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二部6話 のんびり亀さんはひとつひとつ丁寧につみあげていきましたとさ

 君はトロくなんかない。物凄く早い。頭の回転が。


 カインは優しく微笑みながらそう言った。

 その瞬間、タルトの頭の中で恐ろしい早さでパチパチパチパチと様々なパズルのようなピースがはまり続けた感覚がした。カインの言葉と、今、自分の中で作り上げられたパズルの答えに、タルトは目を見開いた。そして、カインの方を向くと、カインは静かに頷いてくれた。


 なんだろう、この感覚は。


 タルトは、真っ白にしていた頭の中の、消えかけていた式を、一気に書き直していた。

 頭の中の式さえも滲んでいるような気がしたが、そんなはずはないし、そんな場合ではない。

 今は。


(この人の答えを『正解』にしてみせる!)


 タルトは、ぐいと目を拭い、地面に振りかけられた濃緑の液体を挟んでこちらを睨んでいるリバースネイクと対峙した。


「あの、要点だけ伝えます」

「わかった」

「先ほどの〈潤滑グリース〉を私の甲羅と、この剣の先にお願いします」


 少し下がりながらタルトがそう呟くと、カインは魔工具である〈鍵盤キーボード〉を素早く叩き、亀人族であるタルトの背中についている甲羅と、右手に持っているショートソードの先に茶色い魔力を纏わせる。


「もし、なにか、魔法筒マジックチューブあれば、借りてもいい、かな?」

「腰の左の緑色の、〈切り裂くウィンドカッター〉です」


 カインがタルトの腰のベルトに刺さっていた緑色の魔法筒を引き抜くと、タルトはぐっと腰を落とし、小さく叫ぶ。


「離れて……!」


 カインがその言葉に弾かれたように飛びのくと、間髪入れずリバースネイクが飛びかかってくる。


「遅い……! やられる」


 ファストはその様を見て、舌打ちをし、早口でそう吐き捨てた。

 カインの動きは素早かった。が、タルトは相変わらずトロく、絶対に避けられない。そうファストは確信していた。リバースネイクも同じだったのであろう。カインには目もくれず、タルトへ一直線に伸びていく。


 すると、タルトは、身をよじり、甲羅をリバースネイクに向けると、更にぐんと腰を落とし身構えた。まるで岩石が飛んでくるかのようなリバースネイクの頭突きはタルトの甲羅にぶつかったかと思うと、ズルリとずれ、そのまま横にすりぬけていく。


「……は!?」


 ファストは、数秒その光景に固まったあと漸く一言絞り出すのがやっとだった。

 その数秒の間のことだった。タルトはよじった身体を戻しながら逆手に持ち替えていたショートソードをリバースネイクに突き刺す。


(あんな遅い振りでは無理だ。僕達の攻撃で傷一つ付かなかったんだ)


ラピドはリバースネイクの攻撃を躱すタルトに驚きながらも、タルトの、剣士たちと比べればあまりにも遅い剣の振りに呆れた。

しかし、ラピドのその考えは早合点と言わざるを得ない。その剣士たちと比べれば遅い振りの剣はリバースネイクの腹をぷにと突いたかと思うと、そのまま吸い込まれるように突き刺さった。そして、紫の血を吹き上げさせながら剣は深く刺さりこんでいく。


「ええーーーー!?」


 ラピドは思わず叫び声が出てしまった口を慌てて手で塞ぎよろよろとしゃがみこんだ。そんなラピドの声をかき消すかのようにリバースネイクが刺さった剣に堪らず悲鳴をあげる。そして、怒りのままに大きく痛む場所に向かって大きく口を開けて飛び込んでいく。その先にはタルト。


「油断してとろとろしてるから。馬鹿ね」


 アリーは、顔をひくつかせながらも悪態を吐いた。が、その表情は早々に凍り付く。リバースネイクとタルトの間に氷の壁が生まれ、リバースネイクは氷に噛みついてしまう。

 よく見れば、タルトの足元に割れたマナポーションの瓶が二本転がっている。マナポーションは本来、魔法使いなどが魔力を回復する為に飲むものである。しかし、魔力で生成された物に『特殊な方法』でかけると、魔素マナを増幅させ、巨大化するのだ。いつの間にか地面に張り付いた吹雪系最弱の魔法〈風雪〉が。そして、それが巨大化して出来た氷の塊を咥え悶えているうちに徐々にリバースネイクの動きがゆっくりになっていき、最後には、動かなくなってしまった。


 【一陣の風】の面々もまた、ぽかんと口を開き、ぴくりとも動かなくなった。

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