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第19話 親切おにいさんは魔法をつかいましたとさ

 日が高くなり始めた頃、カインたちは目的地S級魔巣ダンジョン【遺物の墓場】とレイルの街に挟まれたB級魔巣【大蛇の森】に入り始めた。


 【大蛇の森】はその名の通り、人を飲み込むほどの大型の蛇【川のようなリバースネイク】が多数現れる魔巣で、普通の人間であれば近道の為に使おうなどと露にも思わないところである。

 しかし、今回カインに同行しているのは、ソロA級冒険者二人である。リバースネイクは彼らの手を広げた位の太さで生えた木々の天辺に半身で届くくらいの高さがあるにも関わらず、数手で倒していく。


「赤いの、正面からデカいの一匹二〇秒後に接敵」

「もっと、早く言えや! 目潰すから上から狙え」

「足止めできずにカインさんに怪我させたら殺す」

「おう、絶対殺せ!」


 軽快なテンポで物騒なことを言い放つシアとグレンだったが、戦闘においてもその軽快さは変わらない。


「赤き炎よ、悪しき者貫く矢となり、天を駆けろ〈火炎のフレイムアロー〉!」


 シアの言う通り二〇秒後、こちらに到達したリバースネイクの頭はグレンと同じ高さがあり、弱らせて食おうととてつもない勢いで頭を突き出してきた。

 しかし、それが届くより早くグレンが詠唱し放った火魔法が戸惑うリバースネイクの目を貫きそのまま胴体を突き抜け、濁流の如く襲い掛かろうとしていた蛇は後ろに飛ばされそうになる。


「永遠に眠ってなさい」


 リバースネイクの頭上から凛とした声が響く。

 自身の起こした吹雪の勢いで天高く浮かんだシアは、手に持った魔導剣に吹雪の魔法を凝縮させて生み出した大きな氷柱と共に落下する。

 ずどんという音が響き、頭に大きな氷の刃が刺さったリバースネイクが静かになる。


「流石、だね」

「何言ってんだよ、カインさん。リバースネイクが飛び出してきた瞬間急に勢いが落ちた感じがした。あれ、カインさんだろ?」

「あ、ああ、うん。罠魔法を仕掛けてみた」


 カインの持つ鍵盤は、魔導具への術式設置の応用で、戦闘中に術式を魔法陣として設置し魔法を生み出すことが出来る。

 勿論、威力は本家魔法使いよりも劣るので、援護や罠としての使用が多くなる。

 今回は、土魔法を設置して、岩の突起を下から生み出した。リバースネイクにはダメージが与えられなかったようだがそれでも勢いを殺すくらいは出来た。


「タイミングもばっちりだった。流石カインさん」

「そうよ。A級の戦いにタイミング合わせての術式設置できる人間なんて少ないわよ」


 シアは、自分の身体についた霜のようなものを払いながら、カインに近づいてくる。


「シア、どうだった? 腕輪は」

「ばっちり。今までなら全力の〈地を抜く氷柱アイススピア〉なんて放ったら、半身が凍ってたわ」

「ち。そんだけ強大な魔法を無詠唱で打てるのにカインさんのお陰でリスク軽減されたら、必死で詠唱してるこっちが馬鹿らしくなるな」


 グレンは自身の魔法が気に入らないらしく悪態を吐きながらこっちに戻ってくる。

 グレンが使うのは詠唱式魔法。ある程度決まった文句を詠唱することで魔法が発動する。一方、カインが魔導具を用いて使うのは設置式魔法である。

 主な違いは、詠唱式は、使用者の状態や感情によって大きく威力が変わってくるが、設置式は魔法陣や術式等正確に描けばほぼ決まった威力の魔法が使える。魔導具は詠唱が行えないというのもありカインは詠唱式よりも設置式を得意としている。


 そして、シアが使うのは精霊魔法の一種である。精霊魔法は精霊の力を借りることで魔法を発動させるもので、強大ではあるがその分リスクが大きい。大半は精霊にとっての食料と言える魔力を大量に与えることだが、シアの吹雪魔法の場合は、『自身の身体が魔法の影響で凍結すること』だった。


 シアは第二王女ではあったがホワイトスノー王家の血統が継ぐことの出来る吹雪魔法の使い手であり、次の王となるのはシアと言われていた。しかし、王妃がシアの能力や美しさに嫉妬し、暗殺を謀り続けた。それにより、シアは【毒喰姫】と呼ばれる毒への耐性を手に入れる。毒殺が難しいと考えた王妃は、『白林檎』と呼ばれる実をシアに食べさせる。


 それは、異常な程魔力を高めるという一瞬聞くと良い物のように思えるが、調節が一切利かない程の威力となる為、禁忌の実とされていた。

 シアはそれを食べさせられたことにより吹雪の魔力を暴発させ凍ったまま眠りについた。


 その後、偶然訪れた親切な冒険者によりシアは助けられ、身を守る術として〈保温〉の腕輪を贈られ、その冒険者に憧れを抱くようになる。

 そして、冒険者を目指した彼女は、唯一無二の吹雪の精霊魔法によって一気にソロA級まで上り詰めたのであった。


「そういえば、あの時はカインさん、あの女の足元に火魔法を設置して……あの女必死に踊るみたいに熱がって、傑作だったわあ」

「あ、ああでもして、お茶、を、濁さないとシア、が、殺しちゃいそうだったから」

「ほんと、絶妙なタイミングで、これが欲しいってものをカインさんはくれるのよ」


 その言葉には、人を信じることが怖くなったシアの手を、温かい手で迷わず握り、『困った時、は、いつでも呼んで欲しい。力になるから」と言われて恋をするという彼女にとって最高の思い出が理由なのだがカインは気づくことがない。


「案外『人助け』のせいかもしれないな」


 グレンがそう零すとカインは驚いたように目を見開いた。


「え?」

「だってさ、カインさんは人助けの中身を選んできたわけじゃねえだろ。いろんな人の色んな困ったことを解決してきたわけだ。そんな経験手に入れてきた冒険者、世界中探しても多分いねえよ。それってすげえことだと俺は思うぜ」

「そうか……そうかもしれないな。そうか、俺がやってきたことは無駄じゃなかったのかもしれない。……はは、ありがとう、グレン」

「あ、お……うす」

「ほんっと最悪のタイミングでほしいもの奪っていくわね、赤いの蛇に呑まれちゃえばいいのに」

「絶対吞まれてやらねえ! にしても、手応えねえなあ。こんな森さっさと抜けようぜ」

「静かに」


 シアが氷の微笑みから打って変わって真剣な表情で声を潜め命令する。全員がその瞬間口を噤み、外に意識を集中させる。


「向こうで戦闘音。どうする?」

「た、助けに行こう」

「まあ、カインさんならそう言うだろうな」


 『あの時助けてくれた〇〇です』『あのたす』がこれまでカインを助けてくれたことは間違いないし、カインは今まで助けるのを途中で諦めたことはなかった。

 しかし、今回ばかりは諦めるかもしれない。カインは心の中でそうつぶやいた。


 目の前に広がるのは、カインを追放した【輝く炎】の面々が、カインを完全に否定したティナスが、恋人でありながら自分を捨てたメエナが、そんな愛する人を奪いカインを追放したバリィが、リバースネイクに苦戦し助けを求めていたからだ。

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