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二部9話 のんびり亀さんはせっかちおにいさんと袂をわかったそうな

 タルトの悲鳴を聞きながら、【一陣の風】は理解不能な光景に震えていた。

 ラピドは、実際の聴力だけでなく、噂を集めるのも早い。だから、アレが誰か分かる。

 赤髪の鬼人族だ。あの顔は見たことがある。ラピドはいち早く彼の正体に気付き、震える。


 【血涙の赤鬼】グレンだ! ソロA級冒険者の! 何故ここに?

 顔を恐怖で醜く歪ませたラピドの疑問はグレンが放った次の一言で打ち消される。


「おい、雑魚共。さっさとカインさんの前から消えろ」


 【血涙の赤鬼】はこちらを睨みつけながら歩いてくる。

 ラピド達は、目の前の黒髪のうすぼんやりとした男と赤鬼グレンが繋がらず、呼ばれた『カイン』というのが誰か分からなかった。いや、何よりこの血まみれの赤鬼から目を離すことが出来なかった。


(一瞬でも気を抜けばやられる!)


 ファストは油断なく身構え、ラピドは隙をついてこの場を離脱すべく耳を立ててチャンスを伺う。アリーだけは二度の恐怖に立ち上がることが出来ず、グレンが近づいてくるのをただ見ることしか出来なかった。


「「アリー!」」


 二人のパーティーメンバーの声でアリーが我に返った時にはもうグレンは目と鼻の先にいた。アリーは、赤鬼に怯えただただぎゅっと目をつぶる。

 そして、赤鬼は口を開き告げる。


「おい、どけ」


 アリーはその言葉を聞いて、這いずるようにして横によけようとした。

 しかし、それが見えていないのかグレンはスピードを落とすことなく進んでくる。

 必死にグレンの進行方向から外れたアリーをグレンは見向きもせずに通り過ぎていく。

 アリーが口をぽかんと開けながら振り返ると、グレンの進む先には、さっきの黒髪の男とタルトがいた。だけでなく、真っ白な女がいつの間に黒髪の男にまとわりついていた。


(いつの間に!? き、気付かなかった)


「どけって言ってるだろう。カインさんが困ってんじゃねえか」

「うふふ、えー、カインさんは困ってます?」


 真っ白な女は黒髪の男を後ろから抱きしめながら、耳元で囁く。

 黒髪の男、カインと呼ばれた男は顔を真っ赤にしながら、手の置きどころを探してわたわたしている。女の腕に触れるのも申し訳ないし、かといってこのままも恥ずかしいし、といった様子だ。


「あ、あのね、シア。困るというか、その、どうしたらいいか分からないので、一度離れて、もらえると、あの、助かり、ます」


 精いっぱいの言葉選びをしながらカインが答えるとシアと呼ばれた女は、ゆっくりとカインから離れる。カインの真っ赤さが目立っていたが、良く見ると、シアもほんのりと頬を赤らめているようだった。


「シア!? シア=ホワイトスノー!? 【白雪鬼】か!?」


 ファストが大声で叫ぶ。その声を聞いて、ラピドとアリーも改めてシアを見る。

 【血涙の赤鬼】グレンと同じ、ソロA級という化け物【白雪鬼】シア=ホワイトスノー。

 どちらのこの地方では有名ではあるが、ソロ活動のみでパーティーを組んでいない二人が何故ここに、そして、その中心にいるあのカインという男は何者なのか。

 三人の頭の中でぐるぐると思考が回り続ける。

 そして、一足早くはっと結論に辿り着いたラピドが声をあげる。


「そうか! 赤鬼と白雪鬼はただならぬ仲! そして、その黒髪の男は従者……」


 言い終わる前に、炎の矢と氷の槍が両脇をすり抜ける。


「「次、カインさんを従者って言ったらころすていうかこいつとただならぬ仲の訳ないだろ(でしょう)ころすぞ(わよ)」」


 炎と氷の魔力を噴き出しながら、睨みつけるグレンと絶対零度の微笑みを向けるシアにラピドは下半身が湿っていくのを感じ、そして、気を失った。


「ラピド!」


 ファストとアリーは駆け寄ったが、鼻を衝くにおいに一瞬立ち止まる。


「もう一度、言う、よ。この場は俺達に任せて帰ってもらえない、かな」


 カインが二人を制して告げると、ファストはぎりぎりと歯軋りを鳴らし、口を開いた。


「分かった。ただ、そこのソイツはウチのパーティーメンバーだ。こちらに寄越してくれ」


 ファストは、カインの後ろにいるタルトを睨みつけた。タルトは目が合うと思わずカインの後ろに隠れた。すると、真後ろから冷気。振り返ると、微笑みを張り付けたシアがこちらを見ているので、思わずカインの隣に並ぶ。すると、カインが腕でタルトを制し、目はファストを見つめたまま告げる。


「君たちは、パーティーメンバーの、命を狙うの?」

「ちょっとした行き違いなんだ。タルト、もう一度話し合おうぜ」


 ファストは、カインの問いかけが柔らかかったこともあり、にやりと嗤うと視線をタルトに動かし、少し大きめの声で話しかける。


「ああ、タル「いや、です……!」……あ?」


 カインの腕を掴みながらもすぐに返したタルトの言葉に、ファストは顔を歪める。

 タルトはファスト達を睨みつけ、言葉を紡ぐ。


「なんで、そう、ほいほいと軽く態度を変えられるんですか? 強ければ何をしてもいいんですか。何言ってもいいんですか。私がトロいからなんでも言うこと聞かせられると思っているんですか? 私は! もう死んでもあなたたちのところには戻りません!」


 タルトは大きな声でファスト達への決別宣言を告げた。

 それを聞いたファストは顔を真っ赤にして怒り始める。


「てめ……!」


 しかし、寒風、そして、遅れて熱風がファストの言葉をかき消す。


「しつこい男は嫌われるわよ」

「うぜえからさっさと帰れ」


 白雪鬼、そして、血涙の赤鬼、二人の鬼がこちらが睨みつけている。

 実力差は明らかだ。ファストは、ぎしりと歯を鳴らし、ラピドを抱え、アリーに声をかける。


「アリー、帰るぞ」

「え、ええ! 帰りましょう! 早く!」


 アリーは慌てて服を直すと、先に去るファストを追いかけながら去っていった。


「あ、あの……皆さん、本当に」

「さて、」


 タルトの声を遮り、シアがタルトの眼前に現れにこやかに言い放つ。


「なーんで、あなたはまだカインさんの腕を離さないのかしら?」


 凍り付くような笑顔にタルトは心も体も震えあがった。


「めぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

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