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二部8話 のんびり亀さんはこわい目にあってしまいましたとさ

「ふざけんな!」


 カインが振り向くと、ファストが目を吊り上げて怒っている。


「タルト、てめえ、そんな力があるのになんでさっさと教えなかった!」


 身勝手なファストの叫びであったが、タルトは今までの恐怖もあってか、口をパクパクさせるだけでうまく声を出すことが出来なかった。


(な、なんで……声が、声が、出ないの……!)


「あ、あの……」


 おろおろと視線を彷徨わせ、タルトは助けを求めようとした。


「勇気」


 そう一言聞こえた。

 タルトは振り返る。すると、声の主であるカインはやっぱり優しく笑い、そして、背中をぽんと押してくれた。

 そうだ。ここでこのまま誰かに言ってもらっても、また同じことだ。

 私が、私の意志で言わないといけないんだ。

 タルトは、背筋を伸ばし、震える足で地面を踏みしめ、ファストに向かって叫んだ。


「私は何度も提案しました! けれど! そんな時間や手間のかかる策は嫌だと言ってきたのはあなたたちです!」


 タルトの反撃を予想していなかったのか、ファストが今度は口をパクパクさせている。


「私は、これから自分の足で、自分のペースで歩いていきます! 今まで、ありがとうございました!」


 タルトが深々と頭を下げたところで、漸くファストは、彼女の言葉を理解し、顔を真っ赤にして再び叫、ぼうとして、その声が別の叫び声に阻まれる。

 三匹のリバースネイクが三方向から現れたのだ。その瞬間、【一陣の風】はその場に立ち尽くす。そして、先ほど一人でリバースネイクを倒したタルトは、カインの手を引き逃げようとする。


「流石に、この数、この配置では、難しいです。逃げましょう!」


 しかし、カインは笑みを崩さず、タルトの手を引き返す。そして、相も変わらずゆっくりと優しい声で話しかけた。


「大丈夫」


 その瞬間、タルトはカインの優しいあたたかい声の反対側、背中の方がゾクッと冷たくなるのを感じた。振り返ると、そこには、真っ白な顔の美しい女が凍り付いた笑顔でタルトの正に目と鼻の先に立っていた。


「ちょおっと目を離した隙に、ツールの次は、カメですかくそが」


 そう呟いた真っ白な女の後ろには、氷漬けになったリバースネイクががらがらと音を立てて崩れ落ちていく姿があった。


「ぎゃああああああああああ!!!!」


 どがあああん。


「あああああぉおおえええぇ……?」


 強烈な爆発のような音によって驚きが戸惑いに変わりタルトの悲鳴はゆっくりと萎んでいった。タルトは戸惑いながら爆発音がした方に振り向くと、赤い塊が飛んできて、リバースネイクを殴り飛ばしていた。リバースネイクの顔はぐしゃりと潰れ、蛇の肉やら血を思い切り浴びた赤い塊は、血や肉を気にすることもなくとこちらに振り向く。

 真っ赤な肌に二本の角。そして、蛇の血を浴びながら死肉を手で掴みながら、鬼は笑った。


「カインさん……次はどいつをぶっとばせばいい……?」


 そう言った真っ赤な鬼の後ろでリバースネイクだった肉塊は大きく血を噴き上げ、血の雨を降らせながら倒れた。


「ほぎゃあああああああああ!!!」


 慌ててカインのもとへ這いずりながら戻るタルトだったが、そこには誰もおらず……。


「わきゃあああああああああ!!!」


 泣き叫ぶタルトの耳にぼんやりと聞こえたのは子守歌のような優しい音楽だった。

 その音に引かれて、タルトがまた振り返ると、探していたカインが、残ったリバースネイクと向かい合っていた。左腕に付けた鍵盤を右手で叩きながらカインは左手に持った魔法筒の術式を改良していく。

 本来、術式の改良は、魔導具の状態をじっくり確認してから行うが、タルトから渡された物はパッと見で分かる位『全ての人に配慮された』美しい術式が織り込まれていた。これならば、簡単に用途に合わせた改良が出来る。


(あの工房の印が入っていたから当然か)


 と、熊の印が入った魔法筒を見てクスリと笑い、緑の美しい光を灯しながら、ノピア式鍵盤特有の魔力反響の音を響かせながら、カインは改良を施していく。


 そして、鳴り響いていたやさしい音が止む頃、警戒しながら近づいていたリバースネイクが鎌首をもたげこちらを睨みつけていた。

 カインは、ゆっくりと魔法筒を、リバースネイクに向け、緑の光を放つと、緑の魔素が霧のように広がる。何かを向けてきたことに対する警戒心か怒りかリバースネイクは身体を後ろに引き絞ると、大きく口を広げ、カインに向かって飛びかかろうとした。

 その瞬間、緑の魔素がリバースネイクの周りを回転しながら円状の刃になったかと思うと、中心、リバースネイクに向かって奔り、一瞬で首を落としてしまう。


「〈風の断頭刃ウィンドギロチン〉……って、流石、師匠の魔導具。威力が段違いだ」


 カインは、今回威力を上げることは必要ないと判断し、〈切り裂く風〉の術式に形状と動きの術式設置プログラミングを行っただけだった。外さないように円状に囲み、その中心部に攻撃をする術式を繋げた。それだけでこの威力だったので、カインは思わず苦笑いを浮かべた。無駄なく効率的かつ限界手前まで強化された魔導術式プログラムだった。


「す、すごい……」


 タルトは、カインの背中を見ながらそう呟いた。タルトの渡した魔法筒は確かにタルトが鑑定した中でも素晴らしいものではあった。

 しかし、ただ使ってリバースネイクを倒せたかと言えばそうではないだろう。カインの力あってこその一撃必殺であった。

 そして、何より先ほど聞いた鍵盤から流れる音がタルトの心を掴んで離さなかった。胸元をぎゅっと押さえた自分に気付かないタルトは、じーっとカインを見つめていた。


 どさ。


 タルトの後ろで音がした。タルトは、じっとカインを見つめていたことに気付き、顔が熱いことに気付きごまかすように音の方へ身体ごと向けた。

 すると、風の断頭刃でとんだリバースネイクの頭が横たわりこちらを見ていた……。


「りばゃああああああああああああああああああああああああああ!」

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