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レイルの街から南にあるB級魔巣【大蛇の森】を越えたところに存在する古代遺跡群の中で最も大きな魔巣である。
この古代遺跡群はつい最近起きた地震によって大地が動き、一部入り口らしきものが発見されたのが始まりだった。
その後、様々な施設の跡が発見され、重要度の順でランク分けがされている。
【遺物の墓場】と呼ばれる理由は、最初の調査の際に魔巣の中央に存在する広間で大量の壊れた遺物が発見されたことにある。遺物の用途が分からなかったため、どういう目的の場所か判断できず、現段階ではこの名で記録され、目下調査中とのこと。
カインは資料を読みながら溜息を吐く。
「何かお困りごとですか」
カインの仕事道具、
「お、お困りごと、というか、近くない?」「近くないです」
言い終わるや否やすぐ返すココル。
ココルは幼少のころからずっと使っていた魔工具なので、自分はカインと一心同体だという謎の主張をし続け、常に傍に居続けるのである。流石に、外ではカインの体裁も気にしてくれてか一定の距離をとってくれるが宿に戻るとほぼゼロ距離でついてくるのだ。
昨日も宿の裏にある川で洗濯物を洗おうとしたら一緒に付いてきて同じ洗濯物を一緒に洗おうとしてきたのだ。
下着を取り合う醜い二人に見かねてか宿の青年がひったくるように奪い取り、引き攣ったような笑顔を浮かべ、
『私が爆破、じゃなくて、洗濯して差し上げましょう。それはそれはもう、爆破……されたと思うくらい、臭いも何かも消し去ってやりましょう』
と、カインの下着が破れんばかり力強さで洗濯への強い思いを見せてくれた。なんと使命感に溢れた宿の人なんだろうとカインは感動した。
そして、その彼が一生懸命洗濯してくれたという服を今日は着ている。ちょっと、まだ匂うのだがあの青年が洗濯してくれたにも関わらず残っているということであり、自分はここまで臭いのかとカインは今朝から落ち込んでいたのだ。にも拘らず、ココルは遠慮なく近づいてくるので申し訳なさでいっぱいになる。
「近くないです。むしろ、まだ距離があります。もういっそ合体したいです」
「そう、いうことを言うのは、やめよう、ね」
カインは間近で真顔でとんでもないことを言うココルを真っ赤な顔で窘める。
ココルは、魔導具であり遺物であるので人間からしたらちょっと語弊がありそうな言葉を平気で使ってくる。
「で、カイン様。溜息の理由は?」
「うん、ココルが、近いから、ちょっと、緊張する」
そうですか、と顔を俯かせて少し離れるココルだったが、手はカインの服の裾を掴んだままだ。
カインは苦笑したが、小さい子供のようだとそれは許した。
「この、古代遺跡は、ココルの知っているところだったり、する?」
「いえ、私の所属ではないようです。そもそも今の私の所属はカインさまです」
「そもそも、ココルには、どのくらいの記憶があるの?」
「記憶は、ほとんどありませんね。虫食いのような状態です。なので、カイン様の記憶で埋め尽くされていますよ」
「えと、じゃあ、今の、ココルの知識は……」
「カイン様に与えられたものと、外部バックアップに蓄えさせた知識によるものです。なので、古代の知識というのはもうほとんど存在していません。なので、私の知識もカイン様で埋め尽くされていますねふふふ」
「あの、自律思考の術式は……」
「恐らく、になりますが、重要な術式にのみ、何かしら〈保存〉のような術式が存在し、付与されていたのではないかと思われます。ああ、私に保存の術式は要りません。カイン様と共に生きカイン様と共に朽ちます」
「それでも俺はココルに生きてほしいけどね。じゃあ、やっぱり、まっさらな状態での調査、かな」
「……あ、はい。そして、すみません。調査には私が行かない方が良いのではないかと推察されます」
「ど、どうして?」
「所属が違う遺物が侵入した場合に、何かしらのトラブルが起きる可能性があります。少なくとも、今回に関しては一度カイン様で調査され、何もなければ私も同行し、その違いを調べてみるのが得策かと」
「そ、そっか」
「同行出来ず残念ですか残念ですね。その分今ココル分を補充しておいていいんですよさあ」
ココル分とは。
カインは息継ぎなしで語られた謎の言葉に首を傾げたが、ココルは本当に有能だし、何より自分を心から認めてくれている。心強い存在なのだ。
彼女への信頼を見せることも必要なのかもしれないな、とカインは両腕を広げて待つココルを抱きしめた。
「いつもありがとう、ココル」
ココルに心からの感謝の言葉を告げる。
「……」
しかし、ココルからの返事はない。
しかも、身体は震え、熱くなっている。
しまった間違えたのか!
カインは慌てて身体を離し、ココルの様子を恐る恐る見た。
すると、無表情ではあるが顔を真っ赤にしたココルがそのまま固まっていた。
「こ、ココル……」
「少々お待ちください。
ココルが身体の熱を出すためか一生懸命息を吹いている。
その間、カインはそんな大変な状態にさせてしまうなんてとただただ汗をかいていた。
カインはメエナと恋人関係にあったが、実のところメエナに遊ばれていただけで、メエナがカインに対して真っ赤になった事など、先日の酒場で馬鹿にされ怒りに震えたあの時だけだったのだ。
その上、最近は『あの時助けてくれた〇〇です』の『あのたす』案件で、いろんな人のところに指名依頼でお手伝いに行っている。
そこで、おばあちゃんや子供たちが同じように腕を広げて近づいてきてくれる。最初はなんだか気恥ずかしくて遠慮していたのだが「感謝の印だよ」とニッコリと微笑みながら言われ、最近ようやく返すことが出来るようになった。そういう経緯もあり、カインは学習しココルに感謝のハグ出来たのだ。しかし、おばあちゃん方も子供たちもこんな反応をしなかった。
なので、カインはココルの反応が判別つかずただただおろおろしている。
そのうちに、ココルの顔も通常に戻り動きも滑らかになり始める。
カインは何と声をかけていいか分からず、ココルの前で唸る。
すると、ココルが無表情のまま再び両腕を上げ近づく。
「こ、ココル?」
「先ほどの超過熱不良の原因は判明しました。カイン様分がココル分を上回ったために起きたトラブルです。なので、均等にします。ココル分を上回らせるのでカイン様は動かないでください」
遺物にはそんなことがあるのか。と、カインは心のメモにしっかりと刻み込み、両腕を上げココルを待ち構えた。
その後、ココルは動かないカインに身体や頭をこすり付け、その後、散々見て、触り、嗅いだ。
こっちを嗅いだりしたらまたカイン分とかいうのが増えるのではなどとカインは考えていたが突如「あ!」と叫ぶ。
「どうされました?」
「あ、あの、臭くない?」
「確かに匂いはしますがカイン様の匂いですよ。これでごはん三杯いけます」
ココルは
そんなことを思いながら、とりあえず嫌ではないならよかった、とほっとした。
『ぃあ……ゅう、爆破……ろー!』
扉の外で何か叫び声と駆け抜ける音が聞こえたが大丈夫だろうか。
「ココル、爆破って、聞こえなかった?」
「まあ、確かにカイン様分が多すぎると超過熱不良で爆破してしまうかもしれません。なので、均等に保ちましょう。今回はこれで均等になりましたが、あのくそ雪女が『冷やしてあげるねうふ』とか言って許可なくカイン様に触ってくることが予想されますくそが。それによりすぐにバランスが崩れますので帰ってきたら一度まず真っ直ぐにこちらにお戻り下さい」
と、言われ、訳も分からぬまま頷き、何故かびしょびしょに濡れている廊下を歩き、何故か今日に限って受付にいないこの服を洗濯してくれたあの青年にお礼が言えないままなのを心残りに、カインは宿を後にした。