「おかえり、リビィ」
リビィが気が付けばそこは彼女がこちらの世界にいた場所、屋根裏にいた。背後から声をかけてきたのは父であるショーンであることを理解するのに少々時間が必要だった。
「パパ……」
「冒険をしてきたんだね」
まるで夢みたいだったけれど、彼女の格好がエラから借りていた衣装のままだったから、今までにあったことがすべて本当であることを示している。
よかった! ヴァーンたちとちゃんといたんだ!
心からリビィはそう思う、父親に向かって笑顔で応えた。
「うん、素敵な世界に行って来たんだよ」
そうしてそのまま自分の胸にある首飾りをそっと抱き締める。これもまたリビィの体験が決して夢じゃない証の一つだ。
「いっぱい、いっぱい素敵なことがあったの」
「そうか、後でたくさん聞かせてもらうよ。先ずはママたちにお前が帰って来たことを伝えないとね」
それはまるでリビィが何処に行ってたのかを分かっているような物言いであったから、一つのことを思い出して尋ねてみた。
「……もしかしてパパって女神様の言う
「おやおや、そこまで知ってるんだねえ」
ショーンはにこやかにそう答え、娘の言葉を否定はしない。
「だって、あたし、女神様に会ったもの。えーっと、ガディンナ・ルールーっていう人、じゃない神様だ」
「なるほど、かの女神様にも会ったんだね。さすが、我が娘」
心から感心している様子で、彼は目を細めた。それは父の癖であり、これが出る時には大概褒めてくれるのだ。だから今回もそれで間違いないらしい。
「ねえ、パパ」
「なんだい、リビィ?」
「あたし、あっちで『金色の乙女』って呼ばれたよ」
「そうかあ、まあ、そうなるだろうなあ」
「パパは全部、知ってるんだね」
「全部でもないよ。そこまで万能だったらいいんだけど」
「でも、あたしより知ってるでしょ?」
「どうだろう、案外リビィの方が知ってるかもしれないよ」
「そうかな?」
「そうそう、実際に行ってきたんだからね、それに勝るものはないと思うよ」
リビィは実際に体験をしてきた。だから、それは確かに父の知る世界とは少し違うのかもしれない。
「それで、リビィ、楽しかったかい?」
「とっても!!」
一瞬の迷いもなく強く頷いた。
「あたし、あたしね、早くヴァーンにもまた逢いたいの。他のみんなにも」
ちゃんとみんなにお別れ出来なかったことがとても悲しかったし、ヴァーンとももっといたかったのだ。予想外の別れはとても切ない。
いっそリア=リーンの占いが外れればよかったのにと思ったけれど、それは彼女に失礼だから口にはしなかった。
「そうかい?」
「うん、必ず四年後に会うって約束したから、あたし、勉強たくさんする!」
それはこれからの訪れる運命のためにも必要なことだった。今回の冒険でたくさん学んだけれど、自分があまりにも物を知らなかったことも理解したからだ。
「それはいい心がけ、ママも喜ぶよ」
娘の様子に微笑みを絶やさず見守りながらそう言った。彼女の成長を心から喜んでるようだ。
「あ、ママにそうだ、お手紙を預かってたんだ」
リア=リーンの占い以来、いつ帰る羽目になるか分からないので必要最低限のものは身に付けていたのである。ラウレントからの手紙もその一つだ。
「でも向こうの文字だから読めるのかな?」
「さあ、どうだろうね? ママは凄いから読めるかもしれないよ」
「ふうん?」
何か含んだ言い方だなとは思ったが、今はこの手紙を渡すことがリビィの使命だからそれ以上は聞かなかった。
「あのね、今度はヴァーンがあたしをお迎えに来てくれるって言ったから」
嬉しそうに、そして照れくさそうに言う少女に父は少々驚いた表情を浮かべ、苦笑いをする。
「おやおや、これは聞き捨てならないな」
「何が? パパ?」
「可愛い娘がいきなり大人になったみたいでねえ」
「? 変なパパ」
「リビィ、ヴァーン君とやらについては後でじっくり詳しく話してもらうからね」
「うん? いいけど」
元から話すつもりのことだし、特にリビィとしては可笑しなことを言ってるつもりない。だから父親の態度が少し変化したことに戸惑っていた。
「まあ、今はいいよ。ママのところに行っておやり」
「はーい」
リビィは促されるままに父の言うとおり母に自分の帰還を伝えるべく居間へと向かう。するといつものようにソファに座って刺繍をしており、その手並みは相変わらず鮮やかだ。
母の刺す模様は今思えばこの世界にはないものを好んでいた。
たとえばユニコーン、たとえばペガサス。
それらを彩る文様もかなり独特なものが多い。
そういえば森の国で見た模様にも似てる気がするな。
何となくそんなことを考えながら、母・ミラベルに近寄ってその顔を覗き込んだ。
「ただいま、ママ」
「リビィ、おかえりなさい」
娘の行動にまったく動じることもなく、刺繍の手を休めてミラベルは優しい笑顔を浮かべながらそっと抱き締めた。
「お転婆さんは冒険に行って来たみたいだけど、無事でよかったわ」
「うん、いろいろお話があるの」
「どんな話があるのかしらね。とても楽しみよ。ああ、それにしても良く似合ってるわ、その格好」
「そう? 嬉しいな」
エラに返しそびれちゃったけれど、大事に取っておこうと心に決めていた。次に会える時にはもう二人とも着られない服だけれど、思い出として大事だから。
「あのね、ママにお手紙、預かってきたの」
「あら、有り難う。誰からかしらね?」
「ラウレント先生。ヴァーンの家庭教師なの」
「ラウレント……ふうん」
ミラベルは娘から受け取ると手慣れた様子で封書を開封して、手紙を読み始める。それは中の文章を読めているのだとリビィは理解した。
「それ、読めるの?」
「まあね」
手紙を読むことを止めずにミラベルは微笑む。
「何て書いてあるの?」
ちらりと見てもリビィの知らない文字だから読めない。それなのに母は読めるのだ。
「あなたにきちんと礼儀作法を教えてやるようにですって」
「嬉しくないことが書いてあった……」
そういえば暗にラウレントから礼儀作法について言われたような気がした。あのときのことは流していたが、それを見越しての手紙だったのだろう。
確かに礼儀作法とかって苦手だもんね、あたし。
必要ないとすら思っていたくらいだし。
「でも必要だからやる! ママにちゃんと習うよ!!」
今までなら絶対やらないと言っていただろう娘が決意を込めてそう言うものだからミラベルとしては驚く。
「あら、あなたにしては殊勝な心がけね」
「だってヴァーンと約束したんだもん」
「へえ、彼はリビィの友だちになったのかしら?」
「うん、向こうで逢ったの。ええと話すととても長いんだけど、ヴァーンって森の国の王子様なの」
「なるほど、あなたは彼と大切な約束をしたのね」
母は何故かそれが誰かとは言わなかった。それどころか、まるでヴァーンを知っているかのような口ぶりである。
「もしかしてママはヴァーンを知ってるの?」
「そうね、そのうち話してあげる」
「今じゃないのか……ね、ママもあの世界を知ってるんだね?」
「そうね、よく知っているわ。この手紙の送り主も」
「ラウレント先生のことも知ってるんだ?」
「ふふ、とってもよく、ね」
あれ、そういえばママとラウレント先生って髪の色と瞳の色が一緒だな。それに何となく似てる……?
リビィがそんな疑問を浮かべていると背後から声がした。
「お姉ちゃん、帰って来たの?!」
「あ、エド、ただいま」
どうやら弟のエドワードはついさっきまで庭で愛犬たちと遊んでいたらしく、髪に芝が付いている。家で起きた異変に気が付いたのだろう。
「パパにお姉ちゃんは遠くに旅行に行ったって聞いたよ? いったい何処に行ってたのさ?」
「んー、内緒」
「そのうち教えてあげるけどね」
そう付け加えはしたものの、今はまだ言わない方がいい気がした。何となくその方がいいと思ったのだ。
「なんだよ、それ」
明らかに気分を害している弟に
「だって秘密がたくさんの方がわくわくするでしょ?」
リビィとしても心の準備なく、唐突の帰還だったから家族へのお土産も用意する暇がなかったし、そもそも話すにしても何処から話せばいいのか分からないのもあった。
そう――きっと誰かに話しても信じてもらえない世界の物語。
でも本当のこと。
それでも自分の家族には信じてもらえると何故か分かっていたから、全部話すつもりだ。何から話せばいいのか悩みどころだけれど、最初から話した方がきっといい。
たくさんの太陽たちとか妖精さんたちのこととか、森の国の人たちのこととか。
枚挙に暇がないくらいの思い出たちを語るのならママに紅茶を淹れてもらわなきゃ!
窓から青い空が見えた。
眩しい空は何処かあの世界の空を思い起こさせる。
約束したから、信じてるから。
あたし、頑張るね!
ねえ、ヴァーン、あたし、ちゃんと待ってるからね。
だから、絶対に――迎えに来て。
リビィはそう強く願い、家族たちに自分の物語を話すために彼らの元に戻るのだった。
二人で紡いだ約束を胸にしっかり刻んで。
ねえ、知っている?
不思議な物語は案外、そばにあるんだよ。
あなたが気が付いてないだけで。
だからいつだって心の準備をしておいて。
思いがけない冒険はいつ来るか分からないから!
This story ends here.
But I'm sure there will be more to come.
See you again soon!
この物語はここで終わります。
しかし、きっとまた続きがあるでしょう。
またすぐにお会いしましょう!