあ。リア=リーンの占いもそうだけどさ」

「そうか、そういうもんなんだね」

「でもエラは使っていたよ?」

「うん、エラは才能あるんだ。俺はあんまりないかなあ」

「誰でも使えるわけじゃないんだね」

「魔法道具があれば大なり小なりは使えたりはするけど、魔法使いになれるのは特別な才能がいるよ」

「へえ」

 異世界の常識には驚かされてばかりだけれど、魔法ひとつに関してもいろいろがあるんだなあと思った。

「でもヴァーンはヴェルツェに乗れるもんね、やっぱり凄い。風になったみたいでとっても気持ちいいもん」

「有り難う、俺もペガサスに関しては自信あるぞ」

「あたしの世界ではペガサスいないけど、翼のない馬はいるの」

「へえ、俺たちの世界でもいるからそれは似てるんだな」

「いるんだ?」

「うん、馬車を引いているのは普通の馬だよ」

「馬車もあるんだ?」

「リビィのところもある?」

「うん、でも今は車(カー)の方が多いけど」

「かー? そんな乗り物があるんだ」

「四本のタイヤで自動で走ってて、んーと自動車(オートモービル)って言うの」

「へえ、自動で? おーともーびる? んー、響きは魔法っぽいね」

 そんな話をしていると、目の前の店の扉が開いて一人の老婆が現れた。

「なんだい、賑やかと思えば。これはヴァーン様、よういらしたね。そちらのお嬢さんは誰だい?」

「俺のお客人だよ」

「へえ、髪の色が珍しい嬢ちゃんだねえ」

「そうだろ、異国から来たんだよ」

「エリザベス=ウォルスングです。リビィと呼んでくださいね」

「礼儀正しい子は好きだよ、リビィ。あたしゃイギルと言うがね、まあ、ばあさんでいいよ」

「イギルおばあさん?」

「ふむ、それでいいさね。異国からのお客人、いや、リビィ嬢ちゃん?」

「あたしもそれでいいです」

「そうかい、そうかい。さあ、お入り」

 イギルが二人を誘(いざな)い、店へと案内する。騎士たちはどうやら外で待っているらしい。それがいつものことなのだろう。

 この店は特別なのかな。

 リビィはそんなことを感じた。入った瞬間、とても不思議な雰囲気がこの店にはあったからだ。

「おや、お分かりかい?」

「え?」

「この店にはいろいろ仕掛けがあるんだよ」

 ヴァーンが悪戯っ子のようにそう微笑った。

「まあ、それを感じ取れるというのは嬢ちゃんはかなり敏感だねえ」

「?」

 どういう意味だろうとリビィは小首を傾げる。

「意味は追々で」

「先ずは魔法を楽しんで欲しいからね、俺としてはさ」

「うちはおもちゃ箱じゃないよ」

 イギルは咎めるように言うが、ヴァーンは一向にお構いなしだ。

「ほらほら、これなんか魔法で動くんだ」

 ヴァーンが見せてきたのはガラスで出来たペガサスだった。

「わあ、綺麗だねえ。え、動く?」

「うん、見てて」

 ヴァーンが翼をちょんっと触ると、翼が震えたと思うとそのまま動き出し、部屋の中を飛び回り始めた。

「動いた、動いたー!」

 瞳をキラキラさせてリビィはガラスのペガサスを眺める。

「綺麗だねえ」

「リビィもやってごらんよ」

「私に出来る?」

「簡単だよ。もう魔法がかかってるからね」

「そうなの?」

「うん、翼にイギル婆の魔法文字が書かれてるんだよ」

「あ、本当だ」

 表の看板の文字と同じような文字が描かれており、ヴァーンの真似をして翼を指先で触ってみた。

 すると触ったペガサスがさっきと同じように空を舞っていく。

「うわあ」

「ほらね」

「自分で魔法使えたみたいで楽しいね!」

 指先がまるで魔法を覚えたみたいに感じたのでそう言った。

 自分の世界も当然好きだが、この世界も好きだと。

「リビィの世界は魔法がないって言ってたっけ」

「うん、その代わりに手品(マジック)とか科学(サイエンス)とかが代わりになるのかなあ?」

「まじく、さいえんす?」

「うーん、難しいからあたしも説明出来ない」

 科学はリビィにとってとても便利なものという認識くらいで、その原理や仕組みなどについて説明なんて詳しく出来るわけもない。

「例えば私たちの世界には『電気(エレキトリック・シティ)』ってものがあって、それが灯り付けたり、乗り物を動かしたりするんだよね」

「ふうん? 聞いてるとやっぱり魔法にしか聞こえないな」

「考えてみれば科学も電気も魔法みたいかも」

 理屈が分からないという意味ではリビィにしてみれば同じ。

「じゃ、あっちの魔法ってことだな」

「うん、それでいいと思う」

 これ以上の説明も出来ないので、それでいいやと思った。

 だいたい魔法と思う方が素敵だし。

 そんな二人の様子を見ていたイギルがふいに声をかけてくる。

「嬢ちゃん、魔法に興味があるようだが、魔法の適正でも見てみるかい?」

「魔法の適正?」

「お前さんに魔法の才能があるかどうか調べることが出来るんだよ」

「やってみたい!」

「俺の時はもっと後だったのにリビィには直ぐやらせるんだな」

「やんちゃ坊主に魔法は向いてないと思っただけさね」

 心当たりがあるらしい少年は老婆の突っ込みに何も言い返せない。

「リビィ嬢ちゃん、お出で」

「はーい」

 呼ばれるままにリビィはイギルのところに行き、無邪気に微笑んだ。

「恐いもの知らずだと言われないかい?」

「……よく言われるかも」

 思い返すと父母にも友人にも言われいたことを思い返す。当人としては興味のあることを放置したくないだけなのだが、それが悪いことなのだろうか?

「何ごともほどほどさ」

「ほどほど?」

「そう、ほどほど」

「うーん、自分ではそうしてるつもりなんだけどな」

「ヴァーン様と似ているんだねえ」

 イギルは笑いながら、リビィに水晶玉を見せた。

「これはなあに? イギルおばあさん」

「わかりやすく言えば魔法の水晶ってやつだよ。これでお前さんに魔法の才能があるかどうか見てみるんだ。手を翳してごらん」

「ええと、こう?」

 言われるままに手を翳しながら、水晶を覗き込む。とても不思議な色の水晶で透明感があった。

「色がくるくる変わってる?」

「そう、それがこの水晶の特長なんだ」

「綺麗だね」

 リビィがそう言うが早いか、水晶が唐突に光り出す。それこそ店全体を照らすような凄まじさである。

「え? え? え?」

 水晶が生み出した光はそのままリビィの周りを取り囲んだ。

「リビィ?!」

 ヴァーンにしても予想外だったのか、心配そうな声が聞こえた。ただ、光が眩しくて、それを確認することは出来ない。

「ま、まぶしっ!」

 その光は段々色を増していき、金色になっていくと同時にリビィ自身を輝かせていった。やがてその光はリビィの手の中に集約していき、治まっていく。

「え? 何が起きたの?」

「リビィ、大丈夫か?!」

「う、うん、大丈夫……」

 自分の掌とヴァーンを交互に見遣りながらどうしたらいいのかと戸惑っていた。

「ヴァーン様」

「何、イギル婆」

「この子は特別な子だね」

「——っ! やっぱ、分かる?」

「そりゃあ、これだけの力見せて貰えば」

「え、力? あたしにそんなのあるの?」

「ある。それもかなり特殊だねえ」

「特殊?」

「その水晶は代々受け継がれてきたものでね、『神代の魔玉』って名前なんだよ。この世界に残された『女神の欠片』の一つで、太古の秘宝さ」

「ひゃあ、『神代の魔玉』に『女神の欠片』! とっても古いんだねえ。こんなに綺麗なのに不思議だあ」

 水晶がその言葉に応えるように軽く光った。

「おやおや、随分、気に入られたもんだ」

「そ、そうなの?」

「こいつは割と気紛れなんだよ」

「そうそう、俺なんかさ、なかなか相手してくれなかったくらいだぜ」

「へえ、そうなんだ」

「あ、そうだ、さっきあたしの手にこれが」

 そう言って二人にリビィは掌を見せる。そこには世にも珍しい金色の水晶があった。

「ほお、金色だねえ。こいつは凄い」

「今光った後にあたしの手にあったの」

 戸惑うリビィにイギルはにっこりと微笑う。

「いいかい、リビィ嬢ちゃん、これはあんたのものだよ。必要だからあるんだ。きっと役に立つから肌身離さず持っておいで」

「有り難うございます、お婆さん。でもね、あたし、お金を持ってなくて」

 持っているのは自分の世界のお金だから困ってしまう。それもお小遣いだから少ない。どうしたらいいんだろうと思っているとぽんぽんと頭を撫でられた。

「いい子だねえ。でもそれはこの水晶からの贈り物だから何もいらないよ。素直に受け取っておきな」

「水晶が?」

「そう、この子がお前さんにって作り出したものだからね」

 水晶を撫でながらイギルが言えば、そうだと言わんばかりに水晶も光った。

「私のため?」

「凄いな、リビィ! それ、魔石だから大事にしろよ」

「魔石?」

「うん、要は魔法の石だ。どんな力持ってんのかな?」

「ふうん、そうだねえ、ちょいと複雑だけど、リビィ嬢ちゃんが持ってるべきものなのは確かだよ」

「イギルばあさんにも難しいの?」

「こいつぁ、太古の力を感じるからねえ。あたしゃ、単なる魔法使いだから手に余るってもんだ」

「イギルばあさんが言うなら相当なんだな」

「よく分からないけど、あたし、大事にするね」


「そうだね、細工屋に頼んで首飾りにしてもらいな」

「お、それいいね、細工屋のジーンに頼むよ」

「あいつなら問題ないね。ヴァーン様は人を見る目がお有りだよ」

「褒めても何も出ないぞお」

 二人の遣り取りをちらりと見つつ、リビィは金色の魔石の綺麗さに惹き込まれるのだった。

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