「さて、これからのことだけど、どうしようか」
カインの背中に甲羅のように張り付くタルトにヨタヨタしながら、二人に尋ねる。
「そうですね、まず」
シアは相変わらずの絶対零度の笑みでカインの向こう側に話しかける。
「カインさんから離れましょうか、子亀ちゃん」
漸く自分の行動がシアの怒りに触れていたことに気付いたタルトは、少し名残惜しそうにしながらもカインから離れ、カインと共にここまでの経緯を話す。
「成程な……そういうことか」
「本当に、追放ブームって起きてるんですね。カインさんの追放を聞いた時はミドガルド一の愚者が現れたと思っていましたが、こう他の人の追放を見ると、実感しちゃうわね」
グレンが言葉少なに、シアが溜息を吐きながら話に反応すると、その言葉に反応したタルトが今度はカインの方を向く。
「追放? カインさんがですか!? なんで!?」
「あ、ああ……えーと、ね」
カインは、以前バリイ達と【輝く炎】というパーティーに所属していたこと、そして、ステータスの低さを理由に追放されたこと、当時恋人だったメエナに捨てられたこと、そして、その後「あの時助けて頂いた〇〇です」略して『あのたす』な人達が現れ、カインを助けたこと、その『あのたす』な人達の中にこのグレンやシアがいることを説明した。
「なるほどお……あのたすってそういう意味なんですね……にしても! ひどいです! その【輝く炎】ですか!? カインさんを追放するなんて! その、メエナって人も馬鹿です! カインさんはすごいのに! それに、か、かっこいいのに!」
「あ、ありがとう」
カインは、タルトと同じくらい顔を真っ赤にしながら深々とお辞儀をした。
「カインさんは凄いは激しく同意。カインさんはかっこいいは同意だけど激しく凍らす」
「やめとけ、白いの。相手は子供だ」
絶対零度の微笑みを見せるシアの左手に集まる冷気を、横にいる無表情のグレンが熱でかき消す。
「わ、私は子供じゃありません! 亀人族だからちっちゃく見えますが、百六十二才です!」
「「ええ!?」」
タルトの言葉にカインとシアが目を見開いて驚く。が、グレンは表情一つ変えず答える。
「亀人族の百六十二なんて、人間でいうところの十五、六程度だろ」
「そ、そうですけどお! こ、子供じゃありません! 子供じゃありませんからね!」
タルトが途中からカインの方を向いて力説し始めると、シアの集めた冷気をグレンがかき消した。
「あ、改めて、これから、どうしようか」
タルトの勢いに押されながらもカインが必死に纏めようとする。タルトを助けたものの、カインたちは今、冒険者ギルド、レイル支部の指名依頼でS級魔巣〈ダンジョン〉【遺物の墓場〈アーティファクト・セメタリー〉】を調査することになっている。タルトを何処かに送り届けるべきか、このまま連れて行くべきか。
【遺物の墓場】はS級魔巣ではあるが、ほぼ魔物は現れない特殊な魔巣で、連れて行っても危険が及ぶことはないだろう。しかし、飽くまで現段階で安全なだけで今後は分からない。その上、タルトはレイル支部から指名依頼を受けたわけではない為、侵入許可が下りているわけではない。
「ひとまず、もう日も沈み始めたしキャンプの準備して、ギルドとスマートマホーンで連絡とって確認すればいいんじゃねえか」
「うん、そうだ……「スマートマホーン!?」ね……?」
カインが言い終わる前に、タルトがカインを抱えて動かしながら割り込んできて、微笑むシアが集めた冷気を無表情のグレンがかき消した。
タルトは自分がカインを抱きかかえていることに気付き、慌てて離れ正座、そして、流れるように土下座した。カインは、こういう甲羅が天を向いているポーズで見ると実に亀っぽいなあと呑気に思った。
「す、す、すみません! スマートマホーンなんて最新魔導具……見たことなくて……そうですよね! レイルではA級には配布されるんですよね! すごいなあ……」
「あ、あとで見せてあげるね。で、で! グレンの言う通りひとまず、キャンプの、準備をして、ギルドに問い合わせて、みよう。でも、俺は、個人的に、はタルトに来て欲しい、けど」
その瞬間、【大蛇の森】に吹雪が吹き荒れ、川のような蛇〈リバースネイク〉達が冬眠をし始めたとその時偶然森に居合わせた魔物博士ファンブルは後の【ファンブル魔物記】に書き記したという。
「白いの……それは冗談にならねえよ……」
「冗談じゃないから。冗談じゃないから。ねえ、カインさん、個人的に? 個人ってどういう意味だっけ? 個人的にってどういうこと? 個人? 故人? ああ、故人ね。この子を凍らせるわ」
「も! も! もう! 凍ってますから! か、カインさん! さっきのどういう意味か早く説明を! 私を、その、こ、こ、ここここここここじんてきにって、もしかして、すすすすすすきとか……ぎゃああああ! 凍る! 凍ってます! 氷山亀〈アイスタートル〉になっちゃいますからー!!!」
グレンの詠唱式魔法ではシアの本気の精霊式を防げず、雪山に埋もれながらグレンが呟き、タルトを抱きかかえながら白く微笑むシアが囁き、シアによって巻かれた腕の触れている部分から凍っていくタルトが叫んだ。それを見て慌ててカインが顔を真っ赤にして叫ぶ。
「ち、違うから! あの個人的にって言うのは、好きとかそういう恋愛感情の話でなくて! あ、あの! シア! えーと、うーんと、その! そういうアレで、タルトがす、好きというのならシアも同じくらいとても好きだから!」
その瞬間、【大蛇の森】の冬が終わり春の訪れを思わせるような風が吹き、川のような蛇〈リバースネイク〉が冬眠の準備を止め、食料の確保に動き出したとその時偶然森に居合わせた魔物博士ファンブルは後の【ファンブル魔物記】に書き記したという。
そして、ポンという音が聞こえたのではないかと錯覚するくらい一瞬で霧散した吹雪魔法の中心にいた白肌の美女はその白い肌を真っ赤に染め、先ほどまでの突き刺さるような凍てつく視線を送っていた目と同じとは思えないくらい、いや、その凍てついていたものが溶けた雪解けのせいでと言わんばかりに目を泳がせていた。
「あああああののの、しょの、その、しゅき、すき、とか、きゅ、きゅうに、ゆわれたら……と、溶けりゅ……」
そして、滂沱の汗を流しながら倒れたシアの傍らで、滂沱の涙を流しながらタルトは立ち尽くしていた。
「う、う、う、わかってます。そういうんじゃないくらい……わたしも百六十二ですから、成人した立派な『れでぃ』ですから……でも、まだチャンスはあるってことですもんね! 長期戦はのぞむところですから……!」
二人を眺めながら、グレンは、はあ~と大きく溜息を一度吐き、
「……あー、白いの、カインさんのお前への好きは緑のと同じ種類だからな聞いてねえだろうけど。緑のは、まあ、ライバルは多いががんばれ。で、カインさん。アレらはほっとこう。緑のを連れて行く理由ってのは?」
「あ、あー、うん。一つは、この子、凄く頭がいい。知識が豊富だし、回転も早い。あと、多分だけど……この子鑑定士なんだけど、この子の〈鑑定〉は……〈分析〉も含む高度な技術なんだと思う。しかも……〈広範囲の
そう言われたタルトは大きな瞳をぱちくりさせながら自分の事を指さしていた。