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第33話 狂犬メイド みやび視点

「ゴメン、藤原さん。まだ勤務時間じゃないけど、ちょっとフロア出てくれる?」

着替え終わって休憩室でスマホをチェックしていたら店長に呼ばれた。

混雑する時間じゃないのに呼ばれて珍しいなと思いながらフロアに出たら、納得。

店員相手にぎゃーぎゃー叫んでる汚客(おきゃく)さま1名。

うちは正統派メイドカフェなのにたまにこういう勘違い客が来るんだよね。

他所のメイドカフェでは行われてるサービスはここで出来ないのは納得いかないだとかなんだとか。

そんな類の事をがなり立ててる。

どんなサービス求めてるんだ。

うちは記念撮影とかメイドのお絵描きサービスとか会話タイムとかないのに。

聞いてると段々と腹立たしくなってきた。

私たちの賃金にあんなやつを接待するのは含まれてないよ。

「えっと、どこまで殺っていいです?」

「ちょっと物騒に聞こえるけど、せいぜい気絶させるに留めて」

「気絶かあ」

自分で聞いておいてアレだけど店長もさらっと言ってくれるなぁ。

正統派メイドカフェで働くには目立つ茶髪の私に面接した店長が最初は難色を示したけど「私強いですよ」とアピールした結果とはいえ、もはや用心棒じゃん。

まぁそれで雇われたんだから文句言うなって事なんだろうけど。


「ご主人様、どうかされました?」

こんな奴にすらご主人様と言わなきゃいけないのは辛い。

なるべく穏便に済まそうと穏やかな笑顔と声で接客したのだけど、効かなかった。

私に注意がそれたとみてそそくさとその場から立ち去る同僚。

視線で「店長の所に逃げて」と促す。

汚客さまは尚も叫んでるけどそんなにこの店が気に喰わないのならそもそも入らなきゃいいのにと思う。

もっとも過度なサービスを期待してたけど断られて激高した下衆な部類なんだろうなぁ。

そういう事がしたいのなら最初からそういう店行きなよ。

この辺りにはその手の店もあるし。

それか間違えて入店したクチか。

男の言葉を聞き流しながら、どこでぶっ倒したら店への被害が少ないかと思案する。

カップとか割ったら弁償だろうなあ、それは嫌だな。

「ご主人様、申し訳ないのですが席をお立ち頂き、通路の方へと出ていただきますか?」

怪訝そうに眉をしかめながらも一応いうことを聞いてくれる。

店長の元へと連れて行かれて直々に丁重な謝罪でも受けると思ったのだろうか。


時間帯が時間帯だから他のお客さまがまばらで助かった。

あまり騒ぎになるのは困る。

流石のこの状態でスマホを構える人らがいなくてよかった。

万が一にでもネットに流されたら平穏な生活が乱されてしまう。

というかいくら私が提案したとはいえ本当に一介のバイトにこの場を任せる店長も店長だよなぁ、と男の暴言を受け流しながら考える。

段々と語彙力が無くなってきたのか荒い息をついてこちらを睨みつけてくる。

まともに聞いてなかったけど、なんだかえらく侮辱されてた気がする。

威力業務妨害罪で通報した方が早くない?

今更だけど。

まぁこの国は「威力業務妨害レベルなら各々の店での判断でいくらでも反撃していい」という法律があるけど。

それにしてもなんて物騒な国なんだ。


さて。

男を見据える。

格闘技経験のなさそうな中肉中背、身長は私よりも若干高いくらい。

私を見た目だけで見くびってるのはチャンスだ。

罵詈雑言が尽きたようで、今がいい頃合いかな。

「お話は終わりました?危ないので喋らずに口を閉じてくださいね」

少しでも人間語が通じるように、右手の人差し指で自分の口をイーっと閉じて見本を示す。

面食らった男は自分が何を言われてるのか理解できないようだ。

今が好機とみて、男にこれ以上話す機会を与えずに一気に距離を詰める。

そして男の顎に掌底突きを迷いもなく叩き込む。

顎から伝わった衝撃で脳が揺らされ、耐えきれずに男はがくっと膝をついて気絶した。

それはいいんだけど、こいつどうするんだろ。

運ぶの嫌だよ、さすがにそれは店長がやって欲しい。

他にも男のスタッフが居るから、後片付けはそちら側でやってほしい。


何が起きたのか店内の誰もが理解できなかったのか静寂が続く。

この騒動が落ち着くまで休憩室にでも行くか、まだ労働時間外だしと思いながら自分のスカートを一つまみして頭を下げ膝を折りいわゆるカーテシーの礼を取る。

「ご主人様、お嬢様方、お騒がせして申し訳ありません」

いまだポカンとする場をさっさと去ろうとすると最初に絡まれた子が抱き着いてきた。

怖かったのはわかるんだけど、やめて放してここから逃がして。

メイド同士の抱擁を見て興奮した店内のお客様らの「うおおおおおおおおおお眼福うううううううううううう」「まさかの百合??百合展開??」「美少女たちの絡みさいこおおおおおおお」「今日この店に来て良かったああああああ」「武闘派メイド萌え~~」「俺も叩きのめされたい!!!」「むしろ踏まれたい」という謎の咆哮が響く。

この店は比較的紳士のお客様が多いと思ってたけど、気のせいだったみたいだな。

というかそこの人ら見ないで、そこの人写真撮らないで、ネットにアップしないでよ?

店長も止めてよ。



後日ナギに「この店には狂犬メイドが居るらしいな」と真顔で言われた時にはどうしようかと思った。

誰だよ、そんなあだ名付けたの。

というか狂犬ってなんだ、狂犬って。

人の事言えないけど、ネーミングセンス悪すぎない?



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