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第22話 みやびカレー ナギ視点

「そうだ。ナギ、カレー食べられる?ほら香辛料アレルギーの人とか居るじゃない?」

一瞬言われた意味が分からなかったが、確かにスパイスが受け付けられない体質の人間っているな。

だが何故それを聞かれたのか意味が分からなかった。

「アレルギーはないが、それがどうかしたのか?」

みやびは、茄子のはさみ焼きをよく咀嚼し飲み込んでから「昨日カレー作って冷凍してるんだけど、持って行く?」と言った。

カレー、だと?

これはつまり恋人の手料理というやつか。

なんだその嬉し恥ずかしイベントは。

予想だにしてない流れで思わず硬直してしまう。


「あ、あまりカレー好きじゃないのなら無理にとは言わないけど」

返事する間が空いてしまったので誤解されてしまった。

「いや、あまりの嬉しさに思考が停止していた。その、食べたい・・・」

気恥ずかしさから段々と小声になってしまった。

「好みに合うかわからないからとりあえず1パックね。私のカレーは若干ピリ辛だから万人受けはしないだろうし。以前友達には不評だった、胡椒と鷹の爪なんて入れるなって罵られたよ」

「うん?ルーからの手作りなのか?」

胡椒と鷹の爪か。

カレーには詳しくはないが、あまり聞かない組み合わせだ。

「あはは。違うよ。そこまでの料理スキルはないなぁ。市販のルーにちょこちょこっとコンソメとか蜂蜜などの調味料を入れるだけ」

「アレンジか」

コンソメと蜂蜜も入れるとかますます味の想像がつかない。

「といってもカレーだけね。普段はレシピ通りのものしか作らないよ。あ、そうだ。冷凍前提だからじゃがいも入れてないけどいい?」

「問題ない」

「まだまだあるからもし気に入ったらまた持って帰っていいから」





翌朝。

寮の朝飯を断り、パックの米飯で早速カレーを食べることにした。

食堂内にカレーの香りが漂い、それに釣られたのか視線が一斉にこちらを向く。

何も考えずに食堂に来たが、部屋で食べればよかった。

好奇の視線が集まる中、黙々とスプーンを動かす。

じゃがいもが入ってないせいか、とろみがない。

カレーにとろみはあっても無くてもどちらでも構わないが、これにじゃがいもを入れるとまた違った風味になるのだろうか。

機会があったらそちらも食べてみたいな。


確かに後を引く辛さがあるが、汗が噴き出る程でもなく、ちょうどいい塩梅だ。

率直にいって旨い。

ふと油断した隙にシオンが向かいに座り、どこから持ってきたのかスプーンで一掬いして食った。

「へぇちょっと辛めだけど美味しいですね。これ湖沼が入ってるんですか?」

「食うな。みやびの手作りカレーだぞ」

と言いながらも彼女のカレーを「旨い」と褒められて悪い気はしない。

「あなたが朝からカレー食べてる時点でそれくらい察してましたけど。いいですね。これどこのルー使ってるんですか?」

「市販のルーを使って、香辛料でアレンジしてると言っていた」

シオンはさらにカレーをすくって食う。

まだまだあると言ってたし、今夜にでもまた貰えばいいかと制しないし、なんならシオンの分も貰ってきてもいいか。

俺には彼女の手料理を食える機会がまだまだあるし。

予期せぬ形でカレーをシェアする形になったところで、寮の朝飯が乗ったトレーを手にした加賀宮が「おい」と声をかけてきた。

そして空いていたシオンの隣に座った。

「うん?」

「そのカレーって・・・まだ残ってるか?」

あいつにしては言いづらそうに声をかけてきた。

「いや、お試しだと言ってこれしか貰ってない」

「加賀宮ってカレー好きでしたっけ?」

「・・・別に。ただ旨そうだと思っただけだ」

確かにカレーの刺激的な香りは食欲をそそられるしな。

「ふぅん」と言いながらシオンがまたカレーを一掬いして「はい、あーん」と加賀宮に対して差し出す。

眉間に皺を寄せながらも「ちっ」と舌打ちしながらもシオンの手からスプーンを奪い、口に入れる。

珍しく断らなかったな。

「・・・旨い、な」としみじみ言う。

普段食い物に執着しない加賀宮が褒めるのは違和感があったが、よほど気に入ったのか躊躇いもなく2口目をすくう。

・・・加賀宮の分も貰わなくては、今後も俺の分がつまみ食いされてしまうな。



夜。

みやびに会って開口一番「カレー旨かった。ありがとう」と礼を言う。

それを受けてみやびが朗らかに笑う。

「早速食べてくれたんだ。ふふ、どういたしまして。ちょっと癖があるからどうかなって心配してたんだけど」

「いや、本当に旨かった。とはいっても大半シオンと加賀宮に奪われたが」

あいつら俺が止めないとわかると、遠慮なく食っていった。

「へ~。確かにカレーって誰かが食べてたら欲しくなるよね」

大の大人が1皿のカレーを奪い取るように食ったのを想像したのか、おかしそうにふふっと笑った。

そんな仕草も可愛い。

「あいつらも旨いって言ってた」

「そうなんだ、なんか嬉しい。なんならストック全部持って行く?」

友達には自分のカレーは不評だったと言ってたからか、旨いと言われて相当嬉しかったのか、そんなことを言う。

「いや、全部は」

流石に悪い。

「一昨日自分がカレー食べたかったから作っただけだし、うちのカレーが認められたようで嬉しいな」

「うちの?」

「ああ、うん・・・忍さんから教わったんだ。子供の頃聞いたらお父さんから伝授されたって言ってた」

忍さん。

みやびは母親の事を話す時に気を抜いていたら名前で呼ぶ。

母娘関係はあまりよくないらしいが、それでも受け継がれた味を好んで食べるというのは親子の情というものがあるのだろうか。

ネグレクトはないというその言葉を全面的には信用してなかったが、母親がちゃんと料理を用意してたと聞いて胸をなでおろす。


そしてみやびの父親か。

その言い方では父親がみやびに直接カレーを作ったというわけではないのだろうか。

すでに父親が居なくて、カレーの作り方を教わった母の料理を食っていた、と取れる。

正直気になるが、あまり立ち入って聞いては不快に思われるだろうか。

明るく話しているが彼女自身も父親になにか思いを抱えてるかもしれない。

一瞬表情が曇った俺を覗き込むように「うん?」と軽く小首をかしげる。

心の内を読まれないように相好を崩し「いや、今度食う時には食堂ではなく自分の部屋で食わないと、また他のやつらに奪われるなと心配しただけだ」と答えた。

「あはは。大丈夫だよ、またいつでも作るから」と、みやびは花が咲いたように笑った。



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