目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第11話 いつものご飯 みやび視点

私服へと着替えを済ませ帰宅準備をしてふとスマホを見たら、メッセージが来ていたのに気が付いた。


「送っていきたいけど、どこで待っていたらいい?」

え、ヤバい。

メッセージが来てから20分経過してる。

「ゴメン!今気づいた。今から店出るけど、もう帰ったよね??」

すぐさま既読が付いて「今は店の前の道路を挟んだコンビニの中、俺がそっちに行く?」と返信が来た。

良かった。

「すぐに行くからそこで待ってて」と落書きみたいな鮫のキャラクターの土下座スタンプとともに送る。


信号を待つのももどかしい。

息を切らせながら、慌ててコンビニへと入ると店員の冷たい視線が突き刺さる。

「みやび」

私の姿を見つけると、待ちぼうけを食らわれてイライラしてる感じが一切していない、それどころか甘い声を出しながら駆けつけてくる。

私の右手から鞄をそっと取り上げ「じゃあ行こうか」と言いながら左手をそっと差し出す。

「夜道は危ないからな」

有無を言わさず手を取る。

店員の「このバカップルめ、とっとと出てけ」という視線がどんどん強くなってくる。

このコンビニしばらく利用しづらくなるなぁ。

帰り際に重宝してたんだけど。


「あっちょっと待って。晩御飯買わないと」

「晩飯?」

「そう。毎回この時間だからねー、家に帰って自炊とかできないから大体ここで買うんだ」

一瞬言ってる意味が分からなかっただろうが、すぐに釣書に書かれてた「実家の住所」「現住所」という項目を思い出したんだろう。

深く聞いていいのかわからないといった、複雑そうな目でこっちを見てきた。

尚もこちらを注視する店員の視線から逃れるように、スカスカの棚に残っていたまぐろ叩き巻きと海老マヨネーズ巻きを2つ手に取って会計をすましとっとと店を出る。

ナギの視線が「それが晩飯?」と問いかけてる。

その問いを閉ざすように彼に向って右手を出して「終わったよ。さぁ帰ろう」と誘う。

満面の笑みで私の手をぎゅっと握ってくる。

前も思ったけど、男の人の手だなぁ。

特に訓練で鍛えてるせいか、ごつごつしてる。

その戸惑いが通じたのか「痛くないか?」と聞いてくるけど、握る手は宝物に触れるかのように優しいくらいだ。

「ちょっと恥ずかしいだけだから。気にしないで」と返す。


それにしても、と思う。

私の人生で誰かと付き合う日が来るだなんて想像もしてなかった。

しかも番いという事はこの先には結婚やもしかしたら出産などもある。

私が、ナギの子供を・・・。

そういうことを、いつかするんだ・・・。

そっと横顔を盗み見ると視線に気が付いてこちらを向く。

「なっ、ナギはもう晩御飯食べた?」とごまかす。

「ああ、寮で済ませてきた」

「そっか、寮に住んでるんだ。私は経験ないけど賑やかで楽しそうだね」

「みんな気のいいやつだからな。毎日が騒がしいが悪い気持ちはしない。今までは「とっとと彼女を作れ」だのとやかましかったが、みやびと知り合ってからは俺たちを応援してくれてる」

そうなんだ。

知らない人らに私たちの関係が知られてるってのは気恥ずかしいけど、ナギは色々大変だもんね。

繋いだ手の指でこっそりとナギの嵌めている番いの指輪を撫でる。

それからとりとめもない話ばかりして私が現在住んでいるお世辞にも快適な住まいが送れるとは思えないボロアパートへと着いた。

「夜だから階段の音立てないようにね」とさっさと2階へと上がる。


「あまり物のない部屋だから恥ずかしいけど、上がって。椅子1脚しかないからベッドに座ってくれていいから」

友達以外を部屋にあげたのは初めてだし、なにより男性なんて初めてだからどうもてなしたらいいのかわからないし、出せるものが麦茶しかない。

しまった、コンビニで他になにか買っておけばよかった。

右往左往する私に「腹減ったろ」とさっき買った夕食とも言えない手巻き寿司を食べることを勧めてくれる。

正直お腹減ったのでその言葉に甘えよう。

食べてる様をじっと見るのはさすがに悪いと思ったのか、ぶしつけにならない程度に部屋の中を見回してる。

それはそれでちょっと恥ずかしいなぁ。

下着とか出しっぱなしにしてないし、なにより物が全然ないから散らかってすらないからいいんだけど。


食べ終わって人心地ついたのを待ってたかのように質問される。

「いつもこんな食事なのか?」

やっぱりそれ聞きたくなるよね。

「まぁね。さっきも言ったけど帰ってからは自炊もできないし、かといって学校が終わってからすぐにバイトに入るから予め作っておくのも難しいし、朝は朝で時間無いし」

多分内心「そんな思いをしてまでなぜ一人暮らしを?」って思ってるんだろうな。

「うーん・・・。ちょっと家がね。複雑なんだ。虐待とかネグレクトってわけじゃないんだけど、お母さんと二人暮らしだと居心地が悪くて。それで高校からはわがまま行ってここで一人暮らしさせてもらってるんだ。あ、でも生活費は月に一度実家に行って貰ってるしそれは使わずに貯めてるから、限界が来たらそれ使うから大丈夫だよ」

「限界まで頑張らなくていいのに」

ぽつりと漏らした声が聞こえたけど、聞こえないふりをする。

これは私のわがままだから。


「バイトを減らすことはできないのか?」

「今は学校の優待生として学費免除されてるけど、専門学校に進学したらそうはいかないから今のうちに貯めてるって感じかな。就職も考えてるんだけど、どっちにするかはまだ決断はできてなくて」

なるべく悲壮感を出さずに明るく答えてるんだけど、私の話を聞いてナギはどんどん思いつめた顔になってきた。

やっぱり異常だよね、こんな生活。

「厚かましいと思うが、生活費の援助は出来ないだろうか?」

やっぱりそう来たか。

「それはダメかな。いくら番いとは言っても私たちはまだそういう関係でもないし」

それに今気づいたけど、多分ナギとの結婚は忍さんが認めてくれないだろう。

あの人は世捨て人みたいな生活をしてて表に出たがらないし。

護国機関のエリートとの結婚なんて許されるわけがないだろうなぁ。


きっぱり断るとさすがにそれ以上踏み込んだ話は無駄だと思ったのか「せめて飯はきちんと摂ってもらいたいんだが」と捨てられた猫みたいな顔でつぶやく。

そこは私も反省してる。

かといって今のこの生活に自炊なんてどうあがいても無理。

ナギはしきりにキッチンと冷蔵庫とを見比べてる。

なんなんだろ。

「例えば、俺が料理を作り置きしたら夜それを食うってことは可能か?」

うん?なんか予想外の話になったんだけど。

「え、でもここのキッチン狭いよ?」

我ながら頓珍漢な答えを言ってしまった。

そこじゃないと思うんだけど。

「寮のキッチンを使わせてもらう」

そう来たか。

ナギが作り置きしてくれたおかずをバイト上がりに温めて食べる。

食器の後片付けは朝、もしくは学校から帰ってきた合間の時間にする。

それならまぁなんとかいけるかもしれない。

幸か不幸か徒歩通学だし、バイト先も徒歩で電車の時間を考えないでいいってのは大きい。

私の逡巡の間を「それなら可能」だと捉えたのか「やってみよう。食べられないものとかあるか?」と身を乗り出してきた。

勢いに負けてつい「えっと、チーズはアレルギーってわけじゃないけど、食べられない。他は目立った好き嫌いはないかな。今は特に思いつかない」と答えてしまった。

「米も炊いておかないとな。冷凍庫にはどれくらいの空きがある?」

すごくキラキラした瞳で言わないで欲しい。

大型犬か。

もはや尻尾が幻視で見えるよ。

「見てみる?冷凍庫はあんまり空きが無いかも。冷凍パスタとか買い置きしてるから」


なんだかわからないうちにどんどんと話が進んでしまった。

聞けば料理はまともにはやったことが無いというのが一抹の不安材料だったけど、私自身味にはこだわりがないからまぁ大丈夫だろう。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?