パチパチと焚火が音を立てている。
【大蛇の森】はすっかり夜となり、不気味な静かさが広がる。
その中にぼんやりと浮かぶのは真っ白な女の恨めしそうな顔。
「ほんぎゃあああああああ!」
タルトが悲鳴をあげると女はそちらを向き……
「タルトうるさい凍らすわよ」
真っ白な女はそう呟くと吹雪を起こし……
「って、シアさん何吹雪魔法使おうとしてるんですか!?」
タルトは、真っ白な女、改め、シアに向かって叫ぶ。カインはそれを見ながら『随分仲良くなったなあ』とニコニコしながら見つめていた。
「うるさい……私の、女としての尊厳を、あんな野蛮鬼赤いのに奪われた私の気持ちが分かってたまるか」
「はあ~、ならもっと勉強しろ白いの「しね」てめえ俺がまだ喋ってる途中だろうが!」
タルトは騒ぐ二人に関われば良い未来はないと判断しその場を離れる。そして、カインのところに辿り着くと顔を真っ赤にしながらちょこんと隣に座る。
「あはは、まいった、ね」
「いえ! まいったどころか! あ、い、いえ! まいりましたねえ、えへへ」
話は、カインたちがキャンプ地に戻ってきたところまでさかのぼる。
その頃には、魔雪も止み、あたりは真っ暗になっていた。
「え? 真っ暗?」
カインは驚く。確かに、この【大蛇の森】の川のような
なのに、火が見えない。
「シア!!!!」
カインは慌ててキャンプ地に近づく。そこには蹲り泣いているシアと……水浸しの黒いナニカがそこにあった……。
「つまり、なんだ。晩飯の為に、塊の肉を焼こうとしたら、肉が燃えて、慌てて火を消そうとしたらびちょびちょにして、そうして出来上がった黒いナニカを見て、へこんでいた、と」
「そうよ……あかいのしね」
「いや、俺何も悪くねえだろ!」
シアはみんなが焚火を囲んで会話をしている中、すみっこで膝を抱えて、うっすら吹雪いていた。シアは真っ白な髪、真っ白な肌、細い手足と見た目だけであれば、薄幸の美少女であり、女性の理想に見えるが、元々おてんばであまり女性的な趣味が好きではなかった。なので、キャンプの料理とはいえ、作れる自信はなかった。
だが、カインに手料理を食べてもらえるそのメリットに惑わされ、気付けば料理当番を自ら引き受けていたのだ。しかし、これでは逆効果。カインにアピールどころか引かれる可能性もある。というか、十中八九引かれる。
取り戻すことの出来ない黒いびしょびしょの過去と膝を抱えながらシアは落ち込んでいた。
「しょんぼり……」
「ああー! もう! 貸せ! どうせ一気に真っ黒にしたくらいだ! どうせ中の肉は炭になってねえだろ! 白いの! てめえは黒いのを取り除け! 俺はそれと一緒にパンにぶち込むモンをつくる!」
と、グレンは頭に布を巻き、調理を始める。シアは初め呆気にとられたものの、近寄ってきたカインに肩を叩かれ、慌てて抱えていた黒いナニカの黒い部分を削り取り始める。確かに、削ってみると中はそこまで焼けておらず軽く炙った程度の状態になっていた。
そして、カインに促されながら、肉をスライスしていく。そして、串に刺したスライス肉をそーっと火の上に動かし燻す。すると、野菜やらなんやらを刻んで味付けを終えたグレンがその野菜と切れ目を入れたパンを持ってくる。更にグレンは慣れた手つきで、パンに具材を挟んでいく。カインはそれを見ながらにこりと笑った。
そして、そのグレンの見事な手際と自分の差を感じ一人へこみ、先ほどの騒動に至ったのだ。
「まいった、けど。どう? 少しは賑やかなのも楽しい、でしょ?」
「え? あ、は、はい! 楽しいです!」
カインは満足そうに頷くと、タルトは顔を真っ赤にしながら俯き、
(そうか、シアさんとグレンさんは私の為に敢えて賑やかに……)
タルトは瞳を潤ませながら、二人のほうを見ると、
「料理が出来るからなんなの私だって料理くらいできるわあんたのね」
「やれるもんならやってみろやあ! それより早くパンに挟むのやれやあ! お前がやるって言いだしたんだろうが!」
ひゅん
(あ、これ絶対違うな、うん)
タルトは涙が引っ込んだ瞳を別の方向に逸らした。
「じゃあ、シア、と、グレンが作って、くれた挟みパンを、食べよう。ありがとう、シア、グレン」
「……うす」
「は、はい!」
「ありがとうございます! シアさん! グレンさん!」
「てめえは何かしろや……!」
「ずっと嬉しそうにカインさんの横をキープしてぬけぬけと……!」
「ひ、ひいいいいいい!」
お礼を言うタルトに凄む二人を見ながらカインはまた笑った。
賑やかな食卓は久しぶりだ。宿に居る時はココルと一緒だったのだが、ココルは、
ただ、食べる必要性がない。なので、ココルは食事中ずっとカインの食べるさまを静かに見ていた。そして、カインもそれに何も言えず、ただただ顔を真っ赤にしながら静かに食事をした。
なので、こういう賑やかな食事の場は……『工房』に居たとき以来かもしれない。
(そういえば、バリイ達と食事することなんてほとんどなかったなあ)
彼らと同席すれば、嫌な顔をされる。その空気がイヤで、メエナに迷惑を掛けたくなくて、カインは自分の部屋でパンを片手に黙々と作業兼修行をしていた。なので、カインが騒がしい食事を体験したのは、遥か昔、工房での魔工技師修行の頃だった。
そんなことを思い出していると、上は大火事、下は凍結にさせられかけているタルトを見かけ、慌てて間に入る。
「そ、そういえば、タルトの
「えーとワタシの〈鑑定〉ですか? ワタシの〈鑑定〉はシアさんと同じ精霊魔法ですね。ただ、契約精霊魔法ですが。」
契約精霊魔法は、シアのように生まれつき身体に精霊が宿っているのではなく、『精霊との対話』を経て、自分の身体に宿ってもらう方法のことを言う。なので、条件や報酬もこちらから提案することが出来る。
「魔法の効果としては範囲が狭ければ狭いほど精密で多くの情報が分かります。広くすれば逆に……という感じですね。なので、基本は体から大体百メートルくらい広げて魔力探知と存在値計測中心で行っています。それで……」
「ちょ、ちょっと待って!」
カインは慌ててタルトの話を止める。
「ほええ? な、なんですか? カインさん」
「タルトの凄さが分かってきたんだけど、とりあえず、二つ。存在値ってなに?」
「ええと、存在値というのは存在値なんですが、例えば、人々に認識される、神々に認められる行為をする、魔物を倒す、等の行為を行って高めた数字ですね。冒険者ギルドのランクに近いものがありますね。我々海人族は【魂の価値】とも呼んで、この価値を高めることが日々の楽しみになっています。で、もう一つは多分、リバースネイクの急所を突けた理由ですよね?」
「……! うん、その通り。あれは、どうやって……」
「しっかり刺さりきったのはカインさんの〈潤滑〉のお陰ですが、そのポイントを調べたのはやっぱり〈鑑定〉ですね。〈強度鑑定〉することで相手の皮膚や武具の弱い点を、〈魔力鑑定〉することで相手の苦手な属性を、あとは〈スキル鑑定〉で相手の使う魔法や技を見抜きながら戦略を立てるのがワタシの戦い方です。まあ、〈名前鑑定〉はいまだに出来ないんですけど……」
(((いや、それだけで出来たら十分だろ)))
三人は挟みパンと一緒にその言葉を飲み込み流し、食事の時間は過ぎていった。