「お祭りでしたらわたくしも一緒に行きたかったですわね。星願いの丘にまで行ってたのでしたら尚のこと」
翌日、とても残念そうに、またとても羨ましそうにエラが言った。
「すっごく楽しかったよ! エラは何処にいたの?」
「わたくしはお城でリア=リーンとお茶会をしていましたわ」
「お茶会?」
「ええ、夜のお茶会。お祭りにわたくしのお気に入りのお茶屋さんが来てましたので」
「へえ、あそこにはお茶屋さんもいたんだね。それもエラがお気に入りの! あたしも見てみたかったなあ」
異世界のお茶はとても興味がある。リビィの国・イギリスは紅茶で有名だが、彼女自身はそこまで詳しくない。でも父がその辺、こだわりがある人なのでそれなりには味は分かるつもりだ。
その経験で言ってもこの世界のお茶は大変美味しい。あちらに戻る時にお土産で持って帰ってもいいと思うくらいだ。
「うふふ、じゃあ、今日はリビィとお茶会をしましょう。昨日、買ったばかりのとっておきがありますの」
「とっておき!」
なんて素敵な言葉!
「アルラ、ウルラ、お茶会の用意をお願い」
「畏まりました、エランシア様」
側にいたアルラとウルラが異口同音でそう答えて頭を下げ、部屋を後にするべく扉を開けた時、ひょいっとリア=リーンが現れた。
「ねーねー、お茶すんなら私もいい?」
「あら、リア=リーン、流石ね。勿論、いいですわよ」
了承をもらったのでリア=リーンはさっさとエラの部屋へと入って来て、そのままの勢いでテーブルの上のお菓子を一つつまみ、頬張る。
「お茶会の前に食べはじめるなんてはしたないですわよ、リア=リーン。そもそもちゃんとお座りなさいな」
「いいの、いいの、美味しいもんは食べたい時に食べないとね」
それでもエラの言うとおりに座ってはおく。ここの部屋の主の言うことは聞く、それはこの占い師のポリシーらしい。
そんなリア=リーンを見て、リビィは一つのことを思い付いた。
「あ、そうだ、リア=リーン、丁度よかったから聞いていい?」
「何、リビィ?」
「あたしこと、占ってもらうのって出来る?」
「いいわよ。ただし、何かしらの対価が必要だけどね」
出来ないという答えでないことはよかったのだが、困ったのは対価、つまりはお金が必要なことだ。
「んー、あたしのお金って向こうのしかないんだ」
なのでそこは正直に言ってみる。今のところ、リビィが持つのはそれだけだからだ。何しろ、お金がかかるところはすべてヴァーンたちがカバーしてくれているのでこの世界のお金は持っていない。
「見せてよ」
リビィはポシェットから小銭入れを出して、数枚のコインを見せた。リア=リーンはそれを見つめると一枚手に取った。
コインの裏表を何度も繰り返しひっくり返しながら、じっくりと眺める。そうしてしばらくしてから微笑んだ。
「ふうん、対価はこれ一枚でいいわ。とっても珍しいし」
「ホント?」
「ええ、このコインはこの世界のものでないから対価としては十分よ」
リア=リーンにとって価値があると判断されたので、リビィとしては一安心である。
「それで何を知りたいの?」
「そのね、あたしがこの世界にいつまでいられるかってことが知りたいんだけど」
女神様も教えてくれなかったことだが、もしも分かるなら教えて欲しいと心から思った。
いきなりお別れになったらやっぱり嫌だし。
「なるほどね、それについてね。うーん、私で分かるレベルならいいんだけどねえ」
「レベルがあるの?」
「そうよ、占いは万能じゃないの。占者自身の能力による差は当然あるし、時間や季節なんかでも変わっちゃうし、わりかし繊細なのよ」
「そっか。でも分かる範囲でいいからお願い出来ない?」
リア=リーンは少し考えてから腰に付けていた袋から何やら取り出した。見ればそれはいろいろな絵が描かれたカードのようだった。
「
リビィの知っているのはそれだった。
「リビィの世界ではそう言うの? 今回は水晶よりは
「こっちでは占札って言うんだ。それにしてもリア=リーンの占いって水晶だけじゃないんだね」
「そ、一つだけじゃないの。占いの内容によって道具を使いこなすのが真の占い師ってもんよ」
「そういうものなんだ?」
「そうよ、状況によって悩みによって変わるからね」
「へえ」
「さてさて、それでははじめましょうか。占いのカードにあんたの知りたいと思うことを強く願ってよく混ぜてちょうだい。それから三枚のカードを選ぶの」
いつの間にかお茶の準備を調えて戻って来ていたアルラとウルラがテーブルを用意してくれ、そこにリア=リーンはカードを広げた。
「うん、わかった」
リビィは札を言われたとおりに自分の願いを込めて混ぜていく。
どうか教えてください、あたしがいつまでこの世界にいられるかを!
混ぜていくうちに自分が求めているのはこの札だと気が付き、それを選んでいく。不思議な気分だが、何故かそれが正解だと
リビィが三枚の札を選び終えると、リア=リーンはそれを一枚ずつ表にしていく。
「さて、一枚目が旅立ちの鷲のカードね。これは旅立ちの兆しがあるからこれは恐らく……」
「何が分かるの?」
「多分だけど、あんまり時間が無いわねえ。ここに
「どのくらいとかは分からないかな」
「そうねえ、鷲のカードだから早ければ明日かしらね。遅くても三日以内ってところ。このカードは急変化を表してもいるから」
「三日……」
でも明日かもしれないんだ。
それはどうしたらいいのかと悩むが、リア=リーンの占いはそのまま続いていく。
「お次が
「こ、恋人?!」
リビィの年ではそんなことは当然、浮かばない。いったい何処から?
けれど分かっていた。
言われた瞬間からヴァーンの顔がちらついて仕方がなかったからだ。
も、もしかしてヴァ、ヴァーンが恋人……?
そう思うと顔から火が出る気がした。
「あらあら、リビィったら顔が真っ赤でしてよ」
揶揄うようにエラが言い、リビィの頬を軽く突く。
「エラってば!」
抗議しようとするも、エラは余裕の笑みである。そしてそれを崩せないリビィがいた。
「あら、可愛いですわね、リビィ?」
「う~」
なんとも言い返せないリビィはこのまま揶揄われるしかないらしい。
「まあ、お兄様はお目が高いって褒めて差し上げるわ」
「どういう意味?」
「リビィを選んだことですわよ」
「――っ」
絶句するほかなくてリビィはリア=リーンを見るが、リア=リーンは占いをしているのでまったく以て助け船など出してはくれない。
「リア=リーンってば!」
思わずそう呼ぶが、リア=リーンは静かに占いを続けるだけだ。
「そして最後が運命の
「あたし、ここに戻ってくるってこと?」
「伝承でもだけど、水晶もそう言ってたし、そこは間違いないわね」
「そうですわね、リビィは『金色の乙女』ですもの、当然ですわね」
「いまいちそれが分からないけど、またみんなに会えるならいいなあ」
「お兄様にではなくて?」
「エラ!」
確かに真っ先に浮かぶのはヴァーンのことではあるのだが、それを見透かされたようで気恥ずかしい。
そんな様子を見かねたのもあるのだろう、アルラが進み出た。
「皆様、エラ様おすすめのお茶が入っておりますからこちらへ。どうぞ冷めないうちにお召し上がりください」
そちらの方を見てみるとウルラがティーテーブルを鮮やかな手並みでセッティングしていくのが見える。するとたちまちのうちに見事なティータイムが始まり出す。
「本日はノーヴェの実のパイ、アーヴェのソース添えでございます」
そう言って出されたものはリビィがよく知っているものによく似ていた。
「
リビィが言うように彼女の目の前にあるのはパイに包まれた果肉が見え、それがふんだんに入っている。ほくほくと美味しそうな湯気を出し、それの上には何やら赤いソースがかかっていた。
おお、美味しそう! かかってるのって多分、赤いけどメイプルシロップみたいな感じかな? それともクランベリーソースとかみたい?
リビィはいろいろ考えたものの、実際に口にしてみないと分からないなとも思う。
「まあ、これは今日のお茶にぴったりですわね。リビィの言うアップ・ルのパイもなかなかに素敵な響きですけど、こんな感じのパイがリビィのところにもあるのでしょうか?」
「うん、多分、近いかな。ね、
「そそ、ノーヴェの木になる赤い実。でも皮を剥くと白くてね、綺麗なのよ。それで、そのままでもすごい美味しんだけど、こうやってお菓子にすると更に美味しいの! アーヴェの木の実は外も中身も赤いんだけど、凄く酸っぱいんだ。だからアーヴェの実はそのまま食べることはなくて、こうやってソースにしたり、料理やお菓子に使うの」
「へえ」
「お茶はリア=リーンの故郷のものですの。砂漠の花、サティーニの花から取れたものなのですわ。少し甘くて、ほんのりとした苦みがあるんですのよ」
「うんうん、それが特徴だからね。サティーニのお茶は砂漠の国でも一番人気だよ」
「もしかしたらリア=リーンはそこの生まれなんだ?」
「そう、当たり。私の国はオアシスと砂漠が自慢の国なの。あそこは商人が多くてね、うちもそうだったけど、何処の都市も商業が賑やかだよ」
そこには自国への愛が見え隠れしていた。リア=リーンは故国が大好きのようだ。
ちらっと聞いただけでも楽しそうな国!
リビィとしてはまた新しい国の名前を聞いてそこにもいつか行ってみたいなと思った。
「それでリビィ、ヴァーン様とそんな関係なわけ?」
テーブルに着いた途端、リア=リーンは体を乗り出してそんなことを聞いてくる。
「え?」
リア=リーンは戸惑うリビィを見ながらニヤリと笑う。今の彼女は占い師の顔はしておらず年相応の顔をしている。
「そうですわね、わたくしもいろいろ聞きたいですわ」
「いや、その、また逢いたいねって約束はしたけど」
「星願いの丘でですわね?」
「う、うん」
「そりゃまたお熱いことで」
「え? どういうこと?」
「あそこでは恋人同士の約束を交わす場所でも有名でしてよ」
「へ?」
「尤もお兄様がそこまで考えてはいなかったでしょうけどね」
「ヴァーン様だからねえ。でも、やるじゃん」
「お兄様にしては確かに」
「二人とも揶揄ってるでしょ?」
「だってリビィが可愛いんですもの」
「そうそう、それに事実、約束したわけでしょ?」
「そうだけど」
「そうなるとリビィがわたくしのお義姉様になるってことねえ」
「話が早すぎっ!」
そう叫ぶリビィにエラはしたり顔、リア=リーンはニヤニヤ顔したままである。ちらりと見遣れば顔色一つ変えていないように見えるアルラとウルラも軽く微笑んでいた。
「みんなで揶揄って……!」
「さあさ、お茶をいただきましょう。美味しいですから」
「う、うん」
「待ってました! お菓子!」
「リア=リーンはいつもながらお菓子の方が目的ですわね」
「だって美味しいし」
「お茶の味も味わっていただきたいですわ」
「お茶なんて飲めりゃいいのよ」
「まったく」
「さあ、リビィ、どうぞ」
「うん、有り難う」
ノーヴェのパイはアップルパイによく似ていたが、食感が少し違う。くたくたに煮てあるアップルと違って、シャキシャキした感じで味わい深い。そしてそれを引き立てるのがアーヴェのソースだった。酸味の利いたソースがノーヴェの甘さを上手く抑え、なおかつ引き立ててくれる。
「美味しい!」
「お気に召しまして?」
「とっても! このお茶と合うね。それぞれ酸味がある同士だけど、相性がよくってすごくいい感じだね」
「わたくしの好物ですからお気に召していただいてよかったですわ」
「私も好き! ノーヴェって本当に美味しいし、アーヴェも好きだし、一挙両得ってヤツだわね」
「なるほど、素敵なものがつまってるパイだね」
美味しいお茶とお菓子を飲み食べしながらふとリビィは考えてしまう。
ヴァーンと……
そう思うと胸がときめく。まだ恋も愛もよく分からないけれど、それでもヴァーンのことは好きだというのは分かっていた。
お陰様で次にヴァーンにどういう顔で逢えばいいか分からない。
でも同時にもう直ぐヴァーンたちとお別れが来てしまうことに寂しさを覚えるリビィだった。