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第16話 親切おにいさんは尻軽女と再会しましたとさ

 カインが追放されて二週間。

 カインにとって本当に目まぐるしいほど状況が変わっていった。


 カインは、毎日のように来る指名依頼をこなし続けていた。

 カインの指名依頼はギルド職員から『あのたす』と呼ばれていた。


 「あの時助けて頂いた〇〇です」と言って依頼するのが何故か街の人々の流行となり、それがギルド職員にとっては分別の際に非常に助かることもあり、定着、省略され今に至る。


 「あのたす案件ですー」「はいはーい、あのたすねー」「あのう、すみません。あのたすでお願いしたいんですが……」


 と、いう風に今となっては依頼者側も『あのたす』と言い始め、他から来た冒険者が首を傾げるのであった。


「『あのたす』って?」

「ああ、カインさんって冒険者がいるんだけどよ。人助けが趣味みたいな人で毎日のように『あの時助けて頂いた〇〇ですが、カインさんに恩返しで依頼したい』ってえ指名依頼がくるのよ。で、あまりにも来るからカインさんの指名依頼は『あのたす』って言われてんのな」

「へえ~、カインってのは変わってるねえ」

「カインさんって言え! カインさん! あの時助けられた盗賊シーフズッハがちゃんとあんたのすばらしさを教えておくからな!」

「お前も『あのたす』かあ!」


 そんな『あのたす』をカインは引き受け続けていた。

 平民にはちょっと高すぎると言える指名依頼をわざわざしてくれてというのもあるし、何よりカインにとっては人助けをして、お金が貰えるなんて文句どころか少し申し訳なさのほうが勝つくらいだった。


 だからこそ、出来るだけ自分の手で達成しようと頑張っていた。


 今日もまた、午前の指名依頼を終わらせカインはギルドの酒場で、貰ってしまったお弁当と果物を、注文した果実汁と一緒にお昼として食べていた。


「カインさん、一緒にいいか」

「赤いの、今日は私がカインさんとご一緒するから、どっかでしんでなさい」

「どっかでしんどけってなんだこらあ! あ、カインさん貰った仕事午前中で終わったからまたいくつか回してくれよ」


 【血涙の赤鬼】グレンと【白雪鬼】シアがお昼を持ってカインのところに同席しようとする。

 グレンとシアはソロA級として魔物モンスター退治や魔巣ダンジョン攻略も出来るはずなのだが、わざわざカインの手伝いをしている。


 カインにとってはどうしても間に合わない分などもあり、助かるのは助かるのだが、どれも本当にお手伝いや簡単な仕事なのでソロA級の冒険者に頼むのは気が引けるのである。

 しかし、二人は「助けられた恩返しがしたい」といって手伝い続けているのだ。


「あ、ありがとう。でも、いいんだよ。二人にとっては簡単な仕事だろうし、手の空いた時だけで」

「いや、これがな、結構楽しいんだわ。なんだろな、依頼者が見えるっつーか」

「そうですね、私たちが受ける魔物退治や魔巣攻略は勿論街の平和の為に必要なことなんでしょうけど、終わってギルド職員に達成報告をして終わり。なんというか淡々としているんです。けれど、今は、直接助けた人の顔が見えて達成感があるんですよね。ねえ? グレン? 早くどっかいってしんでなさい」

「その疑問形はどっちにかかってんだこらあ! それにな、自分たちのランクキープの為の依頼はこなしてる。なもんで、明日は悪ぃけど手伝えねえ。『魔巣掃除』だ」


 魔巣掃除は冒険者同士が使う言葉で、魔巣ダンジョンに入り、魔物モンスターを出来るだけ倒す。

 魔巣ダンジョンとは、魔脈と呼ばれる魔素マナの流れがぶつかり、濃い魔素マナが発生している場所のことで、その為、魔物や魔獣が発生する。

 魔巣のどこかにある魔核コアを壊してしまえば魔素の発生は抑えられ魔物も発生しなくなるのだが、魔巣ダンジョンは資源の宝庫となるのだ。


 魔素を大量に含んだ魔石を中心に様々なものが定期的に産出される。

 その為、魔巣は破壊せずに、定期的な魔物排除を行って維持し続けられるのである。


「この辺は、魔脈が多いって言われてるし、依頼に困ることはないからな俺たちにとってはいい場所だ」

「それに、魔脈が多い割には大暴走スタンピードは起きる心配がほとんどないっていう点でもすごくいいから、赤いの早く消えなさい、この世から」

「理由と結論をつなげて喋れや!」


 基本的に魔物は魔素をエネルギーとして活動しているし、魔素によって生まれる生き物である。

 何かしらの原因で時折魔巣を出ていく魔物はいるが、基本魔巣から出ることはない。


 そんな魔物が魔巣を出ることなく冒険者に倒されることなく生き続け、魔巣で常に出てくる魔素が消化されないままでいると魔物が生まれ続ける。

 魔巣の規模を超えると、一気に魔物の行動習性が変わり、一定数の魔物の集団が魔巣から飛び出し、魔素を求めて大移動を始める。

 それは他の魔巣であったりするのだが、最も多い例は、人間の街にやってくるものである。

 人間も魔素を体内に含んでおり、その集団が生活しているとなれば魔物にとって格好のえさ場となる。その襲撃を大暴走スタンピードと呼んでいる。


 しかし、レイルの街は、魔素計と呼ばれる魔導具を魔巣付近に設置し、常に魔巣の魔素濃度を調べ続けているので、異常を察知すれば、すぐに冒険者を派遣することが出来るのである。

 これも冒険者ギルド支部長シキの功績であり、ひいてはカインのおかげの一つであるが、誰も知ることはない。


「お二人、今は食事中ですよ。お静かにどっかに行ってください」


 ずっと静かに、すらりとした『カイン好みのスタイル』で黒と白の混じった髪を二つ結びにした翠玉色の瞳で真横に居るカインを見つめながらココルは淡々と二人に言い放った。

 ココルも身体を得た以上役に立ちたいとカインの仕事を『一緒に』手伝っていた。


「ねえ、ココル、さんだっけ。貴女、とおっても仕事が出来るって聞いてるわよ。なら、カインさんから離れて一人で仕事してしね」

「私は、カイン様と一心同体なので離れることが出来ないのですよお前がしね」


 毎日のようにやりあう二人を見てカインは溜息を吐き、グレンは矛先が変わったので黙々とおむすびと言われるコメの塊をほおばった。


「カイン君、少しいいか」


 『あのたす』勢が気を使い、また、毎日のように繰り返されるココルシアの戦いに怯えていることもあり、とても周りが空いていたカインたちの元にこのギルドの支部長であるシキがやってくる。

 相変わらず、妖艶な身体に黒いギルド制服を身に纏い、紫の艶ある髪を纏めていて、彼女の全てが男を刺激しかねなかった。


「「贅肉が」」


 二人の美しい女性の美しく揃った汚い言葉を流しながら、カインは席を立ちシキに挨拶をする。


「ああ、いい。そのままで。少し話したいことがあってだな」


 と、シキが少し目を細めながら手に持っていた資料をカインに見せようとする。

シキは、基本的に他の職員でも出来そうな伝言なども自分から進んで行う。

 なので、職員は勿論、冒険者からも評判がいい。


(本当に、素晴らしい人だなあ)


 カインは尊敬のまなざしで説明をし始めるシキを見つめる。

 しかし、実際はそうではない。


(はい! 『カイン君に自然に話しかけられるようにする為に普段から他の冒険者にも話しかける作戦』大成功であります隊長! よくやったあああ! 今日は話しかけ大作戦大成功大感謝祭じゃああ! わーっしょいわーっしょい)


 シキの頭の中では『カイン君に自然に話しかけられるようにする為に普段から他の冒険者にも話しかける大作戦』大成功大感謝祭が開催されていた。


「〈減胸〉の術式プログラムを開発しようと思います」

「そういう毒ないかな。口移しでぶち込んでやるのに、しなばもろとも」


 ココルとシアは、シキの顔の下に存在する兵器を見て呟いた。


「あの女より少し増やした程度で満足するとは一生の不覚です……そう、あんなサイズどこにでもある有象無象胸ではありませんか」

「あら、カインじゃない?」


 ココルの言う有象無象胸をした、メエナがすぐそばにいた。


「メ、メエナ」

「久しぶりね、聞いたわよ。相変わらず、金にならないような『お手伝い』ばっかりしているんですってね」


 誰も許可したわけでないのに、カインのいるテーブルに同席し、頬杖をついてカインに笑いかけるメエナ。シアとココルが怒気をはらませた視線をメエナに送るが、メエナはものともせず話を続ける。


「なんだか怖いお姉さんとお知り合いなのね、カインは。でも、ダメよ。冒険者ランクもまだC級なんでしょ? そんな甲斐性無しじゃ捨てられるわよ、『また』」


 メエナは『また』の部分を強調してカインを揺さぶろうとした。最近パーティーでの活動が上手くいっていないことでメエナはカインの情けない顔を見て鬱憤を晴らしたかった。それに、周りの女たちが逆上して手を出せばそれはそれでカインの価値も女たちの評価も下げることが出来て万々歳だなどと考えていた。

 しかし、その思惑はあっけなくぶち壊される。


「カインは明日にでもA級だぞ」


 横でカインに資料を広げていたシキがそう言い放つ。


「は?」


 ついた頬杖からがくんとバランスを崩しよろけたメエナが呆気にとられる。


「な、な、なんでよ! コイツ『お手伝い』しかしてないんでしょう!?」

「非常に特殊例ではあるが、D級C級相当の指名依頼をこれだけこなすとギルド評価値が異常な程でな。『特例A級制度』の適用内となるんだ」


 基本的に冒険者の仕事は荒事である。魔物を倒したり、魔巣を攻略したりがメインとなる。なので、ランクごとの仕事は上がればどんどんと危険な魔物相手となるので、戦闘能力が低い冒険者はランクが上がることがない。

 しかし、依頼の中には、調査や輸送、研究協力や錬金術や魔工による製作依頼などがあり、それらで功績をあげた人物を評価するために特例A級制度が設けられた。


「そもそも領主さまの魔防布の術式設置速度からして魔工技師としては異常なレベルであったからな、ギルドとしては評価しないわけにはいかない」


 更に、ギルド職員内でも『あのたす』が多く、もっとカインを評価してあげたいという声が多く、特例A級制度によるランクアップが提案されたのである。


「今日はその話と、それに伴い特例A級の魔工技師であるカインとそこのソロA級二人にS級魔巣の調査依頼をしようと思っているのだ。話が長くなるから用がないのなら立ち去ってくれないか? B級冒険者メエナだったか」


 メエナは顔を真っ赤にして口をパクパクさせながら何か言い返せないか身体を震わせながら考えていた。


「特例A級とは流石我が主。今日はお祝いに私という抱き枕を差し上げましょうサッサと消えなさいB級」

「S級魔巣調査ね。B級よりもはるかに上のソロA級の私でもちょっと不安だけれど特例A級のカインさんもいるのなら安心ね。詳しい話を聞きましょううせろB級」

「馬鹿にしやがってえ……えぶ!」


 その言葉にメエナはヒステリックに叫び、飛びかかろうとしたが、それより早くグレンの足払いが入り、地面に転がる。


「メエナ」


 カインは地面に這いつくばるメエナを見て声をかけた。


「メエナが俺を捨ててくれたお陰で特例ではあるけれどA級になれたよ。それに、君よりももっと素敵なひとたちと一緒に居られることが出来た。ありがとう」


 カインはココルとシアの間に入り彼女たちの肩を抱きながら笑った。

 メエナは声にならない声をあげ、ギルドの酒場から飛び出していく。

 その姿を見ながらカインは何とも言えない感情に襲われた。


(俺はやっぱり善人ではないな。だって、一時は愛していた女があんなに醜い表情を浮かべているのに、うれしいんだから)


 その自分は受け入れるべきものだとカインは思っている。

 今、カインを突き動かすのは彼らを見返したいという思いだ。

 絶望の淵に居た自分を動かしてくれたのはこの思いだ。

 そして、先ほど自分が言ったように彼らに捨てられたから自分はこうなれた。

 ならば、どこまでも凄くなろう。俺のやり方で。


「カイン様……ちょっと超過熱不良オーバーヒートです」

「と、溶ける。溶けちゃう……」


 カインとしては苦楽を共にした仲間ならこうするという意味で肩を組み、「素敵な人たち」と言ったつもりであった。

 しかし、彼女たちにとっては、肩を抱くとは、『カインにされたいことランキング』上位の『強引に迫る』にジャンル分けされ、「素敵な女性ひとたち」と聞こえたのである。


「お前ら、絶対勘違いしてるだろ。あと、お前らさっきあの女煽って思いっきりぶん殴ろうとしたろ。やめとけ、カインさんの格が下がったらどうすんだ。足払うくらい程度で十分だろ」


 グレンはコメの塊を食べ終え、お茶をすすりながら横目でそう告げた。


「ありがとな、グレン。俺の為に」

「……うす。このくらい全然っす」


 カインに頭を撫でられグレンは相変わらず肌よりも真っ赤になっている。


「「しね」」

「せめて文脈に混ぜ込んで誤魔化すように言えやあ!」


 ちょっと過激な食後の運動を尻目に、そして、何か言いたそうなシキに気づかず、カインは調査依頼を受けたS級魔巣である古代遺跡【遺物の墓場アーティファクト・セメタリー】の資料に目を落とし始めた。

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