目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

二部7話 のんびり亀さんは大きなへびに出会いましたとさ

 ―時は少し遡り、カインの記憶。





「あ、あの……」「大丈夫だから」


 カインは屈託のない笑顔を浮かべタルトを落ち着かせようとした。その時、タルトはちらりとあらぬ方向を見た。そっちはレイルの冒険者ギルドで貰った事前情報でリバースネイクの巣があると言われる方向であった。かすかに、物音も聞こえている。

 そして、タルトのその視線の意味を理解したカインは顔を引き締め直すと、【一陣の風】の方に向き直り、再び口を開いた。


「俺じゃない、よ。蛇に気を付けたほうがいい」

「へ、び? まさか!」


 アリーがいち早くその音に気付く。地を這う独特の音。しかも、大きな何か。

 エルフの聴覚は風の精霊の恩恵により非常に優れていることで有名だ。しかし、それよりも早くタルトは気づいていた。


「気を付けて! 右! 川のようなリバースネイクよ!」


 アリーの声で【一陣の風】は右を向く。彼らの身長と同じくらいの大きさがある蛇の頭が突っ込んでくる。一番右側に居たファストが剣を前に構え防御する。それでも耐えきれず後ろに飛ぶ。その様子を見て、アリー、ラピドも下がる。

 カインがタルトの方を見ると、タルトはラピドに受けた針の治療をポーションによって既に終え、右手で〈風雪〉の魔法筒を地面に放ちながら、左手には恐らく毒系の紫の液体の入った細長い瓶を持って、目まぐるしく視線を動かし状況を確認していた。


「ずいぶん、早くこちらに気付いたじゃあないか」


 ラピドが顔を歪ませながら悪態をついている。

 リバースネイクは、火の魔素マナを好む性質がある。なので、先ほどの〈火炎〉の魔法筒が発動した時点でこの位は『しっかりした冒険者』なら想像がつく。

 タルトはしっかりとした冒険者と言えるのだろう、〈風雪〉の魔法筒により周りの気温を下げ気配を辿りにくくしている。そして、すぐさま使い終わった〈風雪〉の魔法筒を捨て、腰に下げたショートソードを抜き放ち、左手にもっていた細長い瓶の液体を振りかける。さらに、振りかけた後の瓶も投げ捨て、別の濃緑の液体の入った瓶を引き抜き構えている。その中身は、リバースネイクのような蛇や、蜥蜴の魔物が嫌う匂いを放つ液体であった。


 ファストたちはリバースネイクの性質や強さを理解していなかった。

 だからこそ、無謀にもファストとラピドはリバースネイクに襲い掛かった。

 タルトは、薄く白い魔力を放ちながらリバースネイクを見つめて呟く。


「右の……もっと、遠く……」



 しかし、タルトの呟いた声は勿論届かず、タルトの見つめるポイントとは異なる場所に二人は斬りかかる。正面からの攻撃を避け左右に分かれての攻撃。二人の頭の付け根を狙った攻撃はリバースネイクの固い鱗に阻まれ傷一つ付けることが出来なかった。

 そして、揺らす程度に左に振った頭がぶつかったラピドは吹っ飛び、そのテイクバックからの頭突きでファストは構えた左手をぐちゃぐちゃにされた。アリーはその二人が圧倒的にやられる様を見て、戦意喪失したのか座り込んでしまっている。

 タルトは、そちらには目もくれず、猫背になり、じいっとリバースネイクを見つめ呟いている。


「事前情報通りなら、さっきの〈潤滑〉を……うまくいくためには、左? いや、右……剣にも……」


(この子は……)


 カインは確信に近いものを得ていた。この子は常にすごい早さで頭の中で考えを巡らせている。膨大な情報量と、それを策にうつす賢さ、そして……。


(恐らく、何か特別な力を持っている気がする……あと、)


 カインは、タルトの目をどこかで見たことのある目だと思っていた。いや、気付いている。少し目の自分の目だ。捨てられて絶望して、そして、考えることを拒否している目だ。

 けれど、彼女はきっと考えることでその才能を発揮する。であれば自分に出来ることは……。


「く……おい! お前! お前もこのままじゃやられるぞ! 俺達に力を貸せ! 一緒に倒すぞ」


 ファストは潰れた腕を抱えながらカインに向かって叫んだ。

 『カインを囮にして逃げる』ファストの判断は早かった。他の二人もそれを理解したのか頷いている。

 タルトも元パーティー故に彼らのやろうとしていることが分かり、眉間に皺を寄せて叫ぼうとした。が、カインはそのタルトを制し言った。


「分かった。じゃあ、こっちで倒す、から、もう帰ってくれないか」

「はあ?」


 ファストは、カインの言っていることが理解できなかったようだ。

 倒す? 【一陣の風】があっさりやられたこの魔物を?

 先程まで囮にしようとしていたにも関わらず、ファストは苛立ちの余り叫んだ。


「なんとかなるわけねえだろ! やれるもんならやってみろ!」

「分かった。」


 カインはその言葉を聞き、ゆっくりと絶望してしまっている少女の方を向く。


 まだ絶望するには早いよ。取り戻すのにも遅くないよ。

 やれることをやろう。きっとうまくいくから。


「じゃあ、一緒に頑張ろう、ね」

「ほえ?」


 タルトはカインを見て苦笑っていた。

 カインはタルトの可能性を感じ微笑んでいた。






 そして。

 その考えは『正解』となり、カインの目の前にあった。

 カインは笑いながらつぶやいた。


「君は、すごいんだよ」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?