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第九話 きらめく森と風

「ほい、リビィ」

 朝支度を終えると、それを見越したようにリビィの部屋にヴァーンがやってきた。

「なあに?」

「昨日、急ぎで頼んでおいたリビィの魔石の首飾りだよ」

「もう出来たの?」

「イギル婆も言ってただろ? 細工屋ジーンならって」

「へえ、綺麗……ジーンさんに会ってみたかったなあ」

 渡された首飾りを見ればリビィにも分かるほど見事な細工がしてあった。金色の石を取り込むようにして緑色の宝石が鏤められ、それらを革紐で括ってある。しっかりした作りではあるが、リビィが持ってもとても軽く首に付けても負担は無さそうだった。

「ジーンなら今度、会わせてあげるよ。それより首飾り、付けな」

「あ、うん」

 言われるまま首に付けるとしっくりとくる。まるで最初からそこにあるくらい自然だった。 

「さ、約束通り、今日は冒険だぞ」

「うん、楽しみ!」

 昨日と同じように城門にはアゼルバインたちが待機しており、リビィたちを待っていた。

「ヴァーン様、用意は整っております」

「有り難う。リビィは今日も俺とね」

「うん、ヴェルツェ、よろしくね!」

 是と応えるようにヴェルツェは軽くいななき、リビィを歓迎してくれているようだ。考えてみなくても突然降ってきた人間を受け入れてくれるのだからこのペガサスはきっと優しいに違いない。それはペガサスであるヴェルツェの主、ヴァーンにも通じるものがある。

「城はどうだった?」

「みんな親切で優しかったよ! ご飯も美味しかったし」

「そりゃよかった! 今日の弁当も美味しいから期待してなよ」

「お弁当! いい響きだね」

「じゃあ、みんな、行くぞ!!」

 ヴァーンの号令を合図に全員が一斉に空を舞った。たちまち城や街が遠くなり、森の国の名の通り森が覆っているのを改めて見ることができた。

「森がいっぱい——!」

「森の国だからね。あそこに見えるのが『ヴァルターの背骨』、森の国の街道、いっぱい人や馬車がいるだろ?」

「ホントだ」

 空中から見る風景はいろいろ違っていて面白い。商人のものと思われる馬車や黒く大きい山羊みたいなもの、恐らくあれがヤトなのだろう、が運搬で動いている。勿論、徒歩で歩いている旅人らしき人たちもおり、街道を賑わせていた。

「人がいっぱいだねー」

「一番大きい街道だからね。リビィに見せたいのはでももっと違うところ」

「何処?」

「幽光の森だよ。ルミリスって街の側にあるんだけど、昼でも暗くて、だけど明るい場所なんだ」

「何それ?」

 聞いているだけだと意味が分からない。

「行ってみりゃ分かるよ」

 ヴァーンはそう言い、進路をアゼルバインたちに示した。彼らもそれに従い、ヴェルツェの後を追う。

 やがて辿り着いたのは煌々としていた森とは違った、暗い森だった。明らかにそこだけ違うのだ。

 光が差してないのに光っている、まさに不思議な風景だ。

「わあ、本当に暗くて光ってる……」

 幽光の森という場所は木々が生い茂り、なおかつその木に蔦が入り組んで絡み合っている。よく見ればその蔦が光を放っていることに気が付いた。

「この蔦が光っているの?」

「うん、それが昼夜構わず光ってて、この森を照らしているんだ。ここが一番綺麗なのは月と太陽が隠れんぼするときでさ、今日がちょうどその日なんだ」

「太陽と月が隠れることなんてあるんだ。でもそうなるとどんな風に光るんだろ?」

「蔦たちが一斉に光る前に一瞬真っ暗になるから俺の側を離れたら駄目だぞ」

「分かった!」

 幻想的な風景がもっと綺麗になるなんて!

 リビィの気持ちのわくわくが止まらない。

 そもそも太陽がいっぱい分裂したりするから月と太陽が隠れんぼしても不思議無いか。

 そっちも見てみたいなあ。

「まず月が太陽を追っかけるんだ。そうすると太陽が逃げて、追いかけっこがはじまるんだ。そうすると森が一度真っ暗になって、そっから蔦が一斉に空に向かって輝き出してさ」

「蔦が動くの?」

「と言うか胞子? みたいなのを出すんだ。先生が言ってたけど何だっけな」

「あ、そういえば勉強は大丈夫なの?」

「平気、平気。先生には許可もらったから」

「会いたかったなあ」

「明日もあるさ」

「そうだねえ、明日紹介してね」

 ヴァーンの物知り加減からしてやっぱり凄い先生なんじゃないだろうかとリビィは思う。

 冒険で釣られて忘れていたけれど、明日があるからいいか。

 いつまでいられるか分からないけど、リア=リーンが言っていた何かが起きてないからまだいられるはず。

 リビィはそう考えていた。と言うかそれ以外の答えがなかった。

「真ん中の時間にだいたいはじまるよ」

「真ん中の時間?」

「太陽が真上に来るくらいの時間だよ」

「真上……」

 上を見れば確かにまだ太陽は真上には来ていない。時間というには大分アバウトだけど、それで問題ないならいいのだろう。

「ま、細かく言うと十二の時間っていうよ」

「あたしの国だと十二時って言うから同じようなもんだね」

「そうか、そういうところは似てるのかもな」

「うん、そうかも」

 共通点、そうか、完全じゃないけど、言葉だって通じているし、そんなものもあるのかも。

 あたしの世界とヴァーンの世界ってどんな関係なんだろ。

 リア=リーンに聞いても教えてくれなさそうだけど。

 リビィとしては疑問がいっぱいあるが、それ以上にヴァーンといるのが楽しい。

 知らない世界の冒険も楽しい。

「ヴァーン様、十二の時間の前に昼食を召し上がった方がよろしいかと」

「そうだな。追いかけっこ、どれくらい続くか分からないしな」

「その時で変わるの?」

「うん、太陽と月の気分次第」

「なんか心配……」

 太陽たちが戻らなかったらどうなるんだろ?

「大丈夫、もしもの時だって俺たちがいるから心配するなよ」

「うん」

 その言葉は本当に安心させてくれる。だからこの森の冒険を心から楽しもうと思う。

「森も色々あるんだね」

「ここは一番変わってるけどな。やっぱりルミリスの神殿が近いからかもな」

「大きい神殿あるって言ってたね」

「今日は行かないけど、近いうちに連れて行くよ。見たらリビィ、また驚くかもな」

「ここにいるだけで十分驚いているよ」

「そうかそうか」

 ヴァーンが笑い、それに釣られてリビィも笑う。アゼルバインたちもそれを眺めて笑顔を浮かべていた。

「念のため、昼飯前に我らは周辺を見回って参りますのでヴァーン様とリビィ様はこの場で待機願います」

「ワーソン、お前は残ってお二方を守れ」

「了解しました!」

 ワーソンと呼ばれた男はアゼルバインに敬礼をし、任務を引き受ける。その後、ヴァーンとリビィにウィンクを送るあたり、お茶目な性格をしているようだ。

 昨日会ったときも明るい人だったもんなあ。

「ではヴァーン様、リビィ様、安全を期しますから俺の側にいてくださいね」

 ワーソンはそう言い、比較的開けた場所へと二人を案内した。そこは幽光の森の隙間というらしく太陽がほんの少し見える。ここなら月との追いかけっこも見えるし、上空の確認もできるというわけだ。

「幽光の森で何かあるのか?」

 ヴァーンが訝しんでそう尋ねた。

「いえ、隊長も念のためとのことだったので。大丈夫とは思いますが」

 ワーソンは若干言葉を濁すが、どうやら何か問題が生じている可能性があるらしい。

「ヴァーン様には隠せませんねえ。先ほど伝令が来ました」

「なんて?」

「地の国の使者が急にやって来たそうです」

「……それはよくないな」

「その通りです。本来は戻った方がいいかもしれないですが、それはそれで危険と。尤もあいつらは飛行手段持ってないはずなのですけどね」

 ワーソンがそう言うとヴァーンはリビィに向かい、確認した。

「リビィ、石をちゃんと持ってるか?」

「え、これ? うん、首にかけてるよ」

「絶対にそれは離さないようにして」

「もちろん、だって大事だもの」

 ヴァーンの物言いに不穏なものを感じたが、この金色の宝石が大事なことは理解している。リビィは念のため、自分の首飾りが確かにあることを確かめた。

 それはきちんとあり、不思議とほっとした。

「リビィ、念のため、服の中に隠しておいて」

「分かった。その方がいいんだね?」

「ああ、ちょっとやな感じがするから」

 ヴァーンがそう言い、それに緊張を感じつつリビィは言われたとおり服の中に首飾りを隠した。

「いつもより早いですね」

「月がいつもより動きが速いせいか」

 観測できる範囲ではあるが、ヴァーンたちの言うとおり月が太陽を追っている様が見えた。

 少しずつ暗くなっていく森の中、突然、何かが飛んできた。

「リビィ!!」

「え?」

 それは弓矢だった。リビィではなく、ヴァーンたちを狙っていたものらしい。一瞬、ヴァーンたちと距離が生まれ、その隙を黒い影がぬっと現れた。

「見付けた……」

 そう影は言い、リビィに覆い被さってきた。

「きゃあああああっ?!」

 幽光の森に悲鳴が轟いたが、折り悪く闇に包まれてしまった森の中では動きが取れない。

「リビィ?! リビィ!!」

 ヴァーンは叫んだが、その叫びに答えが返ってこない。何が起きた? 何が起きてしまった!?

「ヴァーン様、ひとまず隊長たちを待ちます。敵の姿は今見えません」

「リビィが目的か!」

「可能性は高いかと。あいつらのところに『金色の乙女』の情報が入ってしまったと仮定すれば……」

「今直ぐリビィを救わなきゃ」

「待ってください、ヴァーン様、この状況で動くのはリビィ様にもよくありません」

「くっ」

 それは真実なのでヴァーンとしても否定することができない。まさに最悪のタイミングだった。

「あいつら、闇に強かったからな……」

 岩の国、暗闇深い洞窟の国——

「リビィ、必ず助けるからな!」

 ヴァーンは己の迂闊さを呪いつつも、固くそう決心するのだった。

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