「カイン、お前を追放する」
「え……」
カインは突然告げられた言葉に驚いていた。
理由は分かる。けれど、それでもという表情で俺に迫る。
「り、理由を、教えて、くれ。な、直せるところがあれば……」
「直す」その言葉すら待たずに、パーティーのリーダーである俺は大きな声で伝える。
「ステータスが低い! それ以上の理由があるかよ!」
カインはこのパーティー【輝く炎】の中で飛び抜けてステータスが低かった。
カインはそれでも、なんとかここに居させてもらえないか縋るような目で俺を見る。
ぞくぞくする。お前は、弱い。俺は、強いんだ。
俺は意地の悪い笑みを浮かべていただろう。そして、隣にいたもう一人の前衛、ティナスが紙の束に目を落としながら代わりに言い放つ。
「それに、お前はウチの
カインは根っからのお人よしであった。困っている人がいれば手を差し伸べずにはいられない。
俺にとっては目障りでしかなかった。手を差し伸べたくらいで感謝されるカインが、力もないくせに、弱いくせに、弱者に尊敬のまなざしで見られるヤツが、俺の心を苛つかせた。
ティナスは徹底した数字主義。ステータスが高い者が絶対なのだ。つまり、俺こそが絶対なんだ。
「う……そ、そうだ。メエナ、君はどう思う?」
カインは、
メエナはカインと恋人同士だった。恋人だったメエナも一緒に反対してくれるだろう。そう思っていたんだろう。間抜けが。
「カイン……元気でね。さようなら」
カインは何を言われたか理解が出来なかったようだ。そして、理解するよりも早くメエナの視線が俺に注がれる。その目は俺に夢中な目。そして、俺はそのメエナの視線を受け止めてやる。そこでカインは漸く理解が出来たのだ。
メエナが俺に奪われていることを。
「う、うあ、あ、ああああああああああ!」
そこから先は滑稽で仕方なかった。口下手で感情表現が苦手なカインがわんわん叫びながら俺に飛びついた。しかし、力は俺のほうが圧倒的に上だ。笑いが込み上げる。
「はっはっは! どうした!? 狂ったかカイン!」
「カイン最低! やめなさいよ!」
「呆れたな、お前如き低ステータス者が俺たちに勝てるものか」
カイン! カイン! カイン!
カインは我武者羅に俺にしがみ付く。
しかし、ステータスの違いは明らか、俺はいとも簡単にカインを引っぺがし、床に叩きつける。
その後は最高だった。カインをサンドバッグにし、メエナとの甘い会話を見せつけ、二人で散々笑ってやった。
そして、徹底的に痛めつけたカインを、俺は宿屋の外に放り出す。
カインはもうこっちを見ることはなかった。
「あばよ、『万人の勇者気取りの』どっかの誰かさん」
俺『が』カインを追放した。最高の気分だった。
バリィはぼんやりとカインを追放した時の事を思いだしながら、自分たちが苦戦したリバースネイクをたった一人で倒したカインを見ていた。
(誰だ……アイツは……)
汗と血と泥が混じったのが目に入り、首を振る。
(嘘だ……嘘だ……嘘だ)
目がかすみ、ぼんやりにしか今は見えないがアイツは笑っていた。
ソロA級の赤鬼がカインに近寄り、カインはこちらに少し視線を送った後、背を向けて赤鬼に応えていた。
(お前は……)
「お、前は……」
バリィはぐちゃぐちゃな感情をそのままに口に出そうとしていた。
が、それよりも早く横から風が走る。ティナスだ。
槍を構え、静かにカインの元に駆ける。そして、ティナスの槍を低く構え、カインの頭を目掛けて突き刺した。
『前に』
何処からかシアの声がし、その声に押されたようにカインが前方に退避する。
手ごたえ無く空を斬った槍に舌打ちをしながら、ティナスは槍を構え直し二撃目を放とうとする。しかし、ティナスは留まる。いや、留められた。
両足が氷によって地面にくっつけられていたのだ。
『助けてくれた同業者を不意打ちとは救えないわね』
再びシアの声。眉間に皺を深く刻みティナスは苛立ちを込め足元の氷に思いっきり槍を突き刺す。
「ティナス、冒険者同士の戦闘は、ギルドに、禁止されてる、はず、だよ」
「五月蠅い! 忌々しい! 忌々しい! 俺様の邪魔をするな! 低ステータス者のお前が!」
「てめえ、カインさんを殺そうとしたよな、今」
「それがどうした! そいつは低ステータス者、殺したところで何も問題ないだろうが!」
「……炎よ、小さな太陽よ、万物を裁く一筋の光となり、穿て〈一筋の救い《レッドレイ》〉」
グレンの指先から放たれた赤い一筋の光が槍の刃の部分を溶かし、そのままティナスの肩を貫いた。
「あが、ああ! あああああ! お前お前お前ぇえええ!!!」
ティナスが恐ろしい形相で叫んでいた。こんな小柄な身体からどうやって出るのかという大声でカインを責めたティナスを見ながらバリィは
(ティナス……コイツ、こんな顔してたんだな)
と、何処か自分だけ違う世界にいるような気持ちでこの場に立っていた。
「ああ! あああああああああああ!」
ティナスは狂ったように叫びながら溶けた槍で足元の氷を突き続け砕こうとする。
「どこだ! 【白雪鬼】! 出て来い! この氷をやめろ!」
ティナスは森を見渡しながら、叫び散らした。
「もう出てるわよ。氷はやめはしないけど」
シアの声が、不穏な術式を刻もうとしていたメエナの背後から聞こえた。
「ひ! いつの間に!?」
「あなた、今、よくない何かをしようとしたわね。あなたにも罰を与えないと」
シアがメエナの頬に軽く唇を当てる。
「な、に、を……あ、きゃああああああ!」
その瞬間、メエナの半身が薄い氷に覆われる。
「な、何よ……あんたいつの間に、ここに」
「ずっといたわよ。あなた達が悪さをしないか見張っていたの」
メエナは、視界の端にシアをそして、その奥に二匹の氷漬けにされたリバースネイクを捉えて言った。
「で、でも、あんたの声はカインたちの方から」
「これよ」
メエナの問いかけに応えながら、右手に持っていた魔法石で作られた四角い魔導具を見せる。
「スマートマホーン。通話用魔導具。流石レイル支部ね。最先端の魔導具を実験的に渡してくれるなんて」
「そ、そんなもの、私たちには」
「ああ、ごめんなさいね。これ、A級以上にしか渡してないらしいの」
シアは静かに冷たく微笑みながらメエナを見て目を細める。
「そして、あなたたちが聞いていた私の声は」
「ここ、からだよ」
カインが胸ポケットから同じものを取り出す。
『あなたたちなら何か良くないことをしそうじゃない? だから、私は遠くから状況を見ながらカインさんに情報を流していたわけ』
あえて、スマートマホーンを通じてカインの手元から声を送るシア。
くぐもった声の端々にカインを襲おうとしたことに対する怒りが込められている。
「カインが、A級だと……」
バリィは、ひとり呟く。しかし、その言葉はティナスによってかき消される。
「何がA級だ! カインがそんなわけあるか! 来いカイン! お前のすべてを俺が否定してやる!」
「なんだコイツ、さっきから急に。クスリでもやってんのか?」
暴れるティナスを見下ろしながらグレンは手に魔力を込め、一撃腹に喰らわせる。
「ぐぶ……!」
「話が進まねえから、ちょっと黙れ。もう十分だろ。支部長さんよ」
『そうだな』
再びくぐもった声。しかし、それはシアの声ではない。
ここにいるはずのないレイルの冒険者ギルド支部長、シキの声だった。
グレンが懐からスマートマホーンを取り出す。
「知らなかったか? 俺もA級なんだよ」
グレンが口を歪ませながら告げる。
『聞こえているな、【輝く炎】の面々。冒険者同士の戦闘は特別な事情を除き、厳禁とされている。先ほどのティナスの言葉はしっかりと証拠としてこの耳に入れさせてもらった』
カインたちが朝、冒険者ギルドを出る時、ギルド職員に支えられたシキがA級に実験的に配布しているスマートマホーンを渡してきた。
そして、【輝く炎】がギルドへの申請や報告を怠りながら【大蛇の森】に入っているらしいこと、申請せず入っている為遭遇の可能性もあること、彼らの素行がギルド内で問題視されていること、場合によっては妨害行為等してくるかもしれない為注意すること、いろいろと説明してくれた。
『なら、この辺で膿をしっかり出しておきませんか』
にっこりと氷の微笑を浮かべシアはそう言った。
そして、今も同様の微笑みを浮かべ、メエナを捕まえている。
ティナスが呻きながら、メエナが悲痛な声をあげ、バリィが信じられないという表情でシキの次の言葉を待つ。
『……B級パーティー【輝く炎】。今回の事をギルドでは重大な問題ととらえた。よって、D級への降格、及び、一か月の謹慎だ。そして、今回の一連の行動について戻り次第じっくりと聞かせてもらう。ああ、あともう一つ。これは冒険者の先輩として。』
そこで言葉を区切り、スマートマホーン越しながら、とてつもない圧を込めて一言言い放つ。
『恥を知れ』
この日以降、レイル支部で【輝く炎】の活躍を聞くことはなかった。