カインは自分の身長よりも頭を持つほどの巨大なリバースネイクから目を離さないまま、左腕に付けた
魔導具への術式設置時は鍵盤を自分の目の前に置き両手で使用するが、戦闘時にはこのように腕に付けて戦うのが一般的な魔工技師である。
(一人で戦うのは久しぶりだな)
カインは意外にも呑気にそんなことを考えていた。
それを察してかリバースネイクが少し揺らめくように見えたかと思うとカインに向かって頭を伸ばし、頭突きを狙う。
「〈
カインは鍵盤を叩き予め記録させた術式を展開させる。
身体を少しずらし、鍵盤を面にしてリバースネイクの頭に向けると、間に生まれた茶色い光によってずるりと滑り、リバースネイクの頭があらぬ方向に飛んでいき、大きな木に頭をぶつけた。一方、カインは態勢こそしっかりしているものの足元には同じ茶色い光が生まれており、それを踏んでいることによって大きくスライドして下がっていく。
『いいか、坊主。魔工技師だって戦わなきゃいけない時がある。そん時には、鍵盤に記録してある術式で戦わなきゃいけねえ。けど、鍵盤で出来る魔法なんて簡易の魔法ばっかりだ。じゃあ、どうするか。俺たちは戦士じゃねえ、魔法使いじゃねえ。魔工技師だ。魔工技師として戦え』
カインの脳裏に、幼い頃自分に魔工技師のイロハを教えてくれた煙草臭い男の記憶がよみがえる。カインは、リバースネイクが頭をぶつけ、よろめいているのを確認すると、即座に蛇に向かって駆け出した。
『頭使え。フル回転させろ。俺らは頭使ってナンボだ』
リバースネイクは巨体故、体重も重く、自分で岩や木に頭をぶつけさせれば気絶することも多い。資料に書いてあった通りだとカインは心の中で冒険者たちに感謝した。
『使える魔法、術式は大したことねえ。でも、俺たちは知ってる。それらを繋げば、いくらでもすげえことが出来るって』
リバースネイクの左横腹に〈
『頭を回せ、策を繋げろ、何より諦めるな、失敗を恐れるな、鍵盤叩いてみなきゃあただそのままくたばるだけだ。動け!』
リバースネイクの頭左側面に辿り着く。その瞬間、頭とは反対方向森の奥から風が吹く。
リバースネイクの尻尾だ。左側を駆け抜ける敵の存在を仕留める一撃を揺れる頭でリバースネイクは狙っていた。
大きな尻尾から放たれた一撃は、空気が響くほどの轟音を立てて命中した。
揺れる頭と霧で視認は出来ないが手応えはあったとリバースネイクは感じていた。
熱く固い何かがガラガラと崩れていく感触にグエッグエと嗤う。
「こっち」
リバースネイクは反射的に叫んでいた。聞こえるはずのない右側から声がしたのだ。
「……! ゲギャアアアアア!」
少しずつ晴れる霧の中から現れたのは身体を震わせている黒髪の小さな人間だった。
緑の光をぼんやりと纏わせた左腕をこちらに向けているのがリバースネイクの瞳に映った。
「最大出力〈風の如く駆ける
リバースネイクの瞳に次に映ったのは緑の光を纏いこちらに向かってくる鋭い石の針。
そして、その瞳には何も見えなくなった。
「うまく、いって、よかった」
カインは大きく息を吐いた。
対リバースネイクの肝は三つだった。
一つ目は、必ず最初の頭突きを躱し、出来れば木や岩に衝突させること。
二つ目は、頭突きを封じた後の尻尾対策だった。冒険者資料によると、リバースネイクの基本攻撃は、頭突き、巻き付き、尻尾。巻き付きは最悪〈
そこで、三つ目、リバースネイクは熱を感知しているということ。
途中までカインは間違いなくリバースネイクの左側を駆けながら毒を浴びせていた。
しかし、途中、〈
その隙に自身の服に〈
そして、霧が晴れるまで静かにじっと耐え、霧が晴れ互いに目が見えた瞬間、最大出力での攻撃を目から頭に向けて放った。
これで決まらなければ、浴びせた毒による持久戦のつもりだった。しかし、そうはならず、カインの目の前には右目から紫の血を流し動かなくなったリバースネイクの姿があった。
カインの使った魔法や術式は〈火〉〈水〉〈土〉〈闇〉〈風〉の基本術式を組み合わせた初歩的なものばかりである。けれど、カインは知っていた。いや、教えられた。
『俺たちは魔工技師だ。それらを繋げば』
カインは今回も『師匠』に助けられたと心の中で感謝の言葉を浮かべた。
『師匠』にこの思いは届いていないだろう。届いたとしても『うるせえ』とか言われるに違いない。
『カインさん』
代わりに、シアの声が聞こえた。
『すごかったですよ』
そう、凄いのだ。
ウチの師匠は。
冒険者達の残した知恵は。
魔工技師は。
正しい冒険者は。
繋ぐということは。
それを認めてもらえた気がして、カインは笑った。