しまった。
どさくさでイヤーカフを付けたまま帰ってきてしまった。
あの後夜廻り終了時に合流した隊員らの微妙な空気感はこれのせいか。
シオンの野郎、気づいてたくせにわざと言わなかったな。
さて「あげる」とは言われたが、返すべきか受け取るべきかと左耳のそれをいじりながら思案する。
似合ってるだの悪人度が増すだとかは置いておいて、装着の感触に不快感はない。
仕事では装身具はつけられないが、これならプライベートの時につけてても邪魔にもならないしな。
などと考えているとドアがノックされた。
「加賀宮、いいか?」
白の貴公子改め黒の魔王が来なすったか。
あいつも夜廻り後だから疲労があるだろうに。
舌打ちしながらドアを開けると、ナギがイヤーカフに視線をやりながら一瞬しかめっ面になった。
今日の流れからいってこれの本来の持ち主が誰か気づいたようだな。
そしていまだに俺がつけてるのも不快を感じたんだろう。
「まぁ入れや」
さて何から話すべきかな、面倒くさい。
奴をソファに座らせて俺は自分のベッドに腰掛ける。
「シオンの方は居なかったが、どこか行ってるのか?」
「お前が怖いから今日は彼女の所に泊まるって言ってた」
「そうか」
俺も寮に戻りたくはなかったんだが、シオンに「説明お願いしますね、隊長!」と押し切られてしまった。
説明も何も悪ふざけが過ぎた結果なんだが。
そしてこれは隊長の仕事ではないだろ。
俺の左耳に視線をやり感情を押し殺しながら「珍しいものを付けてるな」と言ってきた。
「まぁな、話の流れで気が付いたらこうなってた」
いつも冷静沈着なナギにしてはわかりやすく不機嫌さを隠さない。
多分「俺にはつけてみる?と言われたことは無いのになんで加賀宮に」とか思ってるんだろうな。
こいつとは長い付き合いだが、女に、というか人にこれほど固執するとは思わなかった。
ガキの頃からなんでもそつなくこなすが、イマイチ人間味が感じられなかった。
本気で何かに取り込んだことがなかったように思う。
それが自分より年下の女の些細な動向に心を動かされるとは。
「みやびを家まで送り届けてくれたそうだな。礼を言う」
「たまたま夜廻り中に会っただけだ。送ること自体はシオンが言い出しただけだしな」
「そうか」
シオンならそう言うだろうな、と納得したようだ。
「あんな夜遅くまでバイトさせてお前は平気なのか?」
本来は俺が口出しすることではないが、つい口に出てしまってた。
いくら何でも学生があんな時間まで働いているのはどうかと思う。
実際あの帰り道は街灯も少なく、さらに時間帯は人通りも少ない。
「前に生活費の援助を申し出たが、断られた」
すでに話をしていたか。
こいつの性格上ならそう言っただろうな。
「・・・親は?」
「母親からは生活費を貰ってるらしいが、それは使いたくないらしい。あまり込み入った話はしたくないようで詳しくは聞いてないが関係は良くないみたいだな。虐待ではないとみやびは言っていたが」
「・・・ふん」
ナギは思い至ってないようだが、そんな様子だと結婚も認めてもらえないんじゃないのか?
それこそ俺が口出しする話ではないが。
俺としてもこれ以上はあまり踏み入った話をしたくないから、それからは口を開かなかったので会話が途切れた。
「話がそれで終わりなら、今日は心身ともに疲れたんだ。特にお前のせいでな。早く寝たいから帰ってもらっていいか?」
「いや、他にも聞きたいことがあるんだが」
言うべきか躊躇ったようだが「加賀宮、お前のみやびに対する行動に色々と疑問があるんだが何故だか聞いてもいいか?」と射貫くような視線で俺を見据えた。
少しの間、沈黙が場を支配した。
「・・・気のせいじゃねえか」
「俺が番いの話をした時の態度はどうだ。お前はやけに彼女の写真を食い入るように見ていた」
気づかれていたか。
面倒だな。
「堅物のお前が三つ目の巫女に番いの託宣を受けたっていうからどんな女か気になってな。お前が毛嫌いしそうな派手な女だったから驚愕しただけだ」
実際、これは事実だ。
これまでのナギだったら特にあの手の女は歯牙にもかけないタイプだ。
人を見た目で判断するようなやつじゃないが、ああいう女にはよく付きまとわれて辟易していたから苦手意識が普通の女とはまた違うと以前聞いた。
「では、なぜ彼女のバイト先についてきた?」
「メイド姿の恋人を見たお前の反応を見たかっただけだ。予想以上に面白いものが見れたけどな」
ご主人様と言われるたびに動揺するこいつの姿は新鮮だった。
自分の恋人が他の男を接客してるのを見てる時のこいつも見ものだった。
「カレーの時は?」
「匂いに釣られ食いたくなった、あるだろそういうの」
実際食ってみたら好みの味だった。
「そのイヤーカフは?」
「初めてこういうのをつけたが案外付け心地が悪くないなと。シオンにも似合ってるとは言われたしな」
あいつの言葉を全面的に信じてるわけじゃないが。
さらに悪人度が増したとも言われたが。
「みやびの今現在の環境を気にしたのは?」
「あいつに何かがあったらお前が何をしでかすかわからないからな」
一人暮らしをして、学校に行きながら成績上位をキープしつつ、夜遅くまでバイト。
正直、まともな生活を送ってるとは思えない。
今日話した限りでは食生活も乱れてそうだ。
もっとも、今はナギが手料理を作って持って行ってるらしいが。
健気な事で。
「つまり、他意はない、と?」
「無いな」きっぱり言う。
俺の言葉を全部信用してるわけではないだろうが、これ以上は時間の無駄だと思案しているようだ。
夜廻り後で疲弊してるのはナギも同じだ。
しばらく後「・・・わかった、邪魔したな」と言いナギが出て行った。
どこまで誤魔化せたかはわからないが、ひとまずは大丈夫だろう。
それにしても、と思う。
「難儀な話になっちまったな」
とある書類が納められている引き出しを一瞥しながらベッドに身を沈めた。