「シオン。今いいか?ちょっと頼みがあるんだが」
寮の多目的ルームでソファに座ってスマホを触ってる私にナギが話しかけてきた。
「あなたが私に?珍しいですね」
「番いが出来たから、周囲に相貌失認が起きる護符を作って欲しい。勿論報酬は支払う。言い値でいい」
「・・・へぇ」
突然私に話しかけてきたかと思ったら、中々面白い依頼を。
同じ寮に住んでるとはいえ所属がナギは壱番、私は弐番隊所属という事もあり彼とはさほど会話したことが無かった。
剣術などの武術全般を得意としてるナギとどちらかというと神道に長ける私は力試しの試合でもあまり当たる事もなかった。
それにしてもあの、ナギが番いを見つけた?
SNSで「白の貴公子様が女といちゃついてた!」と騒がれてたみたいだけど、信用に値しないゴシップだと思ってた。
人の噂もバカにならないですね。
常々女性にいい寄られて鬱陶しいとこぼしてたけど、とうとう実行したわけですか。
番いの2人を引き裂いてはいけない、昔の権力者たちが作りあげた常識を女避けに使うとは。
そこまで辟易していたんだ。
入隊してすぐにその容姿端麗さに目を付けた広報があっという間に「白の貴公子」という偶像を作り上げ、学生時代からただでさえモテていたと言われるナギがさらに女性の注目を浴び彼の女嫌いを加速させたとは聞いてましたが。
それにしても相貌失認系の護符か。
なるほど、ただでさえ目立つ容貌でかつ護国機関の広告塔としても使われてる彼が番いと街を歩いていたらその子にも迷惑がかかりますからね。
日ごろからナギの隠し撮り写真がSNSで出回ってるくらいですし。
彼女の素性が知れると嫉妬にかられた女性らが何をしでかすかもわからないからナギの不安はよくわかります。
女の子と連れ立って歩くのが「顔がいい男」だとは認識させても「白の貴公子こと御厨ナギであることは認識させない」
それならまぁ容易いですが、あのナギがここまで守ろうとする女性。
ちょっと興味がわいてきました。
「作成は問題ないですが、条件というか彼女の事を教えてくれませんか?」
予想だにしない答えを聞いたせいか、ナギは一瞬その端正な顔をゆがめた。
「・・・彼女のプライバシーに関わることは断る」
女性に対してとことん冷たい、というか一切興味を持たなかったナギが庇うとは。
「いえ、護符の制作には必要な情報なんですよ。もしその護符が彼女にも害を及ぼしたら意味ないでしょ?」
適当に今思いついたことをでっちあげると、案外説得力を感じたのか「なるほど」と思案しだす。
さすがのナギも術系の事は深くわからないようですね。
「名前と住所とかでいいのか?」
「できれば写真も」
「・・・待ってろ」
そう言いながらスマホを操作しだす。
へぇ、もう彼女の写真撮ってるんだ。
思ったよりもベタ惚れなんですね。
見せられた写真は若干顔を赤らめながらもまんざらでもない表情の少女が写ってた。
そしてそれを眺めるナギも見たこともない程柔和な顔をしてる。
写真に写ってる少女は確かに守ってあげたい可憐さがある子だ。
だが、一見派手そうに見える茶色い髪の毛とシトリンだろうか?天然石で作られたと見られるピアスが目についた。
さらに左耳にはシンプルなデザインとはいえイヤーカフがつけられている。
「へー意外ですね。どちらかというと外見はあなたの苦手な女性じゃないです?茶髪だし」
「おい、写真見せろ」
傍らで興味なさそうに聞いていた弐番隊隊長の加賀宮が珍しく会話に参加してくる。
今まで遠巻きに話を聞いていた他の隊員らもナギの番いと聞いて流れ入るように話に入ってくる。
「マジかー」
「とうとうお前に恋人が」
「良かったな」
「番いって会った瞬間にわかるって聞くけど実際どうなんだ?」
などと口々にナギに寄ってもみくちゃにしてる。
囲まれたナギはまんざらでもなさ気に笑ってる。
「可愛い子でしょ」
食い入るように彼女の写真を見る加賀宮をからかうように言うと、耳ざとく聞いていたナギが「確かにみやびは可愛いが、シオンお前が言うセリフじゃない。みやびを公に可愛いと言っていいのは俺だけだ」なんて対抗心を燃やしてきた。
ベタ惚れすぎでしょ、まだ1回した会ったことないくせに。
ってかいうかまだ聞いてなかったけど、みやびさんっていうんだ。
古風な名前だけどいい名前だ。
ふと加賀宮を見たら尚も写真を凝視していた。
加賀宮も彼女に惚れたなんて言わなきゃいいな。
だとしたら波乱の予感しかしない。
ナギはそれに気づかない様子で隊員らの質問攻めにあってる。
「そうだ。あとは名前と住所だったな。釣書があるので持ってくる」
しばらく後に持ってきた釣書は名前と住所と学校名、バイト先くらいしか書かれてなかった。
「空白だらけですね。誕生日すら書かれてないじゃないですか」
幾ら記入は任意だといっても番いに選ばれることは名誉とされてるこの世の中で「自分は番いとか興味ないんで」とでも主張するようなこの書き方。
ナギの番いという事もあり、中々の曲者な子に感じる。
「このご時世だからな、いくら番いに決定されたという通知が来ても信じきれなかったんだろう。俺も彼女が話してくれるタイミングでいいと思って個人的なことは何も聞いてない」
加賀宮は「・・・メイドカフェでバイトしてるのか」と釣書を凝視しながらつぶやいた。
突っ込むところそこなんだ。
でも確かに学生の身でありながら実家とは違う所に住み、バイトしてるとは。
しかも有名進学校なのに。
私も興味が湧いて、彼女に会ってみたいと思った。