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二部12話 親切おにいさんは揺れる大地と魔降る空に挟まれましたとさ

 日も沈み始めた【大蛇の森】の奥深く、そこに一体の首無し死体があった。


 カイン達はその死体の前で祈りを捧げていた。鎧は間違いなく【輝く炎】の頭脳、ティナスの物だった。恐らく、リバースネイクが噛み殺し、子供に、もしくは、後で食べる為に置いてあるのだろう。生い茂った草木で作られた小さな洞穴の奥にその死体はあった。

 埋葬することも考えたが、魔脈が地中を走るこの辺りでは、魔物化する可能性もある。更に、火葬の場合、火を好む川のような蛇〈リバースネイク〉との戦闘を考慮にいれなければならない。

 ほぼノーリスクで戦闘を避けることの出来る、吹雪の精霊魔法の使い手シアをキャンプに置いてきた為、火葬も諦め、ギルドに渡す遺品として武器と首にかけていた動かなくなっている時計を預かり、最後の祈りをすませて、そこを後にしようとした。


「カインさん……」


 グレンが心配そうに祈りを捧げ続けているカインに声を掛ける。


「うん、大丈夫。ただ、もう少し、目を合わせて話をしたかった。紙の束に視線を落とし続ける姿しか思い出せないや。あれは……なんの資料だったんだろう」

「今は持ってなかったのか」

「みたい、だね。正面切って叫んでた時に、こんな顔だったっけなんて思っちゃってさ」

「カインさん、それはカインさんだけじゃねえ。コイツ自身も言えることだ。もっと向き合って話をしてみるべきだった」

「そう、だね。うん……行こう」


 カインは漸く立ち上がり、その場を後にする。グレンもタルトも続くが、タルトは足をふと止め、振り返る。

 ティナスという人物は何故狂気と思えるまでカインを憎んだのか。カインから話を聞いてもよく分からなかった。


(なら、考えられるのは、薬、かな……)


 タルトは、遠くから聞こえるカインの声を聞き、首無し死体に背を向け駆け出す。


(それにしても、ティナスさんって女の子だったんだ……)


 タルトは白い光を薄く放ち周りを調べながら、カイン達を追う。


 この薄く白い光がタルトの〈広範囲分析ワイドレンジアナライズ〉であり、広さは最大で数キロ。ただし、広げれば広げるほど得られる情報が少なくなるため、普段は一〇〇メートル程度にしている。その広さ以上にカインたちを驚かせたのはそれをほぼ常時行える点だった。

 意識を失えば当然使えないし、集中力を欠けば精度が落ちたりはするが、それでもなお余りある能力であった。

 【一陣の風】は臆病風に吹かれているが為の、危機察知能力だと笑っていたが実際は、それどころではないこの能力だけでもB級判定されてもおかしくないものなのだが狭い世界に閉じ込められていたタルトには知る由もなかった。そして、その〈広範囲分析〉に巨大な魔力を感じタルトは叫ぶ。


「強力な魔力反応です! 反応先は……下! 揺れてる!? これは!!」

「地震だ!」


 グレンが叫び、カインは慌ててタルトを支え庇う。揺れは暫く続きその間カインとグレンは何があっても動けるよう周りに意識を張り続けていた。そして……静寂。


「かなり大きかったな……カインさん大丈夫か?」

「うん、タルトは?」

「あ、あ、ああああああのおの、だ、大丈夫です」


 真っ赤な顔をしたタルトがカインの腕の中からするりと抜け、大きく頭を下げた。


「魔脈が動いたかもな。それに、魔巣ダンジョンは大丈夫か」


 魔脈は、地面に流れる魔力の川のようなもので、魔脈に近い場所ほど良質な魔石がとれるが、その分魔物は強力になる。地震によって大地が動けば流れも変わり、大きな影響を与えてしまう。


「シアも心配だし、早めに動こうか」

「ああ……って」


 グレンが見上げると黄白色の小さな光がゆらゆらと降ってくる。


「魔雪、だね」


 魔雪は、地震等によって活性化された魔脈から漏れ出た魔力と言われており、長時間降られると、生物は魔力酔い状態になってしまう。非生物に至っては、魔蝕と呼ばれる現象が起こり、何度も浴び続ければ溶けたり形状がおかしくなってしまう恐ろしい現象である。

 【遺物の墓場アーティファクト・セメタリー】は大きな魔脈が通る為、結構な頻度で魔雪が降る。恐らく今回は地震の影響で降り始めたのだろう。カインは慌てて、鞄からコートを取り出し、二人に渡す。魔雪を始めてみたタルトはそのコートに首を傾げる。


「それは?」

「これは『魔弾く外套レジストコート』。魔雪は浴び続けると魔力酔いする、から」

「はあ~こんなのもあるんですね! 知らなかった~!」


 タルトは初めて見るアイテムに大きな目をキラキラさせながら色んな方向で眺めている。カインは、上を見たり、タルトを見たりとせわしなく視線を動かしながらタルトを心配していた。グレンは有無を言わさずタルトのコートを摘み押し付ける。それでやっと気づいたタルトが慌ててコートを羽織る。


「緑のの知識はちょっと古い感じがあんな。なんでだ?」

「あ、ああ! えーと、私の居た故郷【竜の宮】は、外との交流がほとんどなくて、大昔まだ地上との交流が盛んだった頃の本ばかりで、それで知識に偏りがあるのかもしれないです」


 海の都【竜の宮】。海の民に認められた者しか入れない秘境。

 深い海の底に存在する為、来れるものは少なく、争いもほとんどないらしい。

 その為、民も穏やかでゆっくりとした時間が流れる場所。

 カインは帰り道でタルトからその話を聞きながらいつか訪れてみたいと思った自分に驚く。

 いつの間に、こんなに自分は外に興味を持つようになったのだろう。

 カインもまたタルトと同じように小さな世界で足掻く人間だった。

 その小さな世界からさえも追放されて、手を差し伸べられて、本当の世界の広さに気付いたのだ。


 カインは未だ魔力の光を降らせる広い広い空を仰いだ。

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