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二部4話 せっかちおにいさんは大きなへびに出会いましたとさ

 タルトは、目の前にいるカインと名乗った男を見つめていた。

 亀人族のタルトは小柄で幼くは見えるが、出るところは出ているし、目鼻立ちもはっきりしている。特に、ふんわりとした髪の色と同じ栗色の目はくりっと大きく、可愛らしさを強調させた。そんな大きな目で見つめられたのでカインは顔を真っ赤にして俯く。

 そして、何より「助けさせてください」という言い方は格好つけすぎなのではないだろうかとカインは自分の言った言葉を後悔し始めていた。

 カインが両手で顔を覆おうと、タルトは大きな声で叫んだ。


「あのたす……!」

「あのたす?」

「……げほげほ! あの! 助けてください!」

「あ、うん、勿論」


(違った。恥ずかしい間違いをして……俺はよっぽど気に入っているんだな)


 『あのたす』。

 それはレイルの街でカインを表すような言葉となっている。

 カインは根っからのお人好しで、今までも多くの人を手伝ってきた。普通の冒険者ならやらないような小さなことまで気にせずに、それで、冒険者ギルドにカインへの指名依頼がよくやってくる。


『あの時助けてもらった〇〇なんだが、指名依頼をしたい』


 レイルの街ではこれでカインへの指名だと通じてしまう。そして、とうとう省略されて『あのたす』という単語で通用するようになってしまった。そこで、カインの仲間の一人が、『カインさんはあのたすの勇者だな』なんてことを言われてカインも嬉しくなってしまっていたのだ。


(勇者だなんて、恐れ多い。勇者って言うのは本当に大変だもんな)


 カインは最近自分が天狗になっているのではと自分を戒めた。

 そんなカインを見て、タルトはただただ首を傾げるばかりだった。


「てっ、めえ! やってくれたなあ!」


 魔法筒マジックチューブに刻まれた〈火炎〉によって炎を浴びた【一陣の風】であったが、多少のダメージは与えたものの、倒れるまでとはいかなかった。ファストが身体を焦がしながらこちらを睨んでいる。


「今ならおあいこで済ませよう。だから、帰った方がいい」


 カインは静かに語り掛ける。


「ふざけないでよ! そっちが攻撃しておいて、こっちに帰れですって! せめて、お詫びの一つでも貰わなきゃ割に合わないわよ!」


 タルトは顔を顰める。

 アリーが無茶を言っている。そもそも、攻撃を始めたのは向こうなのだ。カインの〈潤滑〉によってこちらはダメージを受けていないが、非は向こうにしかない。


「君たち、C級冒険者だよね。早く帰った方がいい」


 それでも、カインは静かに説得を試みる。


「はっはっは! だからどうしたんだい? キミのような弱そうな冒険者が先ほどの不意打ち以外で僕たちを攻撃できるとでも?」


 ラピドは口では笑ってはいるが、目は赤く血走っており、今にもこちらに突っ込んできそうな勢いだ。タルトは、その様子に思わず尻込みしてしまう。

 カインはそんなタルトを庇う様に前に出る。


「あ、あの……」「大丈夫だから」


 カインは屈託のない笑顔を浮かべタルトを落ち着かせる。そして、顔を引き締め直すと、【一陣の風】の方に向き直り、再び口を開く。


「攻撃するのは俺じゃない、よ。蛇に気を付けたほうがいい」

「へ、び? まさか!」


 アリーがいち早くその音に気付く。地を這う独特の音。しかも、大きな何か。


「気を付けて! 右! 川のようなリバースネイクよ!」


 アリーの声で【一陣の風】は右を向く。彼らの身長と同じくらいの大きさがある蛇の頭が突っ込んでくる。一番右側に居たファストが剣を前に構え防御する。それでも耐えきれず後ろに飛ぶ。その様子を見て、アリー、ラピドも下がる。


「ち! ずいぶん、早くこちらに気付いたじゃあないか」


 ラピドが顔を歪ませながら悪態をついている。

 リバースネイクは、火の魔素マナを好む性質がある。なので、先ほどの〈火炎〉の魔法筒が発動した時点でこの位は『しっかりした冒険者』なら想像がつくのだが、彼らはそうではなかったらしい。リバースネイクの性質や強さを理解していなかった。

 だからこそ、無謀にもファストとラピドはリバースネイクに襲い掛かった。


「ああああああああああああ!」

「貰った!」


 正面からの攻撃を避け左右に分かれての攻撃。選択肢としては正しい。

 しかし、それはリバースネイクを斬ることが出来る力があればの話である。二人の頭の付け根を狙った攻撃はリバースネイクの固い鱗に阻まれ傷一つ付けることが出来なかった。そして、あっけにとられているうちに揺らす程度に左に振った頭がぶつかったラピドは吹っ飛び、そのテイクバックからの頭突きでファストは構えた左手をぐちゃぐちゃにされた。


「が……!」

「あぎゃああああ! あ、はあ……はあ!」


 【一陣の風】はマシラウの街では異例のスピード昇格をしたパーティーであった。理由はその名の通りスピードが段違いだったからだ。討伐依頼クエストではどのパーティーよりも早く魔物を狩り帰ってきた。それによってマシラウで最も早くC級に上がったパーティーとして皆から褒め称えられた。

 しかし、それが今の結果に繋がる。【一陣の風】はD級まで自分たちのスピードを活かし早さが必要な討伐依頼のみでのし上がってきた。しかし、C級からはスピードだけでは乗り切れないものとなってくる。それを理解しないままB級のリバースネイクに挑戦した結果がこれだった。アリーに至っては、戦意喪失したのか座り込んでしまっている。


「く……おい! お前! お前もこのままじゃやられるぞ! 俺達に力を貸せ! 一緒に倒すぞ」


 ファストは潰れた腕を抱えながらカインに向かって叫んだ。

 『カインを囮にして逃げる』ファストの判断は早かった。他の二人もそれを理解したのか頷いている。

 タルトも元パーティー故に彼らのやろうとしていることが分かり、眉間に皺を寄せて叫ぼうとした。が、やはりカインに止められる。


「分かった。じゃあ、こっちで倒す、から、もう帰ってくれないか」

「はあ?」


 ファストは、カインの言っていることが理解できなかった。

 倒す? 【一陣の風】があっさりやられたこの魔物を?

 先程まで囮にしようとしていたにも関わらず、ファストは苛立ちの余り叫んでいた。


「なんとかなるわけねえだろ! やれるもんならやってみろ!」

「分かった。じゃあ、一緒に頑張ろう、ね」

「ほえ?」


 カインはタルトを見て微笑んでいた。

 タルトはカインを見て苦笑っていた。

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