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第67話 きつねうどんのアイデンティティ ナギ視点

昼飯時から時間がずれてるせいかすんなりとフードコートの席が取れてよかった。

あまり人が居ないのも個人的には助かる。

じろじろと見られるのはある程度慣れてはいるが、みやびとのデート中にはその視線が煩わしい。

周囲の視線があると、彼女といちゃいちゃできない。


昼食後に映画を見ることになってるんだが「ネタバレにつながる」と、どんなストーリーかすらも教えてくれなかった。

映画自体がもし俺の好みではなかったとしても、隣に座るみやびの一挙一動をこっそりと盗み見るのも楽しいから問題はない。

この間一緒に映画を見た時には、ジャンプスケアで思いっきり体をこわばらせたり、悪役によって主人公が虐げられているときには眉間に皺を寄せてたり、怪獣が街を破壊していた時には目を輝かせて身を乗り出していた。

いや、狂喜乱舞する所か?怪獣が暴れるシーンってのは・・・。

視線に気づかれ、小声で「もう!私じゃなくてちゃんと映画見てよ」と怒られてしまったことも多々ある。

花火の時もそうだったが、映画とかよりもみやびの反応を見ていたい。

その方が楽しい。

彼女はずっと見ていても飽きない。

愛おしいという気持ちが抑えきれない。

早く一緒に暮らせたらいいのに。


映画の時間まで余裕があったので、適当に海老ヒレカツ定食を選んだ。

ハンバーガーやカレーなどと言った気分でもなかったし。

デートの時は匂いのきつい物は避けたいというのもある。

みやびはといえば、きつねうどんを選んだようだ。

食事の時には髪の毛を軽く結ぶので、いつもとは雰囲気が違って可愛い。

さらにイヤーカフが付けられている耳が露わになって女性の色気をも感じる。

彼女と知り合うまでは装身具をつける女はあざとさを感じて好きになれなかったが、我ながら現金なものだなと自嘲する。


茶色の髪の色と耳に数個つけられているイヤーカフを見ると一見派手な身なりだが、爪は塗られてもなく、長すぎずきちんと整えられている。

目を引く髪色と比べると、ややアンバランスを感じるがそれも魅力的だ。

俺とのデートの時にはかすかにオードトワレをつけているようだが、バイトの時にはそれもつけていない。

飲食店勤務だからだろうか。

こういう所は気を使っているようだ。

友達に貰ったと言っていた柑橘系の香りだが、きつすぎず清涼感がふんわりと漂う。

これを選んだ友達はセンスがいいな。


それにしても、と思う。

この間もうどんを食べていたような。

しかもきつねうどんを。

というかうどんといったらきつねうどんしか食べていない気がする。

「うどんが好きなのか?」と聞いてしまった。

本人としては気にしてなかったようだ。

虚を突かれたように一瞬動きが止まった。

「特に食べたいものが無かったら、とりあえずうどん選ぶ感じかな。ここのチェーン店は西側の出汁が選べるしつい注文しちゃった」

「西側の出汁?好きなのか?」

予想外の答えが返ってきたので聞き返してしまった。

「子供の頃は転々と引っ越しして主に西側に住んでたかな。だからなじみ深いんだよね、昆布メインのお出汁が」

「・・・へぇ」

以前も子供の頃は引っ越しが多かったとこぼしていたな。

一瞬、深堀して聞いてみようかと思ったが、積極的に子供時代の話はしたがらないのでやめておいた。

今の友達2人も「生まれて初めて出来た友達」と言っていたこともあるし、小・中学校にも通っていなかったのであまりいい思い出が無いかもしれない。

ただでさえこの間実家に行った後には様子がおかしかった。

あまり触れない方がいいな。


それとなく話を変える。

「それだけで足りる?」

他に具材も足していないシンプルなきつねうどんだ。

俺だったら全然足りない。

「うーん・・・物足りないといえば物足りないけど、映画前にあまり食べるのもねえ」

以前、知り合う前に見た映画がスロースタートだったせいか途中少し寝てしまったと言っていたこともあり、血糖値があがり眠くなるのを警戒してるのだろうか。

特にここのうどんチェーン店には、うどんの他にはカレーやおにぎりなどしかない。

血糖値を懸念しているのなら海老フライくらいなら食べても大丈夫じゃないか?と自分の皿を見て考える。

それにみやびは特定のこだわりは強いが、食べる事自体にはあまり執着してない感じがする。

俺が料理を差し入れをするようになってからはきちんと毎食食べるようになったらしいが。

もう少し栄養を付けて欲しいと思い「そうか。・・・エビフライ1本食うか?」と言いながら、海老フライを箸で挟み彼女に向ける。

どうするべきかと戸惑ったようだが「ほら、口を開けて。結構肉厚で旨いぞ」と促したら素直に開いてくれた。

一口齧り、よく咀嚼している。

この辺りのしぐさを見ると、母親にきちんと躾されてる感がある。

箸の使い方といい、品がある。


全て俺が食べさせてもいいんだが、好きなタイミングで食べて欲しいと汁椀の蓋に海老フライとついでにカツを1切れを乗せて渡す。

礼を言い受け取ってくれる。

気のせいか「最初からこうしていればよかったのでは?」という視線を感じる。

今まで生きてきて人にこうして食べさせたことは無いが、プリンの時以来なんだか癖になってきた。

勿論、みやび限定だが。

恥ずかしそうに口を開けてくれるのがとても愛らしい。

それに「美味しい物って分けたくなるよね」と以前言っていたのがわかる。


みやびは自分のきつねうどんに視線を落とす。

何事かと思ったら「お返ししたいけど、こちらからは何も提供できない・・・」なんて言い出した。

別にいいのに。

というか、きつねうどんだぞ。

揚げくらいしかないだろうと思いながら「揚げでいいぞ」と笑いをかみ殺しながら言ってみる。

すると「なんてことを。きつねうどんから揚げを取ったら何が残るっていうの。ただの素うどんになるじゃない。きつねうどんのアイデンティティを奪うだなんて外道か」と真顔で叱られてしまった。

うどんのアイデンティティってなんだ。

そして外道呼ばわりまでされてしまった。

あまりにもおかしくて笑ってしまった。

俺のその様子に「もう!」と笑いながら殴る真似をされてしまったので「ゴメン」と謝る。

一挙一動が可愛い。


ただ、一緒に飯を食ってるだけなのにこんなにも満ち足りた気分になるだなんて過去の俺は思いもしなかったな。

みやびと知り合えて、恋に落ちて本当に良かった。

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