「むう……」
白と黒の混じった珍しい髪がゆっくりと沈む。
声はその髪の持ち主から発せられたものだ。
すらりとしたスタイル、絹のような肌、物憂げな翠玉色の瞳。
ここに誰かいれば、その彫像のような美しさに見惚れていただろう。
幸いにも、ここには彼女一人しかいない。
そして、彼女は誰かを相手する余裕など今ない。
彼女の名はココル。
一部の人間にしか知られていないが【
見たもの聞いたものすべてを記憶し、また、魔導具と呼ばれる魔法を使って色んな効果を生み出す道具を人間離れした能力で作り出す、正に奇跡の存在と言っていい彼女なのだ。
彼女自身も出来ないことなどほとんどないと考えていた。
しかし、あった。あったのである。
それは彼女の目の前にある組紐のブレスレットだ。
主であるカインが、助けたおばあさんからお礼に貰ったブレスレットを付けていると知り、ココルは嫉妬した。いや、嫉妬に近い感情が生まれた。
(人としての感情など道具の私にはないはず。あくまで
ココルは人間ではない。
その事実は、ココルに『寂しいという感情にふさわしい言動』を誘った。
そして、術式であると再認識し、目の前の組紐と向かい合う。
完璧な組紐のブレスレットがそこにはあった。
話を聞いてすぐにおばあさんを探し出し作り方を聞いた。
そして、その後、材料を購入し、宿に戻り、作り始めた。
右腕が裂け、金属製の触手が何本も現れ、高速で動き糸を紡いだ。
数分で出来上がったその見事な組紐のブレスレットを見てココルは思った。
「違う」
声に出ていたことに自分でも不可解になる。
何故声を出していた?
いや、それよりも何が違うのだろうか。
「なるほど。何か可愛げがないのかもしれませんね」
完璧すぎる女はモテない。
街で異性に好かれる方法を探していた時に得た有力な情報であった。
完璧すぎる組紐のブレスレットもまたモテないのだろう。
では、あえて、失敗した風に作る?
それは不可能ではない。しかし、それが良いとは思えない。
ココルの知識をもってしても今すべき最善の方法を見いだせなかった。
そこでココルは、教えてくれたおばあさんの元を訪れた。
おばあさんは待ち合わせをしているようだった。
「おや、あんたはこないだの」
「おばあさん、これを見てどう思いますか」
ココルは自分の作った組紐を見せた。
「あら、これは見事な組紐だね。すごく整ってる。でも、あなたはこれがつくりたかったわけではないみたいね」
「これは、違うと思うのです」
「何が、違うのかしら」
「何が違う……」
「じゃあ、何と、違うのかしら」
何と違うのか。
そういわれてココルの頭に浮かんだのはカインだった。
カイン様と、違う。
「これを差し上げたい人と、違うと思います」
「じゃあ、その差し上げたい人をもっと思い浮かべてつくってみなさいな」
ココルは理解が出来なかった。
ただ、そうしてみようと、いや、そうしてみたいと思った。
宿に戻り、ココルは一本一本の糸を選ぶところからカインのことを思い浮かべながら選んだ。
すると、見事なくらい太さも色もバラバラなものを選んでしまった。
(しまった。間違……)
いや、間違えていないのかもしれない。
カイン様は……。
ココルはそれらの糸を使って、作ってみることにした。
カインとの記憶を思い起こしながら作っていく。
泣きながら魔導具を作るカイン。
慌てて飛び出していくカイン。
うまくいったと不器用に笑うカイン。
ありがとうと優しい顔で自分を見つめるカイン。
ふと、ココルは作っている途中で、違ういとを入れたくなった。
緑の糸。
(私の瞳の、色)
ココルはなんだかわからない感情のような正体不明の術式に動かされながら、迷いつつその色を入れた。
出来上がったのは、不思議な組紐だった。
色もばらばら、配置も美しいとは言えない。
けれど、ココルはとても大切なものを作れた気がした。
(緑に、気付いてくれるかな)
ここに誰かいれば、その姿に見惚れていただろう。
無表情であるにもかかわらず、何故か甘酸っぱい思いを想起させるその姿に。
幸いにも、ここには彼女一人しかいない。
そして、彼女は誰かを相手する余裕など今ない。
彼女が相手したい人物など、この世界で一人しかいないのだから。