「うそ……魔族……?」
シュリが茫然とした顔でつぶやく。
その声が聞こえたのか、クバリは梟のようにぐりんと人ではありえない首の回し方でこちらを見てくる。
「また、鬼人の子供か……おやあ、只人も一匹。なるほどナルホド、穴を見つけたれたのはオマイらのお陰かな。アリガトー」
「どういう、こと?」
クバリの身の毛もよだつような気味の悪い笑顔をじっと見据えながらカインが問いかけると、クバリは更に口角をあげる。
「オイラは、白ネズミの巣穴を探してた。んで、全然見つからないカラさ。この辺の魔物操って荒らしたら出てくるかカナアと思ってたら出てコナイ。で、もしかして鬼人族がカバッテルのかと思って、結界石をコワそうとガンバってたら、今日ナント鬼人族と白ネズミのコドモ達がいるジャナイ。ウレシー」
クバリは所々奇妙に口を歪ませ気持ちの悪い発音を絡ませながら話していたが、その奇妙な声以上に話の中身がカイン達を困惑させた。
「じゃあ、結界石は、君、が」
「そう! オイラ残念ながら弱いのヨ。だから、魔物に行ってもらおうと思ってネ」
結界石は、魔を弾くものではない。
魔力を持つ生き物に対し、不快感を与えるようなものだ。
だから、カインは勿論、鬼人族も結界石に近寄りたくはない。
ただ、近寄りたくないだけで理性ある者は、それが必要なものだと一時の不快感を我慢し通り過ぎるのだ。
魔族も知性を持つ為、勿論乗り越えられる。
だが、魔族は希少な種族であり、ほぼ天災扱いだ。
なので、魔物を嫌がらせる結界石が一般的な備えなのだ。
その結界石を魔族が壊そうとしていた。
それを未然に防いだのがカインだったが、魔族の目的を果たさせてしまったのもカインだったのだ。
「なんで、白ネズミの、巣を?」
「わからん! オイラの仕事は見つけて白ネズミを捕まエル、だけ」
「カインヌー―――!!!」
クバルがまた嗤うと同時に、ラッタが飛び込んでくる。
「おっと、珍しい。言葉を話す白ネズミ。言葉を話す……? ソウか? そウカ! おまいもか! オマイも! アノー神の使いカ!」
「アノー神!? 訳の分からないことをいうなー! 私は王子様だ!」
「王子サマ!? オマイ、王子様なノか!?」
「そうだ!」
頭のおかしな魔族と、おかしな会話を続けるラッタだったがその会話もクバリの黒い魔力が溢れ始めたことで中断となる。
「シュリ! グレン! みんなを連れて巣穴、に……!」
カインの言葉を遮ったのは、クバリの背後から迫ってくる魔物の大群だった。
それは、
カインとラッタは息を呑んだ。
大猪が子を連れて動いているところは見たことがあったがこんな大勢でしかも、統制の取れた集団は初めて見たのだ。
「な、んで、大猪が、こんなに」
「どういうことだ! わけわからぬことを言う黒いの!」
「おいらは
「そうか! 私は王子様ラッタだ!」
相手が名乗ったので、貴族の嗜みとして名乗り返したラッタを無視しカインに向かってクバリは自慢げに話しかける。
「おいらは死霊を操ることが出来る。その死霊をこの辺にいた大猪達の中にいれチャッテ、あやつっチャッテ、おまいらコロすー! 全部ぜーんぶコロすー!」
生け捕りにする話はどうなったかと悪態を吐きながらカインは戦闘態勢を整える。
「シュリ! グレン! みんなを!」
その言葉より早くグレン達は巣穴に潜り込もうとしていた。
その様子にカインはほっと息をつくが、鬼人達の子供たちは暴れる白ネズミたちを抱えながらなのでスムーズにはいけないようだ。グレンとシュリが最後尾から早く降りるよう促している。
「全部って言ってるだろウー!!!」
クバリが黒い魔力を帯びた手をかざすと、大猪が一匹こちらに駆けだしてくる。
いつもなら〈
下がるわけにはいかない。大猪のあの勢いではかすっただけでも致命傷になるとカインは覚悟を決めた。
カインは素早く
緑と青色が混ざりこんだ魔力がカインの目の前の地面に。茶色い魔力がカインの鍵盤と、足元に広がる。
「カインヌ! 私はどうすればいい!?」
「が、がんばって!」
「得意だ!」
ラッタの質問に答える余裕のないカインは適当な言葉をラッタに投げかけたが、ラッタは分かったようで急に駆け出していき……どこかへ消えた。
ラッタの謎の行動は無視し、カインは目の前の大猪の対応に集中する。
大猪との距離が5メートルほどになった瞬間カインは青と緑の魔力を発動させる。
するとカインの目の前の地面の魔力が氷の棘となって飛び出し始める。
そして、その魔力は風に流されるようにカインと大猪を結ぶ直前上にドンドンと氷の棘を生み出していく。
大猪の怯むことなく飛び込んでいくが、少しずつではあるが勢いは落ちていく。
それでも前に進むのは死霊術のせいかとカインは予想しながら次の手を打つ。
鍵盤を叩くと今度は茶色い魔力が広がり、カインの足元にカインを支えるような岩が生え、鍵盤からは岩の大盾が現れる。
次の瞬間、地面が揺れるかと思うほどの轟音が鳴り響く。
大猪の突撃がカインの岩の大盾にぶつけられたのだ。
「ぐ……! ぐ、うぅうううう……!」
カインはうめき声をあげながらもしっかりと低く構え腰を落とし大猪の体当たりに耐える。
そして、少しずつ勢いが落ちていくのを感じ、また、後ろであとはグレンとシュリの二人だけになったことに、少しだけ息を吐いた。
その瞬間だった。
先程よりも大きな衝撃がぐしゃりという肉が潰れるような音を一緒に襲ってきたのだ。
その一撃に対しカインは支えきれないと即座に判断する。
「二人! ごめん! 逃げろ!」
「え?」
目を見開き驚くだけのシュリをグレンが腕を取り引っ張る。
そして、凄い勢いで飛びシュリを抱えたままグレンはごろごろと地面を転がる。
その開いた空間にカインと岩の大盾と潰れた大猪と勢い堕ちない大猪が駆け抜ける。
二匹目の大猪が一匹目を潰しながらカインに突撃してきたのだ。
その二匹目の大猪も白ネズミの巣穴に意識がいってなかったのか簡単に躓き転がりながら大きな岩にぶつかり動かなくなる。
「いえーイ。一匹倒したネ」
「な、んで」
「ナンデ? 大猪がなんで同じ大猪を殺したのかのナンデ? ナンデか、おいらが操ってるから。なんでカ、大猪なんでいくら死んでもいいカラ。おいらは全部ブッコワせればそれでいいから。おいらは全部ぶっこワして全部モラウ。へゲ」
クバリは両手を広げ、口をゆがめた。
カインはクバリの隙を突こうと身体を動かそうとしたが、痛みが全身に走る。
どうやら背中を強か打ち、どこかの骨にひびが入ったようだった。
苦痛に顔を歪める。
絶望的な状況にシュリは顔を青くする。
シュリは自衛の為の戦い方は知っているが、大猪や魔族を倒す方法は知らない。
倒せるとしたら、冒険者であるカインだけだ。
けれど、遠くてよく見えないが、カインもかなりつらそうな様子だ。
自分たちははるか遠くにいる為逃げようと思えば逃げられる。
シュリは自分を抱きかかえているグレンを見上げる。
グレンは痛みに顔を顰めがらもどうにかする方法を考えているようだった。
その様子を見てシュリもまたこの絶望的な状況をひっくり返す奇跡のような方法はないか考え始める。
「ぎゃははッははハハッハアはははは! イイね! よいネ! 負の心がミチているネ! じゃあ、ゼンブいたたきまぁバアアアアアア!」
舌なめずりをしてカインに近づこうとしたクバリの背中に大きな衝撃が走る。
そして、砂煙を巻き上げながら吹っ飛び、二匹目に突撃した大猪の身体に思い切り突っ込む。
「はっはっは! 王子様ラッタ、参上!」
葉っぱまみれになったラッタが両前足を上げて構えている。
「ラッ……」
「フザケルナ! フザけるな! フザケルニャアアアア! 無傷で全部コワシタかったのに! モウダメだ! オワリだ! 終わらせル! このネズミがぁあああああ!」
クバリの絶叫に応えるように大猪の大群が、ラッタや、ラッタによろめきながら近づくカインを囲む。
「……ラッタ、ごめん、ね。俺のせいで……」
「カインヌ、頼みがある……」
ラッタの初めて見る真剣な表情にカインは戸惑う。
「あ! ダメだ! みんな!」
巣穴から子供の声が聞こえる。
ネズミたちが飛び出してきたのだ。
ラッタを救う為だろうか皆決死の覚悟を宿した目で現れる。
「イひゃひゃひゃひゃ! ネズミがいっぱい! 全部ゼンブおいらがモラウ! もらっチャウ!」
「カインヌ!」
「……ラッタ」
「アレ、全部私たちが貰ってよいか?」
「「は?」」
カインとクバリの声が重なる。
ラッタは小刻みに震えながら何かに焦るようにこちらに向かって叫んでくる。
「だから! 貰っていいのかよくないのかと聞いている! 『素早く返事』は貴族の嗜みだぞ!」
「い、良いです!」
ラッタの勢いにカインは思わず答えてしまう。
その答えを聞いたラッタは大きく口を空け、その口から涎を溢れ差し、輝く目でカインを見た。
「じぇ、じゅるるる、全部だじょ、ずるるるる、全部だぞ! 良いな!」
カインはただただ首を縦に振る。
「皆の者! 我々のご馳走がこんなにだ! 全部貰ってよいそうだ! ゆけー!!!」
ネズミ達が歓喜の鳴き声の大合唱を響かせると、大猪の群れに飛び込んでいった。
「ハ?」
と、クバリがいう間に、ネズミ達は大猪にかぶりついた。
そこからは、クバリにとって、惨劇だった。
大猪が一匹、また一匹と内臓や骨を見せながら崩れ落ちていく。
どうやら大猪こそがラッタたちの食料だったらしい。
それがクバリの死霊術で連れ去られていたのだ。
崩れ落ちた大猪は、ネズミ達によって巣穴へと運び込まれていく。
その様子を見たカインたちは目を疑ったのだが、カインの何倍もある大きさの大猪が巣穴に文字通り吸い込まれるように入っていったのだ。
噂に聞く魔法鞄のようだなーとカインは夢の中にいるような心地でぼーっと眺めた。
そして、慌ててラッタに伝える。
「大猪、は死霊術で操られて、いるから、悪い魂を浄化、しないと」
「カインヌ! もぐもぐ! 心配するな! もぐもぐ! 私達はもぐ魔力が視えもぐからな! 黒い魂もぐもぐ、もぐもぐするから大丈夫だ!」
一匹の大猪を一匹占めしているラッタは食べながら言う事には、ネズミ達は魔力が視えるから悪い魂のある場所も分かるようで、それを食べれば大丈夫らしい。
大丈夫なのかどうかは分からないがあっという間に半分を平らげたラッタがとてもいい笑顔でいるので恐らく大丈夫なのだろう。
「まあ、オムスビのおいしさにはかなわんがね!」
と、ラッタはとてもいい笑顔でカインを見た。
カインは、夢かと思って頬をつねったが目は覚めず、背中の痛みも本物だしなと苦笑した。
そして、悪夢を見ているクバリは叫ぶ。
「ナナナンだよ! おまいら! オマイらはなんなんだよ!」
「王子様だ!」
「ウルせえー!!! モウイイころす! ころして全部ウバウ!」
そう叫びながらクバリは黒い宝玉を手に取る。
「ブっころす」
クバリが宝玉を叩きつけると音を立てて砕け、黒い霧がクバリを包む。
そして、現れたクバリは鎧に包み込まれていた。
「あれは、収納、魔法?」
「ぎゅふ! そうダ!