鎧を身に纏ったクバリが暴れだすと、ネズミ達は逃げ惑う。
その様子を眺めるラッタは顔を歪ませる。
「く! カンカンのはまずいぞ! 我々はカンカンに傷はつけられぬ!」
「じゃあ、どうすんだよ!」
ネズミ達の様子に近づいてきていたシュリ達が叫ぶ。
「土竜鼠……あの! 穴に落とすっていうのは!?」
「はあ!? 穴に落としたところで……」
「それだ! グレンヌ! しかし、あの重くて硬いのをどうやって」
「俺が! やる! ラッタは穴を!」
「うむ! では、巣穴の前に落とし穴をつくろう」
ラッタがカインの股の間をすり抜け巣穴の方へ走っていく。
カインもまた、ラッタの後を追いながら鍵盤を叩き続ける。
背中が痛み顔を歪ませながらもカインは茶色い術式と茶色と黒の混じった術式を組み上げる。
「〈
穴を掘っているラッタを飛び越え、地面に着地した瞬間、背中から広がる激しい痛みを堪えるように自身の最も得意な術式を地面に打ち込む。
瞬間茶色い魔力が広がる。
「よし! 皆の者巣穴に戻れ!」
ラッタの声に反応したネズミ達は鎧の攻撃を避ける動きではなく一斉に巣穴の方へと駆け出す。
クバリも、その後を追うべく駆け出す。
「はッハッハはハハ! 巣穴に逃げるのか! イイな! 一網打ジン! 全部イたダキだ! ……な、ニ!?」
ネズミ達が四つ足で走るのをやめ、地面を滑り始める。
そして、器用にラッタの作った落とし穴を避けると再び巣穴へと駆け出す。
クバリは、潤滑の術式に足をとられ、滑りだす。
「アレハ……落とし穴カ! 下らなイ真似を!」
目の前で口を開いて待ち構える落とし穴に嫌な予感を感じたクバリは鎧の指を地面に突き立て留まろうとする。
「ぐう……! 〈
その時カインは鍵盤から緑の光の線をクバリに向けて飛ばす。
そして、その光の線はクバリに繋がると鎧に無数の術式が浮かび始める。
「なんだあれは!? 気持ち悪いな!」
「あれは、多分、あの、鎧の、術式! あれを書き換える!」
カインは魔導具士の大発明と聞いて、あの鎧は魔道具であれば、何かしら魔工技師として対応できないかと考えていた。
そして、〈接続〉、〈精査〉と、書き換えようと考えたのは魔工技師としての本能だったのかもしれない。
カインは術式に目を走らせ、理解可能で利用可能な術式を見つける。
そして、その術式を書き換えるべく、鍵盤を走らせる。
方法としては難しくない。
ただ、魔導具の術式の中に余計な術式を加えて誤作動させればいいだけだった。
「バカな! そんなことが出来る訳が! ……ソレに、もう少し耐えレバ、おいらノ勝ちのようだな」
クバリが視線を下に向けると、〈潤滑〉の術式が少しずつ弱まっているようだった。
「ぎゃははっハあはハハハ! 術式がきれたら全部ウバってやる! おまいの大切なモノも! ネズミ共も! 鬼人のガキのゼンブも! 全部ダ!」
勝利を確信したクバリが大声で嗤うと、シュリは思わず叫びそうになった。
「テメ……」
「いい加減に、しろよ……! テメエエエエエ!」
「え?」
シュリが声の方を見ようと振り返ると、その目の前を無色の魔力が飛んでいった。
そして、クバリの身体を押し出そうとぶつかっていく。
「げヒ! にゃ、ニャに、が……! あ」
その言葉が終わる前にクバリの身体から力が抜けた、いや、鎧が急に力を失った。
「妨害、完了」
クバリの鎧の光の線の先にいるカインが小さく笑っている。
そして、再び潤滑の術式を滑るが、途中で潤滑がきれたので勢いのままごろごろと転がっていく。
「この……! 落とし穴ナンて!」
「はっはっは! 落とし穴ではない、地獄穴だ」
「……エ?」
その瞬間、クバリは鎧と共に黒い穴に吸い込まれて消えていった。
静寂があたりを包む。そして、
「我らの勝利だ!!!!」
ラッタの叫び声で巣穴から飛び出してきたネズミ達が騒ぎ出す。
勝利だ、や、大漁だ、などと騒ぐネズミ達をカインは苦笑しながら眺めていた。
「あの、カイン、さん……地獄穴って……」
「何も、聞かなかった、ことに、しよう、それより」
カインがシュリが背中に担いでいるグレンに目をやる。
「気絶してるみたい。生きてるよ、……でも、なんだったんだろう。さっきのグレンがやったんだよね」
「多分、でも、ひとまず、生きてて、よかった」
「……うん! カインさん! 助けてくれてありがとう!」
カインは、泥と血にまみれた顔で笑っていた。
「はっはっは! ラッタ様に恐れ入ったか! 地獄に落ちろ! 文字通りな!」
カインは、苦笑していた。
その後、ラッタたちとの別れは大変だった。
ラッタがなんと大猪の肉を差し出してまでカインを留めようとしたので、ネズミ達は大騒ぎになったのだ。
「本当に! 本当に! 行ってしまうのか! カインヌ!」
「う、うん……でも、まだ、暫くは、グレンの通ってる街にいるから、ね」
「おう! 行くぞ! 行くから頭撫でられを頼むぞ! 貴族の嗜みだからな!」
「う、うん」
「……カインヌ、笛は持っているか。私のやった笛だ。それを吹けば私はどこでもやってくる。だから、いつでも呼ぶんだぞ!」
「う、うん」
クバリの落ちた穴は巣穴付近にあったので巣穴とつながっていなかったのかとカインは聞いたことがあった。その時、ラッタはきょとんとして、
「異次元に繋がっているからな。大丈夫だ」
と事も無げにいったので、カインはスルーした。
もしかしたら、この笛もとカインは手に持った歪んだ木笛を見て首を振る。
数日後、この笛の力に驚愕し、とある商人に詰め寄られることになるとはカインはこの時思いもしなかった。
「シュリ、オムスビ、お願いね」
「任せておきな、さい、よ。私が、絶対、届ける、わよ」
シュリがぎこちない言葉遣いでカインに応える。
「シュリ、やっぱり無理しない方が……」
グレンが心配そうに声を掛けるとシュリは眉間に皺を寄せて怒る。
「大丈夫だよ! わよ! 私は、女の子なん、だから普通だ、わよ」
グレンはシュリの変化に戸惑いながらも、曖昧な笑顔を送り、手を振る。
シュリはその様子に顔を真っ赤にしながら小さく手を振り返す。
そして、カインはグレンの働いているという街へと旅立っていく。
カイン、グレン、そして、ラッタは、この後、何度も再会を繰り返し、騒動を起こし続けることを知らないままに別れを惜しんでいた。
巣穴の中。
小さな黒い魂がうごめいていた。
「げひ……ようやく、飛べるようになっタ。もっとモット大きくなっテ。全部、ウバってやるからナ、って、アレは……」
巣穴の中におかれた大きいな宝箱にふよふよと黒い魂は近づいていく。
「宝箱……オオきいなイイものがアリそうだな。ゲヒャ」
黒い魂はその宝箱の蓋に張り付く。
その瞬間、宝箱は大きな口を開き、黒い魂を呑み込もうと迫る。
「ゲヒャ……! ナんで、
そして、宝箱はその黒い魂をばくんと閉じ込めそのまま何事もなかったかのようにじっと動かなくなる。
大きな宝箱は、化け物ネズミの棲む巣穴に連れてこられて以来ようやく小さいとはいえ魔力を食べることが出来て歓喜に震えながらも、あのネズミ達が来る前にと再び口を閉じ欲深い獲物が開いてくれる日を待ち始めた。