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第13話 意地悪むすめはこらしめられてしまいましたとさ

 悪戯っぽく笑うシアの舌がどんどんと赤く染まっていくように見えたピコは一つの事に気がつく。


(いや、あの女の舌が、じゃない! 目の前が、どんどん赤くなってる!?)


「うえ、ええええええ! ど、毒が! ど、毒! カインさん……助け」

「カインさんに助けを求めても無駄よ。カインさんは私のやることを許可してくれたもの」

「い、いつの間に」

「私とカインさんなら目と目で通じ合えるの」


 実際のところは、シアが何をやるつもりなのかは分からなかったが、執拗にお茶を見せておきながら一向にカインに飲ませようとはせず、ずっと青玉の瞳をこちらに向けていた為、また、彼女の異名を知っていたからこそ、ピコの狙いが毒のようだということまでは想像がついたのだ。


「毒か……卑怯な真似しやがって」


 グレンは、のたうちまわるピコを睨みつけてはいたが、憐みかそれ以上は何かをしようという気配はなかった。


「ピコ、さん……俺は、あなたに、同情はしません。俺はあなたを許せない。それに、あなたのしたことが返ってきているだけです」

「う、うるさいうるさいうるさい! 許さない……あたしとバリィ様の間を邪魔する奴らはみんな……!」


 ピコは、逃走中に必要かと予め懐に隠していた魔導具をカインたちに向けた。

 それは〈アシッド〉の術式が込められた魔筒マジックチューブ

 魔力を込めると術式が青緑に輝き、煙をあげながら酸が筒から噴き出した。

 しかし、その酸はカインに届くことなく何の前触れもなくひっくり返った机に防がれる。

 そして、運悪くはねた酸を浴びて再びピコは悲鳴を上げる。


「ああ! あっ! あっ…ああああ!」

「とことんまで腐ってるな」


 グレンは、座ったままで振り上げた足を静かに下ろしながら呟く。

 目にも止まらぬ速さでグレンは机を蹴り上げ、カインを守ったのだった。


「あら、いいところを取られたわ」


 シアは、飛び散る酸を凍らせながら微笑んだ。しかし、その微笑みには何とも言えぬ冷たさがあり、カインはただ引き攣り笑いを浮かべるしかなかった。


「カインさんは、俺の為に悪役を買って出てくれたかっけー人だ。これ以上この人の迷惑かけるようなら……」


 グレンが腕に魔力を込め、一振りする。


 ガシャガキャバリッガガガゴイン!!!


 本棚、ランプ、窓、棚、壺、鎧。右から左に次々と砕け散っていく。


「潰すぞ」


 降ってくる破片と、シアの氷魔法、割れた窓から吹き込む生暖かい風、身体の外を酸が襲い、中では毒が暴れまわり、ピコの身体の穴という穴から色んなものが溢れ、彼女の記憶はそこで途切れた。


 その後、騒ぎを聞いて駆け付けたギルド長にカインは事情の説明と、備品破壊の謝罪をした。


「ほら、グレン君。ちゃんと謝ろう」

「すみませんでした」


 不服そうな顔ながら頭は下げるグレン。


「うん、いい子だね」

「……うす」


 自分の赤い肌よりも赤く染めグレンは返事をした。


「赤いの、消すわよ」


 何の流れもなく、ただそう言い放つシア。


 自分もカインさんに何かされて照れたかった。

 ただそれだけの事なのだが、理解できないカインはおろおろとするばかりであった。


「うるせえ。白いの。嫉妬すんな。それより、壊したものは俺が弁償する。あとで金額を教えてくれ」

「いや、結構だ。今回はウチに非がある。あの女から出来る限り金を絞り、足りない分は冒険者ギルドから支払わせてもらおう」


 三人の目の前に立つ黒の冒険者ギルド制服を身に纏った紫髪の気の強そうな女性は静かに答えた。


「すまなかった。冒険者ギルド、レイル支部支部長シキの名に懸けて必ず償わせてもらう」


 しっかりと頭を下げ、静かながらも決意に満ちた声でシキは謝罪の言葉を述べた。


「そ、そんな、顔をあげてください。ギルド長」


「いや、このままで話をさせてくれ」

「し、しかし」


 カインはあまりにも居心地悪いこの状況をなんとかしたかったが、シキは一向に頭をあげようとしなかった。


(なんて立派な人なのだろう。此処のギルド自体が腐っているわけじゃなくて本当に良かった)


 カインは一人感動していた。

 しかし、その相手であるシキは全く別の思いにとらわれていた。


(叫びたーい! あの時助けて頂いたシキだ! って叫びたーい!)

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