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第26話 都市伝説 ナギ視点

踏切に人が侵入し、確認作業を行うという知らせが放送されたかと思ったら、乗っていた電車が止まってしまった。

よりにもよってこの時か。

事故でなくてよかったと安堵するが、一方みやびとの貴重な時間が第三者に邪魔されたかと思うと腹立たしい。

待たせるから今日はもう会わない方がいいのかと思いつつ、すこしでも俺自身が彼女に会いたいと逡巡した結果「悪い、ちょっと遅れてる」とメッセージを送った。

すぐさま「わかった、待ってるね」と返信が来た。


幸い、すぐに確認作業を終えたようで10数分間の遅延で済んだが、待ち合わせ場所の時計塔でみやびはナンパ目的で声をかけてきたと思われる3人の男らに絡まれていた。

相手の女たちが自分の思い通りにならなかった苛立ちからか剣呑な雰囲気で大声を出している。

みやびの連れだと思われる2人の女が男らの暴言に身を竦め震えてるが、みやびは凛とした佇まいで男らの暴言を冷めた表情で見ていた。

聞くに堪えない罵詈雑言にも一切動じない。

怯えなども見せず、ただひたすら男らの気が済むのを待ってるようだ。

その様子に異質なものを感じたが、彼女の孤独だったと推測される子供時代から、からかいを受けるたびにそうして受け流してきたのだと思い至った。

ずっとそうして生きてきたのだと思うと、庇護欲をかきたてられ声をかけずに後ろから抱きしめてしまっていた。

不躾だと思うが、衝動を抑えられなかった。

初めて抱く彼女の身体は柔らかく、非常に脆いものだと感じた。

そんな彼女に対して責め立てた男らが許せず、やつらに対する殺気が押しとどめられずに漏れ出す。

「俺の番いに何か用か?」

一言発しただけなのに男らは目に見えて狼狽しだす。

さっき、あいつらが言ってた「都市伝説」というのは意味が分からなかったが、番いであることを疑ってるような発言が聞き取れたから彼女と揃いである左手の指輪を見せつけてやった。

腕の中の彼女が愛おしくて「遅くなってすまない」と、つい頭頂部に軽くキスしてしまった。

柔らかな髪の毛と、そこから発せられる甘い香り。

彼女の全てを愛してる。

周りが騒がしくなったが、無視する。


さて、この男らをどうしてやろうかと考えていたら俺の腕の中からすり抜けたみやびが「ね、もういいから行こうよ」と俺の手を取って歩き出そうとする。

だが、俺の大切な人を傷つけたやつらは許せない。

暴力沙汰を起こして彼女を巻き込むのは本末転倒だが、あいつらをこのまま見過ごすわけにはいかない、どうするべきかと逡巡していたら「私お腹減ったから。早く帰ってご飯食べたい」と言われてしまった。

いつもより遅くなってしまったのは確かだし、俺が一番優先すべきはみやびの意向だな。

「そうだな」と彼女の手の甲に軽く口づけ、その場を去る。



かなり遅めの夕食を終えたみやびに「よくあんな風に男に絡まれるのか?」と聞く。

なにを言うべきかと考えたそぶりを見せた後「ん~そうだね。見た目が派手で男を誘ってるんだろってよく言われる。でも大丈夫。私、忍さんから護身術教わっててこれでも強いんだから」とやや困ったように笑う。

たとえ身体的に男らを撃退できたとしても、いわれのない誹謗中傷を受けて心が傷つかないわけはないだろうが、と口を突いて出そうになる。

俺が遅くなったのも原因の一つだが、もしあれ以上遅れていたらと思うとぞっとする。

そして今までもみやびがああいう目に遭ってきたのかと思うと、やるせない。


「自分の身を守れるようにってのが1人暮らしの条件の一つでもあるしね」

おどけたように肩をすくめる。

護身術の腕前は知らないが「もうこれでこの話は終わり」という意図を感じとれた。

時折みやびにはこういった見えない壁を感じる。

自分のテリトリーにあまり踏み込んでくれるなというような。

彼女の意思を大事にしたいが、俺はまだそこまで信頼されていないのかという一抹の寂しさもある。

拒絶されたようで思わず目を伏せてしまう。

僅かな沈黙の後、目の前の椅子に座っていたみやびが立ち上がった気配があったと思ったら、ベッドに座ってる俺の頭を正面からふんわりと抱きしめた。

「心配してくれたんだよね、ありがとう」


驚いて見上げた俺を「さっき突然背後から抱きしめられてビックリしたから。お返しだよ」とはにかみながらみやびは笑っていた。



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