(助けさせてもらえませんか?)
タルトの目の前にいる黒髪の男はそう言った。
(助ける? 私を? なんで? なんのために? 助けれくれるの? 助けて)
タルトはよくわからないぐちゃぐちゃの感情にぐちゃぐちゃにされ泣いた。
「あ、あの、大丈夫、ですか……?」
男はおろおろとしながらも、その場を離れようとせず、タルトに言葉をかけ続けた。
「あ、あの……助けてください。助けて、もらえますか?」
タルトは、そう言っていた。何度も助けてと言われ断られ、笑われ、誰も助けてくれなかった。だけど、この人なら……と思ったのだ。
男は、その言葉を聞くと急に落ち着き、ゆっくりと微笑んだ。
「はい」
それは、ラピドの貼りついたような笑顔ではなく、心からの。
その笑顔に嬉しさが溢れる。だけど、溢れる感情が心を不安定にさせ、言うべきでない言葉をタルトは思わず吐き出してしまう。
「なんで……! 助けて、下さいって言って……迷惑かけてるのに……わらえ、笑えるんですか」
タルトは溢れる感情をコントロールできず、まとまらないままに尋ねた。
「なんで……? なんで、です、かね?」
男は眉間に小さく皺を寄せ、首を傾げ、考え込んだ。
首を傾げて考え始めた男にタルトは呆気にとられながら見ていたが、少しして、「あ」と男は声を上げた。
「俺も、人に助けられたことがあって、やさしくてうれしくて、それをやりたい、んです。あの時助けてくれた感謝を込めて、誰かを」
もし、叶うなら。ここで助けられ、生きて帰ることが出来たなら。
私も絶対に誰かの力になろう。
勿論、この人の力にも。
タルトは心からそう思った。
そして、その男に感謝を告げようと顔を向けると、そのタルトの思いを踏みつぶすかのように絶望が目に入った。
「おい、他の冒険者がいるぞ、どうする」
「ここまで来たのよ。もう手ぶらで帰るなんてイヤよ」
「ああ、それに、タルトも大概弱そうだが、あの男も、きっと迷子か何かだろう、すごく弱そうだ」
【一陣の風】がこちらを見つめて相談している。
「それもそうか。じゃあ、絶対にここでケリをつけるぞ」
「「了解」」
タルトは、三人が近づいてくるのを確認すると、大きく息を吸い込み、男に告げた。
「あいつらは、私を狙っているんです。力で言う事を聞かせられると思っている人たちなんです。だけど、私が捕まれば、あなたは追われません。此処から立ち去ってください」
タルトはそう告げると男の前に出た。
「わ、私が相手です!」
タルトが大声で宣言すると、三人はより一層大きくイヤらしく嗤い近づいてくる。そして、三メートルほどの距離まで近づくと地面を蹴り一気に飛び込んできた。
タルトは、防御力には自信があった。カウンター狙いの一撃ならもしかしたら。
タルトは隠し持っていた魔導具〈火炎〉の魔法が刻まれた
が、その魔法筒を取り出した右手に痛みが走る。針だ。魔法筒を落としてしまう。
前を見ると、ラピドが笑っている。
どこまでもイヤらしい男だ。そうタルトは思いながら、諦めの表情を浮かべた。
大きく振りかぶる三人。目を閉じるタルト。そこに声が掛かる。
「あきらめずに、がんば、ろう」
男は去ることなく、タルトの背中をぽんと叩いた。
すると、タルトの身体が一気に前に進む。男もいつの間にかタルトの左手を持っていたので一緒に進む。
「ほ、ぎゃああああああああ!」
タルトは突然自分の身体が前に、いや、ラピド達の方に進み始めて悲鳴を上げる。
それに気づき慌てて武器を振る三人だが、タルトたちの全身を包む茶色の魔力によってうまく当てられず、つるりと滑らせてしまう。どうやら、タルトたちが滑るように前に進んだのもこの魔力のせいらしい。
「
驚くタルトに、男はぼそっとそう告げて、小さく微笑む。
「お前、何者だ! 今何をした!」
ラピドが今の一撃で仕留められず無様にこけてしまったようで、地面に手をついて目を真っ赤に血走らせて怒っている。
「あの、それより、足元のそれ」
男にそう告げられ、三人が足元を見ると、赤く点滅する魔法筒が、大きく光った次の瞬間にふっと光が消え静かになる。
そして。
大きな音を立てて火柱があがる。
「ああああああああああああ!」
三人は悲鳴をあげながらのたうち回った。
(さっきのは初級魔法〈潤滑〉、あれは私の魔法筒、それだけでラピドたちを)
「す、すごい……あの、あなたは、一体?」
驚くタルトが尋ねると、男は少し頬を赤らめて答えた。
「俺、は……カイン。レイルの街の冒険者、魔工技師の、カイン、です」