目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第15話 初めての料理 ナギ視点

学生時代の調理実習で基礎的な調理の仕方は学んだが実際に一人で調理するのは不安なので本屋で適当に「初めての自炊」というタイトルの物を中身を確認しつつ2,3冊選んで買って読んだ。

米の炊き方から野菜の切り方や食材の下ごしらえなど細かい所が書かれてて助かる。

変にアレンジしないで忠実にレシピの通りに作ればたとえ料理初心者でも問題ないだろう。


寮母に空いた時間にキッチンを使わせてもらいたいと許可を取りに行った時には怪訝な顔をされたが「恋人の為に料理するなんて言い心がけだ。うちの息子たちにも言い聞かせてやりたいねぇ」と快く許してくれた。

事前に何を作るかを考えて近所のスーパーで調味料共々食材を一通り買ったが、野菜や肉の鮮度の見分け方はわからなかったのが悔しい。

この辺りも知識を付けていきたい。

ゆくゆくはみやびと2人で買い物もしたいな。

きっと楽しいだろう。

みやびとならどこでだって何をしても俺は楽しいが。

食材をメモ通りに籠に入れて回ってる時にふと思ったが、嫌いな食べ物は聞いたが、好きな食べ物はなんだろうか。

肉がいいのか魚介が好きなのかを聞きそびれてしまって後悔した。



約束通り寮母にキッチンを借りる。

なるべく日持ちするレシピを選びながらも、あまり味が似通らないように心がけた。

同じ小松菜を使うにしても中華味の味付けのナムルと、出汁醤油で味付けした煮びたし、という風に。

副菜だけでなく主菜もバランスよく作らなくてはいけないし、思ったより中々大変だな。

だが、あの偏った食生活ではいつか体を壊しそうで心配だし、なにより俺がみやびの笑顔を見たい。

いつしか集まってきた同僚らに味見と称して少々食べられてしまったが、味付けは好評そうで良かった。

我ながら上出来だ。

これならみやびも喜んでくれるだろうか。

想像すると自然と口角が上がる。



学校の終わる時間に待ち合わせをして一緒にみやびの家へと向かう。

どちらからともなく手を繋ぎ、他愛もない話をする。

これだけで満たされる。

他の女の中身のない何を言いたいのかわからない会話の時には苛立たしい思いを抱いていたが、みやびの「昨日見た動画の猫がとても可愛いかったんだけどね。飼い主に驚いて走り回ったと思ったら柱をつかんで立つんだよ、直立だよ。なんなんだろうね」という会話は聞いてて苦にならないどころか、もっと話をして欲しいとすら思う。

「俺も見たいな」とURLを教えてもらう。

動画自体はさほど興味はないが、みやびと話を共有したいと思った。

歩く度にふわふわと揺れる髪の毛すら愛おしい。

ころころと変わる表情をいつまでも見ていたい。

その小さな口から紡がれる可憐な声をずっと聞いていたい。



帰宅して制服から、ラフな部屋着に着替えたみやびに嬉々としてタッパーの数々を見せるが絶句されてしまった。

しまった、さすがにこの量はひかれたか。

どんな味付けが好みかわからなかったし、苦手な味付けが合ったり、食べきれなかったとしても持って帰るからとフォローはするが、沈黙の時間が怖い。

やりすぎてしまったか。

言葉を失ったみやびは慌てて繕うように「ありがとう。こんなに作ってくれるとは思ってなかったからちょっとビックリしちゃった。でも嬉しいよ」と言ってくれたが、若干後悔の念に駆られる。

気持ち悪いと思われなかっただろうか。



意気消沈した俺に「そうだ、これ」と1つの鍵を渡してきた。

「これは?」

「この家の合い鍵。事前に連絡してくれたらこの家に勝手に入っていいから」

それはちょっと、と思ったが「女一人暮らしだと防犯上不安だから。男の人の出入りがあったほうがいいから好きにこの部屋を使って」という。

それは確かにそうかもしれない。

警備サービスに加入もしてないこの家ではセキュリティに一抹の不安があるのは確かだ。

改めて恋人同士だと認識させられるのは照れるが、俺は丁重にその鍵を受け取った。





この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?