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第十七話 約束をあなたと

「え、帰る日があと少し?」

「うん、リア=リーンがそう占ってくれたの」

「リア=リーンが言うなら確かだろうなあ」

 エラたちとのお茶会の後、ヴァーンに急いで伝えるべきだと思ったので、リビィは彼を探し出して自分が帰る日が近いことを伝えた。

 エラたちのお陰で照れくさいことこの上ないが、大事なことを彼に伝えないという選択は当たり前だがない。

「まだまだいっぱい連れて行きたいところあるんだけど」

「私もいっぱい行きたいところあるのになあ」

 ヴァーンは少し考えてからリビィに尋ねる。

「リビィは今、一番何処に行ってみたい?」

 時間が限られているのであれば彼女の意思を尊重したいとそう思った。心から楽しい思い出を持って帰って欲しいから。

 ヴァーンの問いにリビィはちょっと悩んだ。何処がいいだろう? リア=リーンの砂の国とか岩の国? 

 ううん、多分遠いからそれは無理。やっぱり森の国の中で考えるべきよね。

「何処……そうだ! 幽光の森にもう一度行ってみたい!!」

 ヴァーンのおすすめだったし、何よりもせっかく行った場所なのに楽しめなかったところだ。

「恐くない?」

 ヴァーンが心配そうにそう聞くと、リビィは首を強く振った。

「あれは地の国が悪いんであって、森には罪がないよ?」

「それはよかった。うん、あそこはとても綺麗だからさ、リビィには嫌って欲しくなかったんだ」

「あたし、森の国、好きだよ。そりゃ、この国のことで知ってることは全然少ないけど、それでもとっても大好きだと思うの」

 緑溢れるこの国は数日いただけのリビィにもいい国なのは理解出来たし、そこに住む人たちもとても温かい。

 何しろいきなり来た彼女という存在を優しく受け入れてくれたのだ。それはリビィの不安をどれだけ拭ってくれただろうか。

「そう言って貰えて嬉しいな。うん、有り難う」

 嬉しそうにヴァーンが微笑ってくれたのでリビィは嬉しかった、と同時に少し照れくささも感じていた。

 誰かを想うというのはこんなにも大事なんだな。

 パパとママもそうだったのかな?

 二人のロマンスを聞いたことがなかったが、とても仲のよい夫婦なのは知っている。

 帰ったら聞いてみようかな?

 今までそんなこと考えてもみなかったけれど、凄く知りたいと思った。

「リビィ?」

 いつの間にかヴァーンを見つめ続けていたらしく、彼が不思議そうな顔で、けれど少し照れたような仕草を見せながらリビィの名を呼ぶ。

「な、何でもない!」

 思わずそう言っていたが、何でもないわけがなかった。

 まったくエラたちがあんなこと言うから!

 どうしよう、きっと、ううん、あたしってばヴァーンのことが大好きなんだ!

「大丈夫?」

「う、うん、大丈夫だよ。ちょっと一緒に行けるのが嬉しかったの」

 それは本音だ。ヴァーンと何処かに行くのは本当に楽しい。

 考えてみなくても最初から彼は優しくて、ずっとリビィを守ってくれていた。あの誘拐事件の時だってちゃんと助けてくれたのだ。

 あれは本当に嬉しかったなあ。

 それ以外にもたくさんのことを教えてくれたり、遊んでくれた。

 そんな彼とお別れになるのは限りなく寂しい。

 ヴァーンはあたしのこと、どう思ってるんだろう?

 そんなことを考えるとちょっと恐くなる。

 別に何とも思われてなかったら?

 少しは好かれてるとリビィは感じているが、人の気持ちなど分からないものだ。ましてや好き嫌いなんて一番分かりやすくて、分かりづらい感情なのだと今知った。

 いきなり、あたしのこと、どう思うかなんて聞けないし。

 エラたちはヴァーンもリビィを好きなのだと暗に言っていたが、それが本当かなんて当人にしか分かりはしないはずだ。

 そんな思考になった時、物凄く怖さを感じた。嫌いと言われるのも嫌だが、何とも想われてない方がもっと嫌だったのだ。

 いつの間にそんなに好きになっていたのだろう。

 リビィは自分に驚いていた。

「リビィ、大丈夫か?」

「え?」

「泣いているよ」

「え、やだ、ホントだ」

 いつの間にかリビィの瞳から涙が零れていた。ひどく切なくて、悲しかった。もうすぐ来るだろう、この世界との別れ、何よりもヴァーンとの別れが彼女を不安にさせている。

「あたし、あたしさ、ヴァーンとお別れしたくないな……」

 止まらない涙を拭いながらリビィはいつの間にかそう言っていた。

「俺もだよ、リビィ」

 ヴァーンはそう言いつつ、リビィの涙を自分の手巾で拭いてやる。

「俺もリビィと別れるのは凄く寂しい」

「本当?」

「うん、こんな時に嘘なんて言わないよ」

「そっか、そうだよね」

 ヴァーンの実直さがとても嬉しい。

「有り難う、ヴァーン。そう言ってくれてあたし、嬉しいや」

 にっこりと微笑うリビィにヴァーンは安堵して、続いて提案をすることにした。

「リビィ、時間が無いんだったらさ、今直ぐ行こう。アゼルバインたちを呼んでくるから用意しておいて」

「う、うん、分かった! 直ぐ用意するね!」

 そうだ、泣いてる場合じゃない、少しでも思い出を増やして帰ろう。

 ヴァーンとの想い出を。

 四年後に会えるんだから。

 リビィはそう思い、急いで用意をするのだった。


‡     ‡      ‡


「リビィ、用意出来た?」

 息せき切って戻って来たヴァーンにリビィはエラに借りている乗馬服に身を包み、にこやかに微笑んで答えた。

「完璧!」

「本当にそれは良く似合ってるね。エラより似合ってると俺は思う」

「嬉しいけど、それってどうなの? いやまあ、エラもそう言ってたけどさ。あ、でももしも向こうに行ってる間に帰る羽目になったらエラに返せなくなっちゃうよね」

「エラは多分、気にしないよ。相手がリビィならね。もうリビィにプレゼントしたと思ってるんじゃないのかな?」

「そうなの?」

「エラはリビィのこと大好きだからね」

「そっか、それなら嬉しいな」

 ヴァーンが言う『大好きだから』に少しドキドキしていた。

「さ、行こう!」

 ヴァーンは当たり前のようにリビィの手を握り締め、彼女を連れ出していく。

「ヴァーン、足速いよー」

「だって早く行かないとさ」

 そのまま城門まで二人で走って行くとアゼルバインたちが当たり前のように待っていた。

「ヴァーン様、リビィ様、準備は出来ております」

「急で悪いね」

「いいえ、とんでもありませんよ。お気になさらず」

「有り難う、アゼルバインさん」

「リビィ様もお気遣いいりませんよ。さあ、楽しみましょう」

 優しく微笑み、アゼルバインはそう言ってくれた。その心遣いがリビィにはとても嬉しい。他の団員たちも異口同音に頷いてくれる。

 いい人たちばかりだなあ。

 改めてそう思い、リビィは心から感謝していた。

「では参りましょう!」

 それを合図にして、リビィはヴァーンとともにヴェルツェに乗り、騎士団も天鷹ファルケ

「ヴェルツェ、よろしくね」

 リビィがそう言うとヴェルツェはいなないて、彼女に了承を伝えてくれる。

「ヴェルツェが任せておけってさ」

「わあ、頼もしいね!」

「さあ、いざ幽光の森へ」

 ヴァーンが合図を送ると、一斉に天空へと全員で舞い上がった。するとたちまちのうちにお城は遠くなり、青い空を飛んでいく。

「本当に綺麗だなあ」

「リビィも大分慣れたよな」

「うん、空を飛ぶって楽しい!」

 改めて下を見れば面白いように風景がどんどん変わっていき、森の国の広さを感じることが出来た。向かう場所は同じであっても気持ちが大分違う。

 あのときははしゃぐだけだったけど、今度はちゃんと幽光の森を歩きたいな。

 一つ、一つの思い出をしっかり胸に刻みたい。

 リビィは心からそう思っていた。

 しばらくすると目的地である幽光の森が見えてきた。一見は鬱蒼とした森だが、よく見れば苔の力で森全体が薄く光っていることが分かる。最初に見た時よりもじっくり見られたせいか、もっと身近に感じられる気がした。

「やっぱり不思議で綺麗な森だよね」

 リビィは素直にそう言った。

「うん、今日は月も太陽を追っかけてこないから大丈夫だ」

「分かるの?」

「うん、一定の周期みたいなのはあるよ。月の気分もあるけど」

「へえ、でもまたあの光景を見られるのは悪くないなあ。今の雰囲気も好きだけど」

「そうそう、日の光が薄く差してさ、輝くだろう? それが綺麗なんだ」

「うん、とっても綺麗!」

「この間、案内し損ねたからね。あちこち行ってみよう」

「うん」

 ヴァーンはリビィの手を引いて、あちこちを案内する。お陰様でそこはもうリビィにとって恐い場所ではなくて、とても素敵な場所になっていた。

 ある場所に行くと幾重にも別れた小径が目の前に現れ、歩きやすい道が現れていた。そこは周囲の苔の光だけではなく、敷き詰められた石が輝いているようだ。

「うわあ、日の光で光ってるね、小径。石自体が光ってるの?」

「うん、そうだよ。実に不思議だよね。暗い中でこの石だけ光っててさ、どうやってか真っ直ぐ太陽の光を浴びてるんだ」

 木々に囲まれているのに、確かに石が光っているのは不可思議ではあるが、幻想的でとても美しい。

「本当に素敵な小径! 歩きやすいのも不思議だけど」

「この森の中に幾つもあるんだ、こういった小径。でもえらく道順がややこしいから知らないと簡単に迷う」

「そうかも」

 一見は親切に見える小径だが、よく見てみればヴァーンの言うとおり一本道ではなくて、複数に枝分かれしている。

 何処へ行くか分かっていなければきっと直ぐに簡単に迷子になってしまうだろうことは予想が付いた。

「ヴァーンは全部知っているの?」

「全部ではないかな、まだ。覚えてる途中」

「ひゃあ、全部覚えないといけないの?」

「父上は覚えてるって言うからね。アゼルバインとかもそうだし」

「凄いねえ」

「本当だよ」

 ほのかに光っている森の中、リビィはヴァーンに導いてもらいながら道を歩いて行く。森の中はとても気持ちが良くて、またその幻想的な風景が彼女を楽しませ続けた。

 やがて一つの場所に出た。そこは少し開けた場所であり、今までと違った雰囲気があった。

「ここは幽光の森の中央だよ」

「わあ、ここもとっても綺麗……」

 その時、リビィは一つのことに気が付いた。

 あれ、ここって絵の……場所?

 ここに来た時に見ていた絵のことが鮮やかに思い出される。いろいろなものが描き込まれたあの絵の中にあった扉、それがあった場所が……

 リビィが気が付いた途端、そこに突如として扉が現れた。間違いなくこの世界へとリビィをいざなったあの扉だ。

「あれは何だ? 扉?」

「どうしてこんなところに?」

「ヴァーン様、リビィ様、お下がりください」

 アゼルバインたちが急いで扉と二人の間に立ち塞がる。何しろ彼だって見たことがないのだ。空間に扉があるような風景は!

 一方のリビィは理解ってしまった、理解りたくないのに理解ってしまった。

「ヴァーン、ヴァーン、どうしよう、時間が来たみたい……!」

「リビィ?」

「あたし、あたしね、あの扉からこの世界に来たの」

「――っ!」

 それだけでヴァーンにも理解る。いきなりリビィとの別れの時が来てしまったことを。

「こんな急に?」

「うん、何かね、あたし、どうしてもあの扉に行かなきゃいけないみたい……」

 どうしてかは分からない。それをしなければならないことだけは理解しており、それがとても寂しかった。

「……そうか、変えられないんだね?」

「うん……」

 どうしてこんな急にと思うが、どうしたらいいのかは決まっていて、今はそれを選ぶしかない。

「リビィ」

 ヴァーンは彼女の名前を呼んで、その手を握った。

「ヴァーン?」

 突然の少年の行動に戸惑う少女だが、彼は彼女の瞳を真っ直ぐ見つめる。

「リビィ、俺はリビィのこと、大好きだよ」

 それはとても嬉しい言葉だ。リビィが欲しかった言葉だ。でも思わず聞きたいことがあり、問い返してしまう。

「それってあたしが『金色の乙女』だから?」

 ずっと疑問があったから、どうしてもそれは聞きたかった。すると直ぐさまヴァーンは首を振って否定した。

「違う。リビィだからだ。リビィだから好きなんだ」

 それはヴァーンの心から言葉だ。リビィが単なる少女であったって好きになったに決まっている。こんな素敵な少女を他に知らないから。

「だから四年後に迎えに行く」

 今はそれしか言えない。でもそれには断固とした決意があった。

「本当?」

 迎えに来てくれる、なんて嬉しいと心から思う。

「もっとリビィに相応しい男になってみせるから。だから待ってて」

「あたしももっと勉強してヴァーンに相応しくなってみせるね!」

 だからリビィもそう返した。自分がどうして選ばれたのかは知らない、それでもヴァーンと再会することは絶対に叶えたい。そのために必要なことは何でもしたいのだ。

「また降ってきたら大変だから俺が迎えに行くよ。降ってきても抱き止めるけどさ」

「それも悪くないなあ。でも、迎えに来てくれるなら嬉しい。ね、必ずよ? 必ず迎えに来て」

「約束する」

 そのまま指切りを交わし合う。それは二人だけの約束、必ず叶えたいものだった。

「うん、あたしも」

「でも迎えに来るってどうするの?」

「そんなの何とでも多分なるよ。境界人たち探して方法を聞くことにするし、そうでなくて何としてでも探し出す」

「じゃあ、待ってる。えとね、あたしの誕生日、こっちだとええと、八の月二十二日だよ」

 ラウレントに習った日付けの数え方を思い出しながらそう伝える。十六歳になった日が分からないのはきっとヴァーンが困ってしまうと思ったのだ。

「絶対に忘れない! あ、俺の誕生日は七の月三十一日だからな」

「あたしも忘れない。じゃあ、十六才の誕生日に待ってていい?」

「うん、俺も成人になるから堂々と迎えに行くよ」

 リビィが十六歳になるころにはヴァーンは十八歳になる。この世界では成人の年齢となるから、あらゆることに彼の意思が尊重されるだろう。勿論、責任は生じることも分かっている。

 リビィが二つの世界を繋ぐ特別な存在である以上、彼は誰よりも心も体も強くならないといけない。

 今の彼にはその覚悟があった。

「ヴァーン、大好き」

 リビィはそう言い、彼の頬にキスをそっと贈る。それはごく自然で、それでいてどこか厳かな仕草だった。

 その意味を正確に捉えたヴァーンはぎゅっとリビィを抱き締める。本当は別れたくなどないけれど、それが今叶わないことを分かっていた。

「有り難う、リビィ」

「あたし、待ってるからね、待ってるから!」

 リビィはそう言い、彼に抱き付いて涙を零していく。

「泣かないで、リビィ、また逢える」

「うん、うん……!」

 その言葉が嬉しい。この世界で最初に逢えたのが彼でよかったと心から思う。

「リビィ様の体が!」

 アゼルバインの声がした。

 それと当時に扉の方から目映い光が放出され、それがリビィの体を包んでいった。その光はリビィの意思とは関わらず扉へと強引に導いていく。

「み、みんなも有り難う、また逢えることを楽しみにしていて!!」

 慌てて騎士たちにもお礼を言い、ヴァーンへと視線を戻して目一杯微笑む。

「エラたちにもよくお礼を言っておいてね! みんなにお別れ言えなくて残念だったけど」

「うん、伝えておくよ。絶対に!」

 明るく別れよう、明るく。

 そう思った。

 それでも涙は溢れる。

 そうこうしているうちにふわりとリビィの体は扉の方へと向かわされ、ヴァーンと離ればなれになっていく。

「ヴァーン、待ってる、待ってるから!」

「リビィ、絶対に迎えに行くから!」

 もう一度、約束を交わしながら距離は開いていく。

 扉は静かに開き、リビィを再び吸い込むようにして連れて行ってしまう。その際にこれ以上ないくらいに眩しい光が放たれて、周囲を満たしていく。

 眩しすぎて制止出来ないほどだったが、それでもヴァーンはリビィのことを視線で追い続ける。

 リビィは目一杯の笑顔を見せ、手を静かに振っていた。 だからヴァーンもそれを見習って手を振ることにする。

 今はそれがお互いに出来る精一杯だ。

 さよならは言わない。それが二人の決めたことだ。

 やがて光は収束していき、扉はもう閉まっていた。さっと扉の方へ行こうとしたものの、ヴァーンが辿り着く前に扉はあっさりと消えてしまう。

 まるで今までのことが夢のように思えてしまうほどに。

 それでもリビィはヴァーンと一緒にいたのだ。だから彼は彼女を必ず迎えに行く――その決心を胸にして静かに扉のあった場所を見つめ続けるのだった。っっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっv

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