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二部13話 おたすけおじさんはいじわるおにいさんをたすけましたとさ

 冒険者ギルドレイル支部で、救出依頼クエストを受けた【レイル救出隊】のリーダー、アントンは【大蛇の森】を慎重に進んでいた。


 【レイル救出隊】は、冒険者ギルドでも珍しい魔巣ダンジョン攻略等で冒険者が返ってこなくなった場合に出動する専門の部隊だ。

 ヨソであれば『骨拾い』とか『死体回収』と呼ばれ、死んだ前提で行われる依頼だが、レイルでは違った。冒険者として引退を考えていた経験豊富な冒険者や安定した報酬を求めるようになった高ランク冒険者を何人か常時配置し、有事の際に出動する。

 基本は、ギルドでの待機で幾ばくかの給金を得て、何か起きた際救出の状態に応じて報酬が払われる。

 ここまで措置をとるレイル支部はかなり珍しい部類に入る冒険者ギルドと言える。


 これも全てレイル支部長【改革の魔女】シキによる改革であった。

 冒険者達はシキの冒険者達への深い愛情に感動していた。


 しかし、実際はそうではなかった。

 シキは『あのたす』の冒険者カインに深い尊敬を抱き、彼を絶対に失いたくないが故に作られたシステムである。

 だが、経緯はどうあれ、この部隊が作られたことにより、レイル支部は『ヌルド王国内一番所属したいギルドランキング一位』に輝いた。他国からも訪れるくらいの人気ギルドとなっていた。


 その【レイル救出部隊】リーダーであるアントンは、少し前までは血気盛んなC級冒険者であった。自分の村を滅ぼした魔物に対する強い怒りに従い、魔物を殺し続けていた。酒場で魔物を何匹殺すことが出来たか自慢しあうことが彼の幸せだった。

 しかし、アントンはあまりにも魔物を殺すことしか考えていなかった。魔巣で深入りしすぎてしまう。そして、魔巣は当然魔物の領域だ。パーティーは崩壊し、アントンはあっという間に追い詰められ、ボロボロの身体で漸く見つけた小さなくぼみに身を隠すことしか出来ないくらいになってしまっていた。そして、大量の魔物の鳴き声と走り回る音が聞こえ始め、己の最後を悟る。そして、魔物に殺される位ならばと自死を選ぼうとした。その時だった。


「あ、あの、こんばんは」


 黒髪のうすぼんやりとした男が現れた。助けに来てくれたのであろう男を見たアントンは心から安堵した。が、その後男の背後から彼の苦手な鼠が現れたことで、アントンの意識は途絶える。次に気付いた時には、ベッドの上だった。

 後でアントンが聞いた話だと、男は、アントンが仲良くしていた道具屋の娘が泣いている所をみかけ事情を聞き、レイルを飛び出し、救出に来てくれたらしい。


 一人でどうやって助けたのか、ギルドに報告も入れずただ助けただけであるのは何故か、そして、何故そこまでして助けてくれたのか、アントンには分からないことだらけであった。ただ一つ分かったことは、男の名は『カイン』ということ。

 アントンは、道具屋の娘リナにその話を聞き、命知らずな行為を怒られ、彼女に求愛し、冒険者を引退しようとした。しかし、その際に、支部長のシキから救出隊の勧誘を受けた。

 自分もあの人のように魔物を殺す人間から人を救う人間になりたい。

 そう強く思ったアントンは、救出隊を即座に引き受けた。


 アントンは、【大蛇の森】手前で顔馴染の冒険者に出会った。


「アントンじゃないか」

「ギリスか、久しぶりだな」


 彼はアントンと同じC級冒険者ギリス。アントンと一緒に酒場で騒ぎ、魔物を何匹殺したかを競い合った仲だった。そして、彼は、魔物を殺した戦闘を歌にし、いかに自分が見事に魔物を殺したかを高らかに歌い上げていた。


「小銭拾いか、お前も大変だな」


 ギリスは片頬をあげながら、アントンを馬鹿にするような態度を取り続けた。

 その姿に他の救出隊が前に出ようとしたが、アントンは手で制し、一声だけかけた。


「ああ、大変な仕事だよ。人を救うというのは」


 そして、それだけ告げるとアントンは【大蛇の森】へと足を進めた。

 もしかしたら、ギリスは今夜酒場で『小銭稼ぎのアントン』なんて歌を歌っているかもしれない。

 それでもかまわない。ギリスは、魔物を殺せる自分に酔っている。いや、もしかしたら自分もそうだったのかもしれない。酔うことで忘れようとしたのかもしれない。自分の生まれ育った村を助けられるのは自分だけだったこと、救えなかったこと、そして、救えないままのうのうと生きていること。けれど、思い出してしまったのだ。

それでも。


(俺は人を救いたい。それが俺の子供の頃からの夢だから)


 おとぎ話の【万人の勇者】になりたかった。村が滅んだ時、もう自分はなれないものだと思った。けど、違う。きっと違う。【万人の勇者】ではなかったけど、あの人は人を救っていた。あの人のようになりたい。そして、もしあの人が危機に陥った時、アントンは命を賭けて助けてみせる。そして、言うのだ。

 『あの時助けてもらったアントンです』と。



 今回の要救助者は【大蛇の森】の途中に作られたセーフティーポイントにいた。

 ボロボロの服のまま膝を抱え地面の一点を睨みつけている女性が一人。


「【レイル救出隊】です。あれ? おひとりですか?」


 アントンが聞いていた話だと、三人の冒険者パーティー【輝く炎】の救出であった。


「……一人は多分死んだわ。もう一人はどっか行った」

「な……!」


 事前に【輝く炎】は問題のあるパーティーであることは聞いていたが、まさかここまでとは。

 アントンは部下たちに女性の保護と脱出の準備をさせ、数人で辺りの捜索に動いた。

 近辺を一回りして、見つからなければ撤収するつもりであった。あの時、カインがどうやったか知らないが魔巣での救助というのは広大な魔巣の中で困難を極める。救難信号を発する魔導具が今は購入できるようになっておりそれさえあれば見つけることは難しくないが、【輝く炎】は自信があったのか金がなかったのか、魔導具を持っていなかった。

 しかし、幸運にもすぐに見つかる。少し離れた場所で、男が首なし死体の前で蹲っていたのだ。


「救出隊のアントンと言います。あれは……あなたの仲間ですか?」

「ああ、多分な……」

「多分って仲間でしょう?」

「知らねえよ! アイツずっと前から全然目合わせて話そうとしねえ失礼なヤツだったからな! けど、笑えるぜ! 結局死んでやがる! そして! やっぱりアイツは【万人の勇者】にはなれねえ! 救えなかったもんなあ! カイン! ざまあみろだ!」


 男は大声で騒ぐ。アントンは無言で近づき、男を殴り飛ばした。


「ぶげえええええええ!」

「お前がカインさんを語るんじゃねえよ。救えなかった? すべてを救える奴は確かに偉いだろうよ。けどな、失っても失っても諦めずに人を救おうとする人間だってすげえんだよ」


 アントンが語った言葉は届いていないようだった。男はぴくぴくとするだけで起き上がってこなかった。アントンはバツが悪そうな顔で振り向く。


「悪い。やっちまった」


 しかし、救出隊の面々はにやにやしながらアントンを見ている。


「え? 何かしました? 男が急に吹っ飛んだのは見ましたけど」

「あー、なんかアイツ急に勝手にふっとんでどうしたんですかね?」

「すみません、ワタシ、さっき綺麗な石ころ見てたので何も見てません」

「まあ、カインさんの悪口は俺らの中でタブーですよ。ま、さっき何が起きたかは知りませんけど。あのたす」

「「「あのたす」」」


 救出隊の半数は『あのたす』信者であったことをバリイは知っておけばこうはならなかったかもしれない。ちなみに、「あのたす」というのは救出隊で流行っている言葉で事ある毎に「あのたす」と言い、「あのたす」と返す。ただそれだけのことである。

 救出隊は手荒にピクピクしている男を抱え、首なしの死体を袋に詰め、その場をあとにした。







 死体の血だまりが揺れる。

 そして、地面からぶくぶくと溢れ、一つの形を作り出していく。

 人のような姿だが、蝙蝠のような羽、蜥蜴のような尻尾が生えていた。


「アノタスゥ……! アノタスゥウウウ」


 黒い何かは空へと舞い上がり、夜の闇に沈んでいった。

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