「あれ?ナギの同僚さんたち。夜廻りですか?お疲れさまです」
バイト上がり。
深夜といってもいい時間帯に、白の制服姿の2人が目に入ったので駆け寄り軽く頭を下げる。
護国機関はこういった夜廻りも時折行ってて過去に何度かその姿を見たことがある。
とはいえ、どんな周期で行われてるのかとかは知らないけど。
「こんばんは。そういえば自己紹介してませんでしたね。私は弐番隊副隊長のシオン。こっちの仏頂面が弐番隊隊長の」
「加賀宮ジンだ」
綺麗なインナーカラーの人がシオンさんで、ちょっとワイルド系の人が加賀宮さんか。
シオンさんはお辞儀を返してくれる。
この人、所作が綺麗だな。
対して加賀宮さんは気まずそうに軽く頭を下げる。
「えっと、改めて。藤原みやびです」
「ナギからしょっちゅうのろけられてますよ」
弐番隊ってことはナギとは所属が違うけど、仲いいのかな。
ナギは寮で暮らしてるらしいから、その関係なのかな。
私の話って普段どんなことを言ってるんだろ、変な事じゃなきゃいいけど。
顔に出てしまったのか、シオンさんがふふって笑う。
この美貌と人当たりの良さで、この人モテるんだろうなって思う。
「今から帰りか?ずいぶん遅くまでバイトしてるんだな」
加賀宮さんの声色には心配が見て取れる。
雰囲気ではわかりにくいけど、案外いい人なのかも。
「ええ。徒歩で10分かかるから家に着いたらもう何もする気力なくてぶっ倒れてますよ」
実際、ナギに出会うまでは適当にシャワーを済ませてベッドに直行、何も食べずにそのまま気絶するように寝ることもあった。
「よかったら私たちが家まで送りますよ」
「え?そんな、お仕事の途中でしょ?ダメですよ」
巡回のルートとかあるんじゃないのかな、それとも隊長クラスだとその辺りは自由が利くのだろうか。
「見廻りのついでですし、特に今日は天満月(あまみつつき)ですし、異能によっては血が騒ぐと言われてる凶兆の日ですから。あなたになにかあれば血の雨が降りますからね。我々の為だと思ってください」
「うっ・・・じゃあ、お願いします」
そう言われると断れない。
ナギも今日は仕事が入ってて迎えに来れないってメッセージ送ってきてたし。
業務内容は聞いてないけど、ナギも夜廻りなんだろうか。
何を話をしていいのかわからなかったのでどうなるのかと思ったけど、シオンさんが適宜話題を振ってくれて沈黙に陥ることはなかった。
この人、メイドカフェに来た時も思ったけど気配りが上手だなぁ。
だから人付き合いの苦手そうな加賀宮さんともうまくやっていけてるのかな。
「この間はカレー、ご馳走様でした」とシオンさんが柔らかな笑顔を浮かべながらお礼を言ってくれた。
「どういたしまして。友達には不評だからどうかな、って思ったんですが」
「えーそうなんですか?辛口が苦手な子なんですか?」
「うーん、そういうわけじゃないんですけど」
「・・・旨かった」
加賀宮さんもぼそっと言う。
言い慣れない事を言ってるから照れてる様子がうかがい知れた。
思わず、ふふっと笑いながら「どういたしまして、気に入ってくれたのなら良かったです」と返してしまった。
目線があった瞬間にそっぽを向かれてしまった。
なんかこう、この人、人慣れしてない猫みたいな感じだなぁ。
あまりいじるのも悪いし、ちょっと会話の流れを変えようかな。
「ところでシオンさんのインナーカラーって綺麗ですよね」
さらさらの髪の毛もうらやましいけど、青色のインナーカラーがとても似合ってる。
以前見た時も思ったのだけど、インナーカラーっておしゃれで憧れる。
私はこれ以上外見をいじったら学校に注意されるだろうから今は出来ないけど。
「ああ。今の彼女が美容師なんで強く勧められて入れたんですが結構気に入ってます。みやびさんも入れてみてはどうです?あなたの今の色なら赤色も似合いそうですね」
彼女さんの趣味だったか。
確かにいじりたくなるくらいの綺麗な顔立ちと髪の毛してるもんね、シオンさんって。
「やってみたい気はあるんですが、流石に在学中は・・・うぅん」
イヤーカフも事前に「つけていいか」と許可を取ったものの一度つけていったチェーンタイプのやつは怒られたし。
「みやびさんのそのイヤーカフと右耳のピアスも似合ってますよね」
「それって痛くないのか?」
どっちの話だろ、ピアスの穴をあけた時のことかな。それともイヤーカフの事かな。
イヤーカフは軟骨に挟むこんでるから見た目痛そうだもんね。
「イヤーカフは耳の軟骨に挟み込んでるから最初は違和感ありますが、痛くないですよ。どうです?つけてみます?」
と髪の毛をかき上げて左耳のイヤーカフを見せる。
バイトの時には大人しいシンプルなデザインだけど、私服に着替えたついでに好んでるチェーンタイプの物を今はつけてる。
「そのチェーンが鬱陶しそうなやつをか?」
目に見えてしかめっ面になってしまった。
いいじゃん、好きなんだよこのじゃらじゃら感。
「大丈夫ですよ。男の人がつけても違和感のないチタン製のとか持ってますし」
と、鞄の中からイヤーカフが納められてる100均で購入した小物入れを取り出す。
気分によって付け替えるから、毎日ある程度は持ち歩いてる。
「へぇ、沢山あるんですね。この3連のチェーン付きなんてどうです?」
シオンさんがニヤニヤ笑って加賀宮さんに見せつける。
この人、加賀宮さんをからかうの好きでしょ。
「その類のやつは嫌だって言ってんだろうが。というか俺がつけることは確定なのか?」
「空気読んでくださいよ。そういう流れでしょ?」
不機嫌そうに言う加賀宮さんにシオンさんは一切動じることが無い、むしろおもちゃにしてる感がある。
この人強いな。
「ちっ・・・せめて普通のにしてくれ」
「じゃあこのダブルラインかな、ゴールドとシルバーどっちにしよう」
男性でも付けられるデザインの物を物色する。
「加賀宮ならシルバーでしょうか。この太目のやつと合わせてみます?」
私とシオンさんで選んだものを2つ、加賀宮さんに渡す。
「これ、どうつけるんだ」
私が付けても良かったんだけど「お前が触れたと知ったらナギにぶっ殺されちまう」と拒否された。
そこまではしないと思うけど、・・・多分。
シオンさんもイヤーカフはつけたことがないらしくわからないと言ってた。
彼も似合いそうなんだけどなぁ。
私は自身の耳を軽く指で引っ張りつつ見本を示しながら言葉でつけ方を教える。
「耳たぶを軽く引っ張って薄い部分に差し込んで付けたい位置までスライドさせるんですよ。位置が決まったから軽く挟み込んでください。軟骨に挟むと安定しますよ。あ、男性は片耳イヤーカフするときは左耳にしてくださいね。右耳だとそういう性的志向の人だと思われる慣習がまだ残ってるらしいので」
ちなみに女性だと左耳に着けるとそういう性的嗜好だと思われるらしいけど、私は右耳に目立たないとはいえピアスもつけてるし、ナンパが鬱陶しいからわざと左耳にだけつけてる。
ナンパしてくる男には片耳イヤーカフの意味が分からないのかあまり男避けになってないけど。
「へー、結構似合ってますね。というか悪人顔レベルがアップしましたね」
褒めてんだか貶してるんだか馬鹿にしてるのかわからない事をシオンさんが言う。
似合ってるという点では私もシオンさんに同意見だ。
男の人でもイヤーカフ付けていいと思うんだよね。
「ちっ」
「でもピアスやイヤリングと違って気軽につけられるからいいでしょ?良かったらそれ差し上げますよ」
男の人が付けると、女性とは違う色気が感じられるなぁ。
加賀宮さんはナギとは違うオトナの男の魅力がある。
実際に付けると、案外付け心地も悪くないと思ったのか逡巡してるようだ。
それにしても、とシオンさんが笑いをこらえながら「みやびさんと二人並んでると女の子を寝取ろうとしてるクズに見えますね」と言い出した。
クズって。
言い方!
それっていわゆる「うぇーいwwオタクくん見てる~」ってやつかな。
「褒めてねーだろそれ。・・・いや待てよ。おい、面白そうだから写真撮ってナギに送り付けてやろうぜ」
「え、本当に「いえーい彼氏くん見てるー?」ってやつやるんですか?」
思わず声に出してしまった。
「いえーい??」
加賀宮さんが怪訝そうな顔になる。
あ、知らないのか。
加賀宮さんがネットミームに詳しかったらそれはそれでキャラじゃないからいいけど。
SNS自体もやってなさそう。
でもふと思う。
ん?それって私と加賀宮さんのツーショットで写真撮るってこと?
この間人生初めて男の人(ナギ)とツーショット写真を撮ったかと思うと今度は顔見知りレベルの男の人とか。
難易度高いな。
「まぁナギをからかえる絶好の機会ですけど。程々にしてくださいね。あの人、みやびさんの事になったら怖いんですよね」
困惑してたら話が決まったようで、加賀宮さんが自分のスマホをシオンさんに渡してる。
「え?え。本当に撮るんですか?えっと、じゃあ私はウェーイされてる感じで??」
我ながらなんだ、ウェーイされてる感じって。
困惑しながら撮られた写真はまさに今から寝取られる彼女と、彼氏を煽るワルイヤツだった。
完成度高いな、これ。
というか加賀宮さんめちゃくちゃ悪人に見える。
この人結構乗り気でしょ。
「結構よく撮れてますね。その写真共有してください。今後それでナギいじりますから。みやびさんもいるでしょ?」
「へ?あ、ハイ。じゃあ、お願いシマス」
釣られてよく考えずに返事してしまった。
気が付いたらメッセージグループの一員に入ってしまった。
私とシオンさんと加賀宮さんってどんな組み合わせだ。
この写真をかなっぺたちに観られたらヤバイな。
事件の被害者として即座に警察連れていかれるやつだ。
「で、どの文面がやつにダメージ与えられると思うか?」
スマホをいじりながらナギに送り付ける文章を聞く加賀宮さん。
「それはやっぱり「ウェーイwナギくん見てる〜?今から君の彼女の家に行きま~すw」でしょ」
シオンさんはウェーイの元ネタ知ってたのか。
この人は加賀宮さんとは真逆でインスタとかも積極的にやってそう。
そして気が付いたら、なんだか不穏な会話をしてる。
まぁ冗談だとわかるだろうし苦笑いされて済むだろうなと思ってたんだけど「おい、もう返信来たんだが。あいつも夜廻り中だろうが」と加賀宮さんが動揺してる。
光の速さでレスが来るとか、まさかの展開。
仕事中に私物のスマホ見てるわけ?白の貴公子さま。
ちゃんと仕事出来てる?大丈夫?
それ言ったら加賀宮さんたちもたいがいだけど。
「めちゃくちゃ怒ってるじゃないですか」
スマホを覗き込んだシオンさんが完全に引いてる。
ナギ、なんてメッセージ送ってきたの・・・?
加賀宮さんのスマホのメッセージ着信音が連続で鳴り響いてる。
ナギ、文字を打つの早いな。
などと他人事のように思っていたら私の方にも通知音。
「あの!私の方にも「どういうこと?」ってメッセージ来てるんですけど?うわわっ!電話来ちゃった。えい」思わず通話拒否ボタンを押してしまった。
「なんで切っちゃうんですか」
「え、だってこんな夜更けに道端で電話とか迷惑だと思ってつい」
散々帰宅中に会話しておいて今更感が否めないけど、やっぱり道端で騒ぐのって良くないよね。
ホント今更なんだけど。
「ちょっと、こっちにも通知来たんですが。え、どうして?」
今度はシオンさんが困惑してる。
「電源を切れ、俺はもう電源切った」
「あなたが切ったからこっちに連絡来たんでしょうが!」
「えっと。とりあえず今「夜廻り中のお二人に偶然出会ったので送ってもらっただけ。ちょっと悪ふざけがすぎただけだから怒らないで、ゴメンね」って送りました」
すぐさま「そうか。怒ってない、嫉妬した。寮に帰ったらあとで2人に話があると伝えてくれ」とメッセージが来て二人に見せたらすごく嫌そうな顔で「もう二度とみやびさん関連でナギをからかわないと誓いましたよ」とシオンさんが嘆いた。
「同感だ、これほどとは思わなかった」
と加賀宮さんも呟いていた。