「あ、あの! ラピド、さん。」
タルトが後ろからトテトテと付いてきて僕に声をかける。
なんと幼く弱い存在なんだろう。僕はほの暗い思いに駆られ、思わず口角を上げる。
「どうしたんだい? タルト」
タルトはもじもじとしながら、言い淀んでいる。
遅い、とファストならば怒鳴りつけるだろう。けれど、僕は大人だ。焦ったりはしない。
ノロマな彼女の為に、僕は待ってあげるのだ。何故なら、僕が優れた人間だから。
「あの、さっきもまたかばってくれてありがとうございました」
さっき? ああ、タルトが集合場所にギリギリでやってきたことか。ファストもギリギリに駆けてくるのだが、今日はなんの気まぐれか大分早く集合場所にやってきた。それでいつもより大きなカミナリが落ちたのだ。僕は間に入ってタルトをかばってあげた。
「気にしなくていいさ。当然のことをしたまでだよ」
そう、『弱者を強者が守る』という当然のことをしたまで。
「けれど、キミは時々ギリギリに来てしまうよね。良くはないと思うよ」
「す、すみません! ちょっと、人から頼まれ事をしてて……」
頼まれごと? タルトが? 誰かに? 僕では無く、タルトが?
僕よりもよっぽど『使い捨て』のタルトが?
「そうか……けれど、やはり良くないな。頼まれ事のせいでギリギリになるのは。そんなのは断った方がいい」
「え? あ、で、でも……」
「タルト。キミは残念だが今、パーティーのお荷物となってしまっているんだ。その自覚だけはして欲しい。勿論、それを気に病むことはない。僕はキミを認めているからね」
キミが『弱者』という役割を担ってくれていることを。
「は、はい……ありがとうございます」
そう、僕は『強者』だ。あの場所では誰もかれもが僕に偉そうにしてきたが、僕は本来はこうあるべき人間なのだ。アイツらはそれを分かっていなかった。
タルトは良く分かってくれている。俯くタルトがはっと顔をあげ、右を見る。なるほど、聞こえたよ。
「危ない!」
「ほえ……え!? ひゃああ!」
僕はタルトの手を引っ張り、抱きかかえ、後ろに倒れ込む。
僕達が居た場所を、興奮した暴れ馬が通り過ぎる。その後を遅れて、飼い主であろう人物が汗を飛ばしながら走っている。全く……僕でなければこの程度の怪我ですまなかったぞ。
「大丈夫かい? タルト」
「え? あ、あの……大丈夫、です」
タルトが言葉を途切れさせながら必死に僕に無事を伝えてくる。良かったね、タルト。
「あ、あの! ラピドさん!」
タルトがぎゅっと自分の両手を握り締め、意を決した様子でこちらを見る。
「何かな、タルト」
付き合いたいとか言いだすのだろうか。いいよ、僕は受け入れるよ。助けられたことで気持に歯止めが利かなくなってしまったのなら仕方ない。僕がキミを守ってあげるよ。
「今の、こんな派手によける必要ありました?」
「……ん?」
タルトが、絶対零度の微笑みで拳を握りしめながらこちらを見ている。どどどういうことだ?
「今のは、ゆっくり互いに後ろに下がれば、小さな怪我とは言え、する必要すらなかったですよね。甲羅でよけて、逆手で持った剣でぶっ刺して、氷出して、ころせばそれですむ話だったんですよ。私一人でなんとか出来ましたよ」
「な、何を言い出すんだ! タルト!」
タルトの大きな瞳が徐々に細く鋭くなっていく。それと同時に、小さくかわいらしかったタルトの姿が、大きく長く影が伸びていく……! お前は……いや、あなたは……!
「あ、あなたは!」
「全く相も変わらず役立たず。いや、まあ、脱兎にはそこまでの期待はしておらぬからのう。良い良い、弱者は精々躍って足掻いて楽しませるが良い。所詮、使い捨てじゃ」
大きな影に、僕はただただ戸惑うばかり、いつの間に、何故どうして、僕を、いつから。
けれど……僕も今までの僕とは違う。僕は変わったんだ!
「お言葉ですが、女王!」
その瞬間、影は二つに裂け、こちらをにらんでくる。そして、炎の矢と氷の槍が両脇をすり抜ける。
「「次、女王って言ったらころすていうかこいつとただならぬ仲の訳ないだろ(でしょう)ころすぞ(わよ)」」
いつの間にか二つのかげはあのソロA級二人に。そして、その奥にあの黒髪冒険者がふわっと笑っている。
僕はめまいに襲われる。どいつもこいつも。ああ、向こうでさっきの馬の飼い主が汗を流している。汗かきすぎだろう。地面が濡れてきたじゃないか。ちょっと待て、水たまりが出来て、足が使って、腰まで濡れてきたぞ!
「お、おぼれ」
「早く目覚ませ!」
ファストの怒声で、ラピドは目を覚ます。
「こ、ここは……?」
「宿よ。戻ってきたの」
アリーが爪を噛みながら答える。
「僕は、一体……」
その瞬間、ラピドは気付く。異常に湿度が高い部分があることに。そーっと股間を見つめ、顔を、ラピドの瞳と同じくらい真っ赤にして俯く……
「さっさと自分で着替えろよ。流石に、俺もそこまで面倒は見れん」
ファストは、相変わらずの聞き取りづらい早口でラピドに告げる。
「あ、ああ! そういえば、タルト達は?」
「ほっておきなさいな。あんなのに関わったらロクなことにならないわ」
アリーは、もうここにいるのが嫌だといわんばかりに顔をしかめ部屋を出ようとする。
が、その時ドアをノックする音が聞こえ、その返事を待たず、ドアが開かれる。
そこに居たのは、半巨人族のエフェシエだった。
「よお! 揃ってるな! 【一陣の風】!」
エフェシエはマシラウの冒険者ギルドトップのB級パーティー【鉄槌】のリーダーだ。女性でありながら、その腕力は群を抜いていて、恐らくソロ冒険者としてもB級と言えるだろう。パーティー名の【鉄槌】も彼女の武器である一撃必殺の槌が由来だ。
整えることを諦めたぼさぼさで無理やりひとつに纏めた橙の髪に、赤茶の瞳、身体はこの場にいる誰よりも屈強と言える。
強さ、ランク両方で上位冒険者の突然の無礼に【一陣の風】は何も言えず固まるばかりだった。
「まあ、せっかちなお前らだ。用件だけ伝える。またタルトを冒険者ギルドに貸してほしいとのことだ。で、ウチを優先的にやってもらえることになったから【海ゴブリンの洞穴】のゴブ山から頼む!じゃあ」
「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ!」
慌ててアリーが立ち上がり、エフェシエを制す。
「まず! また冒険者ギルドにってどういうことよ!」
「……あ~、タルト言ってねえのか。ギルドの鑑定業務の手伝いをパーティー評価アップっていう条件で引き受けてたんだよ」
【一陣の風】は初めて聞く情報に驚く。パーティー評価アップを条件ということは【一陣の風】の自慢である最速ランクアップに足手まといと思われたタルトが関わっていたことになる。ただ、それがファストには納得いかず声を荒げる。
「嘘つけ! 大体アイツのトロい〈鑑定〉でゴブ山なんてこなせるわけないだろ」
ゴブ山は、冒険者達の使う造語で、ゴブリンが人間から奪った武器や道具を特定の場所に納め、使わないものを積み重ねて放置している。ゴブリンの巣討伐に向かうとよく見かけるコレをゴブ山と呼んでいるのだ。ゴブ山は大小あれど、巣が生まれている以上かなりの量となり一日は最低でもかかると言われている。
そんな量をタルトの早さでこなせるわけがないとファストは詰めよったが、エフェシエは、呆れるように首を振った。
「あ~……そっかそっか。タルト言ってたなあ、私の話を聞いてくれないって。あのなあ、タルトは希少な〈
「な……!」
ファストは逆にエフェシエに詰められ絶句する。広範囲鑑定? タルトが? ならば何故それをしなかった? ファストには多くの疑問が浮かんだが、それがまさか自分の「丁寧に、でも、早くやれ」という何気ない一言がタルトを縛っていたとは夢にも思っていなかった。
「で? タルトは? ……まさかまた置いてきたのか?」
【一陣の風】はよくタルトの足が遅いからという理由でタルトを置いて街まで先に帰っていることがある。エフェシエは快く思っていなかったが、タルトが「自分のせいなので」と言って止めてくるのでファストたちに忠告することはなかった。
「トロいから置いてきたよ。【大蛇の森】に。もう会う事もねーよ」
ファストの再びの不用意な一言にエフェシエが反応する。そして、こぶしを引くとファストはうすら笑いを浮かべる。
「俺に一撃当てようってのか馬鹿力。でもな、ステータスでは俺の早さの方がう、べええええ…!」
宿全体が揺れたのではないかと思わせる轟音の後、宿の壁が大きくへこみ、ずるりとファストが倒れていく。エフェシエは表情を全く変えず、ファストを見つめる。
「ステータスなんてのは基準でしかないよ。経験や知識……まあ、あとは自分を信じられるか自信、あの子にはそれが一番の原因だったんだろうけど、とにかく、あんた自慢の早さを捉えることなんて造作もないんだよ。上級舐めんな」
アリーとラピドもまさか自分たちと上級冒険者でここまで差があるとは思っていなかったのか、青ざめた顔で震えている。
「さて、と。あんたら」
「ひい! タ、タルトは無事よ! 他の冒険者に預かってもらったのよ!」
「他の冒険者?」
「他の街の! た、確か……そう! カインとかいう黒髪の! あと、赤鬼グレンと白雪鬼もいたから無事よ!」
アリーが慌てて言葉を矢継ぎ早に放つ。
「黒髪のカイン……ああ、ウチの新入りが言ってた、あの……なんだい、面白いことになってんじゃないの。じゃあ、あの子の念願だった【遺物の墓場】に行けるのか」
「【遺物の墓場】?」
それまで、ただ震えていたラピドが反応を示す。
「……アイツら【遺物の墓場】に行くのか!?」
「黒髪のカインっつったらレイルでは有名らしいよ。で、そのグレンとシアを連れて向かったってさ。タルトも同行するんじゃないのかい。ああいう場所であの子のあの能力は有難いだろうよ」
「タルトが……僕より先に【遺物の墓場】に……? 嘘だ! あそこには僕が行かなければならないんだ……! 選ばれた僕が……時守の使いである僕が……!」
ラピドの早口で小さな呟きが聞き取れずエフェシエは顔を歪ませながら声を掛ける。
「何言ってるのかわかんないけどさ、あんたらが【遺物の墓場】行けるのは相当先だろうよ。タルトがいない【一陣の風】なんてただ早いだけさね。パーティー評価もだいぶ落ちるだろうから降格じゃないかね、またギルドから連絡が行くだろうよ。早さや数字に惑わされず、あんたらにちゃんと聞く耳や見る目があればもっと早くうまくいってただろうに。残念だよ。ああ、あとウサギのあんた……匂うよ、着替えた方がいい」
エフェシエは、手をひらひらと振りながら部屋をあとにする。遠くから修理代と大声で言うエフェシエの声、そして、ジャラジャラ金貨の音が聞こえてくる。
「もう、なんか、疲れた……ゆっくり休みたい」
幾分か年老いてしまった顔でアリーがつぶやく。
そして、ラピドは赤い目をさらに血走らせ、ぶつぶつと何事かを呟いていた。
後にファストがこの一件で戦うことに恐怖を覚えてしまったことが明らかになり、【一陣の風】はスピード昇格、スピード降格、そして、異例のスピード解散となった。