「みやちーん。ねえねえ。駅前の喫茶店今日オープンだよ。一緒に行こうよ~~。SNS見た?おいしそうなケーキだよ。食おうよ。アタシガトーショコラとモンブランの両方食べたいから半分こしようぜ」
授業が終わって鞄を持って足早に教室を出ようとする私の腕を軽く取って、親友のかなえが甘えた声を出す。
っていうか私にケーキの決定権はないのか。
「ダメだよ。今日もバイトだもん。今度の水曜じゃダメ?」
「えーアタシらとの友情よりもバイトか。この薄情者。今日から3日間ならケーキセットのドリンク無料なんだよ。やだやだ今日じゃなきゃやだよー」
ドリンク無料には惹かれるけど、そんなサービス中は混んでそうで嫌だな。
行列嫌い。
長時間並んでまでケーキ食べたくないよ。
「そうだよー。みやちんはバイトが大事なんだよ。優待生でありながらも働いてて偉いっ!」
同じ親友のハルカがわたしの肩を抱き寄せて空いた片方の腕で頭をなでてくる。
ちょっと痛いんだけど、ハルカも密かにキレてるな。
だって働かなきゃ生活できないもん。
しょうがないじゃん。
「もう!髪の毛がぐしゃぐしゃになるじゃん。やめてよ」
無理やり振りほどいたけど、2人は笑ってるだけだ。
「むぅ。とにかく私はバイト。行くなら2人で行きなよ」
「はるっちと?」
「かなっぺと?」
二人とも互いを指さしながら嫌そうな顔をする。
息が合いすぎだろ。
「「それはないわー」」
ホント仲良しだな。
ちらっと教室内の時計を見ると思ったより押してる。
「もう行かなきゃバイトに遅れちゃう」
話は終わり、と慌てて教室を出ようとする。
「でもさ」
はるかが真剣な顔で言う。
「みやちんはなんでもかんでも一人で背負いすぎなんだよ、実家暮らしのアタシらは頼りにならないかもだけど、いつでもどーんとあたしの胸に飛び込んできなよ」
「やだなにその男前なセリフ。惚れちゃう。抱いて。・・・冗談はさておきみやちん、あたしの家にもまた泊まりに来なよ。お母さんもあんたの事心配してるからさ」
「うわお母さん最高。好き。わたしこうなったら志島家の娘になるわ」
「お?なっちゃう?いいねー。じゃあ今日からアタシのことをお姉さまって呼ぶ権利をやろう」
「あはははは。もう私行くわ。じゃあ明日ね。はるっち、お姉さま」
わざとお姉さまの所を強調すると腹筋が崩壊したのかかなっぺがお腹を抱えてめちゃくちゃ爆笑してる。
反応が面白いから明日もお姉さま呼びしてやろう。
みやびが去った後の教室。
「でもさ、マジな話」
「うん?」
「あいつこのままじゃ倒れそうで怖いよ、あたしゃあ」
「だよね。お母さんとの折り合いが悪い、って言っても高校3年生で一人暮らししてるとか」
「それなんだけどさ、生活費も貰ってないの?」
「いや、さすがにそれはない。月に一度みやちん実家行ってんじゃん?前になんでって聞いたら月に一度お母さんに顔見せるのが1人暮らしの条件でその時に生活費貰ってるって言ってた」
「じゃああんなにも働かないでいいのにね」
「それな。アタシらにはわからないけど複雑な事情ってのもあるんじゃない?知らんけど」
「知らんのかーい」
学校から戻って着替えをすまし、軽くゼリー飲料で腹を満たしながらバイトの準備をする。
学校もバイトも住居も徒歩で移動できる所を選んだから電車の時間などは気にしないで済むのが利点なんだけど、かといって時間的余裕はさほどない。
今日もギッシリとバイトの時間を入れてるから。
家は学校とバイトが終わったら寝るだけの場所。
正直辛い。
正統派とはいえメイドカフェだから勘違いした馴れ馴れしいお客さんも居るし、基本的にバイト中は立ちっぱなしだし、バイトが終わって家に帰って適当に食事を済ませて寝る。
そして起きたら学校というのは高校入学してから一人暮らしを始めてかなり肉体的にも精神的にも疲労が蓄積してる。
キツい。
さらには進学校の優待生だから学業もおろそかには出来ない。
順位が下がったら優待生の枠が外れて多額の学費が自費になると思うとプレッシャーで押しつぶされそうにもなる。
でも・・・「自分で選んだ道だからなぁ」
しょうがないのだ。
毎月忍さんから貰う生活費はなるべく使いたくない。
自分の稼いだお金だけでこの暮らしを維持しないといけない。
バイトが終わり、夜に一人家に戻ってきて着替えもせずにベッドで大の字になって転がると本音が漏れだす。
「きっついなあ・・・はぁ」
とはいえ寝ててもご飯が勝手に出てくるわけじゃないので食事の準備をしようと重い体を起こしながら、机を見ると帰宅した時に届いてた封書が目に入った。
「そうだった。なんか役所から手紙が来てたんだった」
税金の取り立てじゃなきゃいいな、と思いながら開けるとそこには信じがたい文章があった。
「番い選定のお知らせ」