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第10話 ご主人様の事情 ナギ視点

かららん、と軽快なベルが鳴り響いた。

生まれて初めて入るメイドカフェ。

一生入ることのない類の店だと思っていたが、人生何が起きるかわからない。


今日は俺が仕事が休みなので会いたかったのだが、みやびはバイトが入っていた。

日曜なのに1日中バイトに明け暮れるらしい。

番いの話が決まる前に入ってたシフトなので変更もできないと残念がっていた。

ビデオ通話で寂しそうに「会いたいな」とつぶやいたみやびはそれはもう可愛かった。



昼のあわただしい時間を避けたので人気店とはいえ店内は程よくまばらだった。

客が去った後のテーブルを片付けていたみやびが俺の存在に気が付き、硬直した。

しまった、いくら番いとはいっても断りもなく職場へと来るのは非常識だったか。


しかも今回は連れが居る。

弐番隊隊長の加賀宮と副隊長のシオン。

シオンには相貌失認系の護符を作ってもらったが、どうせならその効果を直に見たいからみやびのバイト先に連れていけと押し切られてしまった。

加賀宮がなんで着いてきたかは知らん。

女嫌いで有名な俺が1人の女性を溺愛してると聞いて、番いに興味がわいたんだろうか。

あいつも決まった恋人がいないようなのでもしかしたら番いの儀式を考えているのかもしれん。

プライバシーに関わることだからあいつが聞いてこない限り俺からは話はしないつもりだが。


一瞬硬直したもののすぐに笑顔に戻ったみやびにテーブルへと案内される。

メイドカフェと言ってもスカートの丈も長い、いわゆる古いタイプのメイドというのか黒のロングワンピースに白のエプロンという地味で落ち着いたメイド服なので良かった。

露出が多い服だったら色々と耐えられそうにない。

飲食店だからか前に会った時には結ってなかった髪の毛も耳よりちょっと下の部分で2つに分けてくくってある。

可愛い。


案内されたテーブルに着くと「ご注文がお決まりになったらベルを鳴らしてお教えください。ご主人様」と満面の笑みでメニューを渡された。

「ごっ!!!!」主人様・・・。

思わず変な声が漏れ出て慌てて顔を伏せるが、シオンがこちらを見てニヤニヤと笑う。

恥ずかしさを隠しながらみやびの様子を伺うと「?」という顔で見てる。

小首をかしげる様が小動物みたいで可愛い。

そんな中、相変わらず加賀宮は無表情のままで渡されたメニューを見てる。


注文が決まってベルを押そうとする俺をシオンが制止する。

どういうつもりかと思ったら、俺たちのテーブルを通るみやびを捕まえて直接注文を言うつもりだったようだ。

その手があったか。

瞬間店内が騒がしくなったが、雑音だと処理する。


「ストレートのホットティーとブレンドコーヒーのホットを2つ、それとフルーツタルトとニューヨークチーズケーキを」

別に甘いものは好きでもないし食べるつもりはなかったんだが、少しでも店に居られるようにとチーズケーキを注文したらシオンがその意図に気づいたようでフルーツタルトを注文した。

曲者が多い弐番隊がまとまってるのはシオンのこういう細やかな配慮があるからか、と理解した。

お冷を飲みながら、壱番隊にもこういった人材が欲しいなどと考えていたら「ご注文ありがとうございます。すぐにお持ちします。ご主人様」と弾けるようなみやびの声が聞こえた。

口に含んだ水を吐きだしそうになりながらも無様な姿は見せられないと我慢する。

みやびには気づかれずに済んだが、彼女が去った後、俺を見るシオンの視線が哀れみのものに変わっていた。

お前も一度好きな女に「ご主人様」と言われてみろ。

というか、そういえばシオンは恋人を切らしたことが無いな。

「彼女とは別れました」と聞いたかと思えばすぐまた新たに他の女と付き合い始めるらしい。

隊員らが「この世の中は不公平だ」とよく漏らしている。

護国機関の広告塔はシオンみたいな華のある男の方が適任なんじゃないのか?


しばらく待つと品物がテーブルに届けられた。

姿を確認するとみやびではなかった。

仕方がないとはいえ残念だ。

コーヒーを啜りながら、チープな味のケーキにフォークを入れる。

そもそも味には期待してなかったが、メイドカフェは食事を楽しむというよりもメイドの姿を堪能するのが主な目的らしい。

他の男らがみやびを見るかと思うと腹が立つな。

シオンが「加賀宮、タルト一口食べてみます?はい、あーん」なんてニヤニヤしながらちょっかいをかけるが、当の加賀宮は心底不快そうにジロリとひと睨みして「いるかそんなもん」とそっぽを向いてコーヒーに口をつける。

弐番隊はこれが通常運転なのか?

まぁやつも本気で言ったわけじゃないだろうが。

その間も色々とシオンが任務の事を話し出す。

正直ここでする会話ではないと思ったが、壱番隊と弐番隊の隊長がそろってる好機だからかと理解した。

一瞬戸惑ったがこいつの事だから話の内容が一般人には理解できないようにする結界でも貼ってるんだろ。

シオンはその点は抜かりが無い男だ。

西の異能らの動きが活発で支援要請がかかるかもしれないだとか、遠征してる参番隊がもうじき戻ってくるなど。

参番隊と聞いて加賀宮の眉間のしわが濃くなる。

たたき上げの加賀宮とお坊ちゃん気質の五行(ごぎょう)参番隊隊長ではしょうがないが。

あの2人は徹底的に相性が悪いからな。



それにしても参番隊か。

正直、五行には会いたくないな。

あいつの不在中に俺に番いが出来たと知れば激高しそうだ。

俺に直接絡んできたらいくらでも対処できるが、みやびに直に絡んだら厄介なことになるな。

というか彼女を傷つけるものは許さない。

誰であろうが。

権力と金を持ち、護国機関すらも裏で操ると噂されてる五行財閥。

幾ら五行家だろうが「番い」を選んだ三つ目の巫女の所属する「敬神の会」には逆らえないだろうから番い解消までは出来ないだろうが。

チーズケーキを食う手が鈍くなった俺を目ざとくシオンが見据える。

「ふふ。流石のあなたも五行は苦手なんですね」

「あいつ俺と自分の妹を結婚させるつもりでいやがる。以前引き合わされた」

やはりあいつにはもっと手厳しいお仕置きが必要だったかと若干の後悔の念を抱く。

「それはそれは・・・」

すっとシオンの瞳が細まる。

「人生安泰コースを捨てて、それでよく名前も顔も知らなかった番いを選びましたね」

「いい決断をしたと自負している」

「・・・それでその妹さんって可愛いんですか?」

「見た目は日本人形のようで顔立ちは整っていたな。だが名前も忘れた」

「あなた本当にみやびさん以外興味ないんですね」

心底あきれたようにシオンが言う。

権力とか金には元々興味もない。

「五行なんぞに絡まれるとか、てめえの躾が甘かったんだろうが」

「加賀宮先輩、下の教育は本来はあなたの役割でしょう?」

わざと先輩部分を強調すると盛大に「ちっ」と舌打ちで返された。

俺ら壱番隊に対してしたように五行らも手酷く躾してくれたらよかったんだが、なまじっか実家がデカいと加賀宮もあまり手を出したくないようだ。

加賀宮に代わって俺が増長した生意気な後輩にお仕置きをした結果が、気に入られて「ぜひ妹の婿に」という話になったので、加賀宮の危機回避能力は侮れないがともいえるが。

「でもそれで加賀宮が五行をやりこんでいたら、その妹さんの婿にと加賀宮が狙われていたかと思うと笑えますね」

シオンが俺と同じ考えに至る。

「笑えねえよ、ガキなんぞに興味はねえ」

五行は20歳なので、25歳の加賀宮からしてみたらその妹なんて子供にしか見えないんだろう。

実際、俺が会ったあの娘はおそらく15歳くらいの未成年だろうが。


五行が実家住まいで助かった。

寮でまで顔を突き合せたくはない。

俺と同じ寮に入ろうとゴネていたようだが、満床で幸いした。

それでも自分が寮に入るために他の隊員を追い出そうとし、それを寮母に知られて叩きのめされたらしい。

寮母には加賀宮ですらも逆らわないからな。

その騒動を聞きつけた加賀宮が「馬鹿が。人間があいつにかなうとでも思ってるのか」と言ってた。

寮母は一応、生物学上では人間の女性で異能もないと確認されてるはずなんだが。



いきなり加賀宮がレシートを持って立ち上がった。

「行くぞ」

「うん?・・・ああ。なるほど」

丁度レジにみやびが居たので今度は他の女店員に邪魔されないうちに行こうという腹積もりか。

ナイスだ、加賀宮。

そして店内で女たちの悲鳴が聞こえてきた。

うるさい、だから女は嫌いだ。


慣れた手つきでレジを操作するみやびの胸元のネームプレートを見ると「カリナ」と書かれていた。

どういうことかと思ったら、本名を隠してるらしい。

やはりそういうトラブルがあるのか、この手の店は。

出来ればバイトをやめて欲しいのだが、俺にそんな権限はないのが悩ましい。

そしてカリナという由来があまりにもおかしくて腹を抱えて笑ってしまった。

普段は人前でこんな笑い方をしない俺に気後れしたのかシオンは硬直したが、すぐに気を取り直して「オプション」をみやびに持ちかけた。

そんなものはメニューになかったが、どういうことなんだと困惑する俺に正面向かってにっこりと笑ってみやびは姿勢を整える。

そしておもむろに長いスカートをつまみながら礼をし「行ってらっしゃいませ。お帰りをお待ちしております。ご主人様」と言った。

抱きしめたい衝動を必死で抑えたが、声にならない声が漏れ出てしまった。



「着いてきた甲斐がありましたよ。あなたのそんな姿が見られるとはね」

店を出ると、人の悪い笑顔を浮かべながらシオンは俺をさっそくいじる。

「護符の効き目を確かめたいというから連れてきたまでだ」

「そうですね。みやびさん以外の女性はあなたを御厨ナギとは認識してないようですね」

メイド服のみやびのあまりの可愛さに本来の目的は忘れていたが、そういえば女たちの視線は感じたが出かけるたびにささやかれる「白の貴公子だ」という声は一切聞こえなかったな。

「寮母には一切効いてなかったから不安だったがな」

「私が懸けた術はあなたを恋愛対象としてみる異性が対象ですから。既婚者の乙女さんには効かないのでしょう。ただ、あなたは目立ちすぎるので恋愛対象外の人間、男でさえ「白の貴公子だ」と気づいてしまうようですね。もうちょっと改良の余地があるなぁ」

周りに目をやると、確かにひそひそとこちらを伺う視線を感じる。

カップルの男の方が気づいて女に「あいつあの貴公子じゃね?」と言ってるようだが「どこどこ?」と言われた女は俺に気づかずに視線をさまよわせてる様子だ。

「みやびに敵意が向きさえしなければどうでもいい」

「はいはい。ごちそうさまでした。いやーそれにしても写真よりかわいかったですね。みやびさん」

「シオン。だからみやびを可愛いと言えるのは俺だけだと言っただろうが」

「うっわ、狭量。そんなことだといつかみやびさんに嫌われますよ」

「っ。心の狭い男は・・・嫌われるものだろうか」

嫌われたくない。

こんな思いを抱くなんて初めてだ。

告白してくる女たちをふった時には何の感情も抱かなかったのに。

今別れたばかりなのにもう会いたい。

声を聴きたい。

俺の名前を呼んで欲しい。

あの柔らかい手に触れたい。


「さて、じゃあ私は私で自分のカノジョとデートしてきますよ。せっかくの日曜なのにデートできないかわいそうなナギの分もね。加賀宮、あなたはどうします?」

「俺はこのまま寮へ戻る。ナギ、お前は?」

「そうだな・・・」

みやびのバイトが終わるまで時間もかなりあるし、一度寮に戻るのも手か。

「俺も寮へ帰る。シオン、お前晩飯はどうするんだ?寮母に伝えておくが」

「デートですよ?彼女と食事するに決まってるじゃないですか」

なに言ってるんですか?みたいな口調で言われてしまった。

みやびのバイトは夜まであるからそういえば彼女と食事を共にする機会ってないな。

「そうか」

「おい、明日仕事だから遅くならないうちに帰れよ」

隊長として釘をさす加賀宮。

「野暮だなぁ、一応気を付けますよ、一応ね」

「ちっ」

そんな2人のやり取りを眺めつつ、どこでみやびの帰りを待てばいいのかと周囲に視線を送り道路を挟んだコンビニに目を付けた。




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