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第9話 ご主人様とメイド みやび視点

食事が終わったテーブルを片付けているとメイドカフェ「tranquillité(トランキリテ」の入店を知らせるベルが軽快に鳴り響いたので笑顔で振り向き「お帰りなさいませー」とメイドカフェならではの挨拶でお客さんを迎える。


「え゛」


なんで・・・いや、バイト先教えたけどなんでいるの?ナギ。

仕事が休みだってのは知ってたけど、バイト先にまでくるとは聞いてない。

しかもナギより少し背が高く引き締まった体の仏頂面の男性と、彼とは対照的な柔和な微笑みを崩さない綺麗な顔立ちの男性を引き連れて。

特に綺麗な人は肩までの長さの髪に青のインナーカラー入れててすごく目立つし似合ってる。

店内でメイドたちの黄色い声が響いた。

気持ちは凄くわかる。

なんていうか破壊力のある3人組だ。

タイプの違うイケメンフルセット、って感じ。

動揺を押し隠して笑顔でもって丁度空いたばかりのテーブルに案内する。


「ご注文がお決まりになったらベルを鳴らしてお教えください。ご主人様」

気のせいか「ご主人様」と言ったところでナギがくぐもった声を出した。

ん?なになに?大丈夫?

それはそうと「金に釣られて俺の番いはしょうもないバイトをしてる」って思われなかっただろうか。

幻滅されたら嫌だな。

一応正統派メイドカフェだから大丈夫だよね?

過剰なサービスとかないし。


他のバイト仲間がちらちらとあのテーブルを伺ってるけど、中々注文のベルが鳴らない。

というか、他の子たち、ベル待ちで他の仕事を放置しないで欲しい。

レジを打ち終わっても片付けられなかったお皿を回収するためにナギのテーブルの傍を通ろうとしたら「注文いいですか?」とインナーカラーの人に声をかけられた。

今「アタシが行けばよかったー!!!!!!!!」とバイト仲間の悲鳴が上がったんですけど。

それに隠れるように「藤原あああああああああああ」と名指しの罵倒も聞こえた。

怖い。

ってかトラブル防止のために店内では本名使ってないんだから、名前を呼ばないで欲しい。

「ストレートのホットティーとブレンドコーヒーのホットを2つ、それとフルーツタルトとニューヨークチーズケーキを」

「ご注文ありがとうございます。すぐにお持ちします。ご主人様」

またもやナギの方から刺されたみたいな声が聞こえてきたんだけど。

もしかして笑われてる?

むぅ。


品物を誰が届けるかというひと悶着があって勝者がナギたちのテーブルに届けたけど「ありがとう」とさわやかに言うインナーカラーの人とは対照的にナギはメイドに一瞥をくれただけで黙々とコーヒーを飲みだした。

そして綺麗な所作でフォークをチーズケーキに入れ食べ始めた。

あれを注文したのはナギだったのか、意外。

インナーカラーの人が色々とナギたちに会話を振ってるみたいでナギの表情が険しくなったりする。

きわめて小声というわけでもないけど何を話してるのかわからない。

なんか異能使ったのかな、会話の内容を脳が理解を拒否してる感覚。

例えるなら心霊スポットに行った時に「ここなんか嫌だな。空気が悪いな」と感じるのと同じ感じがする。

そもそもウェイトレスだからお客様の会話に聞き耳たててはいけないけど。


それでもなんだか気になってナギたちのテーブルを見るたびに仏頂面の人と視線がぶつかる。

さりげなくそらされるけど。

「お前みたいなのは俺たちの隊長に相応しくない」とか因縁吹っ掛けられたら嫌だなあ。

敵意っていうかこちらを探るみたいな視線だけど。

もしかしたらメイドカフェに興味があったけど、一人では入れなかったクチなんだろうか。

うちのお客様には結構そういう人が居るからなあ、気にしないで入って欲しい。

ぶっちゃけ集団で騒ぐ人よりも1人で静かに飲食して去る人の方が好感度高い。

従業員としては誰でもウェルカムなんだけど、汚客様以外。


レジに入っていたら丁度ナギたちが帰る所だったので続行して私がレジ打ちしてたらまたもや「藤原ああああああああああああ」「覚えてろおおおおおおお」なんて怨嗟の声が響いてきた。

だから本名呼ばないでってば。

代表してナギが会計をしたけど「カリナ?」とつぶやいたのが聞こえた。

私のネームプレートに書かれてる名前が気になってつい口をついて出たんだろう。

「ええ、ここでは本名は推奨しないから仮の名をつけてくれって言われたので、その場で「仮の名」「カリナ」ってつけたんですよ」

あくまでもここでは店員とお客様なので、初対面の時にやめてくれと言われてた丁寧語で話す。

安直な私のネーミングセンスがおかしかったのか「くくっそうか。いい名前だな」なんて破顔して笑う。

そんなナギを信じられないものを見たかのように硬直する2人。

しばし呆然としてたけど、インナーカラーの人は思い出したように「そうだ「お見送り」オプションって今可能ですか?」と500円玉を出しながらいう。

聞きなれない単語を聞いて不思議そうな顔をするナギ。

メニュー表には書かれてない、お店のサイトでこっそりと書かれてるだけの裏オプション。

それは有料で、かつメイドの都合が良ければいわゆるカーテシーと呼ばれるスカートをつまみながら膝を折る挨拶をして見送るオプションがあるのだ。

よほどのマニアしか頼まないものだから、私もちょっとうろたえてしまった。

頭の中で手順を思い出す。

うん、問題ない。

インナーカラーの人、よくオプションに気づいたな。

「大丈夫ですよ。えっと、対象者はどのご主人様でしょうか?」

「そこはもちろんナギで」

インナーカラーの人が逃げないようにとナギの両肩をぐっと抑えてる。

「っ?」

凄い、ナギが見た目で分かるくらいに動揺してる。

「はい。じゃあ」

すっと長いスカートを持ち上げながらナギに対して頭を下げながら膝を折り「行ってらっしゃいませ。お帰りをお待ちしております。ご主人様」と言った。

その瞬間、今日聞いたくぐもった声の中でも最も大きな声がナギの方から響いた。




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