「ねーねーカインおにいちゃん、このまえの続きまだー?」
「う、ん、ちょっと、待っててね。また、持ってくる、から」
孤児院で一番幼いディセがカインの服の裾を引っ張りながらカインを困らせている。
「ディセは、ほんとにカインのおはなしが好きね」
「うん! カインおにいちゃんのおはなし、ディセすき!」
カインはこどもたちが喜んでくれたらと時折物語という程ではないが、子供向けの『おはなし』を絵と一緒に作って聞かせていた。
それが思った以上に好評で、年下組から常に続きをせっつかれ、カインは困っている。
しかも、そのおはなしもほとんどが父親が聞かせてくれたおはなしで、カインのオリジナルではないのがよりカインに罪悪感を抱かせた。
「はあ……なん、か、申し訳、ない、な」
「ん? いいんじゃない、あの子たちが喜んでるんだし、お金とってるわけでもないし」
事情を知るレオナがため息を吐くカインを慰める。
「で、も」
「それに、絵はカインのものでしょ。アタシ、好きよ。アンタの絵。なんか、かわいい」
ぱあっと笑うレオナに見とれていると、それに気づいたのかレオナが慌てて「絵がね! 絵が!」と強調する。
「そ、そんなことより! ほら! ジャニィ達が待ちくたびれてるから、行こう!」
レオナがカインの手を引いて、ジャニィ達の元へ向かう。
ジャニィ達は眉間に皺を寄せながらカインたちを待っていた。
「おっせーよ! さっさとやろうぜ! 『おいかけっこ』!」
基本的に孤児院での生活リズムは決まっていた。
『あのたすのお手伝い』と勉強・訓練を交互にやり、週に一度自由日を挟む。
孤児院としては異例のスケジュールなのだが、あのたすのお手伝いのお陰で生活は苦しくない。
そんな中で行われるおいかけっこも勿論訓練の一環だ。
提案したのはカインだった。
孤児院の子供たちにまず覚えてほしいのは『戦闘の避け方』だとカインは力説した。
戦闘能力自体はあって悪いものではない。
だが、中途半端な力や技術は己を溺れさせる。
カインを追放したあの男のように。
だから、カインはまず戦闘を逃れるすべを教えることにした。
最初にグレンに追いかけられる側になってもらい、子供たちに『逃げるかっこよさ』を見せた。
そこからは遊びとしての楽しさも相まって、逃げる技術を磨き続けた。
そして、初の『実戦』の苦い思い出が彼らに逃げる強さを学ばせた。
今日は、マチネの提案で男組と女組で分かれてのおいかけっことなった。
男組は、ジャニィ、ラギ、オーガス、ナーガス、オクト、シモン、カイン。
女組は、マチネ、ウヅ、サキ、ジュン、フヅ、ディセ、レオナ。
ルールは基本的にはシンプル。
時間内に追いかける側が逃げる側を掴まえたら追いかける側の勝ち。
時間内に掴まえられなければ逃げる側の勝ち。
ただし、追いかける側は直接攻撃等をしてはいけない。
そして、逃げる側は掴まえようとして伸ばした手への妨害は可能だった。
まずは、男が逃げ、女が追いかける。
身体能力のステータスでは男の組の方が高く圧倒出来るとジャニィ達は踏んでいた。
しかし、結果は無惨。
カイン以外の男の子たちは地面に這いつくばっていた。
女組は、最初に二対一の形を作り上げ、カインを除く年長二人を追いかけまわした。
残ったレオナ含む三人がその他五人を追いかける。
カインはその状況を理解はしていたが、リーダーであるジャニィの指示や相談がない以上、何もしないがせめてとレオナの気を引き、逃げることに専念した。
ジャニィとラギは子供たちの中でも体術も優れているため、二対一でもなんなく相手の伸ばした腕を捌いていた。
最初のうちは。
一人が掴まえにいき、もう一人が進路を遮り、相手の意識を割かせる為だけに集中した動きをとるコンビネーションにどんどん削られていく。
その内に、ジャニィとラギが疲れ果て捕まる。
この時点で残り時間は五分の一だったが、それ以降はあっという間だった。
カインを除く年下メンバーでは人数差には歯が立たず一瞬で捕まってしまう。
残りはカイン一人。
そして、カインは追い詰められていた。
「はあはあ……カインおにいさま……!」
「カイン~、いい加減観念してアタシに捕まりなさい~」
マチネとレオナが頬を染め、息を切らし、手をワキワキさせながら、にじり寄ってくる。
(……こわい)
カインはシンプルにそう思った。
しかし、身体は染みついた動きに従う。
マチネとレオナの二人同時の『襲撃』もカインは躱し続ける。
マチネはまだ若いし、レオナは体術に優れていても蹴り技が主で手を使った動きは足ほどではない。
それに何より、二人がここに至って協力できていないのがカインにとっての救いだった。
一方の手を読み、もう一方を防ぐのに利用する。
それを繰り返す。
カインの察する力あってのものだったが、限界はある。
時間ギリギリでカインはバランスを崩す。
「カインおにいさま……!」
「もらった~!」
マチネとレオナは勿論その瞬間を見逃さない。
二人の獣が身体をしならせ飛び掛かる。
カインはひ、という声をあげながらも必死で身体を転がす。
少しだけずらした体によって出来た空間にマチネとレオナが飛び込み、抱き着きあう形となる。
「「……え?」」
二人が声を揃えて目をぱちくりさせているその横でカインは、
「「「「「つ~かまえた!」」」」」
それ以外の女の子組にもみくちゃにされていた。
「つ、つかまった~」
心からの安堵の表情を見せながら子供たちときゃっきゃするカインを抱き合いながらジト目で見る二人。
そして、複雑な表情でそれを眺める男の子たち。
追いかけっこ一回戦はそんな混沌の中終了する。
二回戦は役割を交代して行われたが、これまた女組の圧勝だった。
プライドが邪魔してか、女の子達と同じ戦法は使わず、各自自由に追いかける男組だったが、女の子組は逃げる側でも同じように二人組で行動し、逃げるというよりも一人が探索・指示、もう一人が妨害、そして、隙が出来れば二人で移動という作戦で見事に逃げ続けた。
後半になると、マチネとレオナがカインの目の前をとても横切り始め、「し、しまったぁあ! カインおにいさまがこっちにいるなんて~」「く! カイン! 掴まえるなら掴まえなさい!」となんだか掴まえてほしそうに行動し始めた。
そして、それを一番幼いディセに「まじめにやって!」と怒られたところで終了となった。
「じゃ、じゃあ、反省会、を、しよう」
その後は、反省の時間となる。
何がダメで、どうすべきだったのか意見を言い合う。
カインはこの時間が冒険者には圧倒的に足りてないと感じていた。
魔工技師は、自身の魔導具を実際に動かしてみて、何が良くて何がダメで今後どうすべきかをじっくりと考え、時に意見を貰う。
しかし、冒険者は、戦いという興奮状態に陥るせいか、終わった後は、罵りあいか、酒を飲むか、つかれてベッドに倒れこむかが多く、反省は次の探索前となることが多い。
勿論子供たちが冒険者になる必要はないが、グレンたちに憧れてか冒険者志望が多いため、せめてと反省の癖をつけたいとカインは考えていた。
今日はカインがいたせいもあってかいつもの状況とは違っていた。
女の子は気合が入っていたし、男の子はカインと張り合いたがった。
その結果がこれなのだろう。
話し合いでは、男の子達も冷静に女の子達の作戦を評価し、今後はアレの対策を考えようとなった。また、二人組の欠点や長所を挙げ、三人組なら四人組ならと話が進んでいく。
カインは木陰で座って休みながらそれを微笑ましく見ていた。
すると、レオナがそっと近づき、囁いてくる。
「カイン、ありがとね」
「え?」
「アタシ、こんなに希望? うん、希望に満ちた光景が見られるなんて思ってなかった……。マシラウでは生きるのに、お金を稼ぐのに必死で、自分なんてどうでもいいと思ってて、とにかく、まっくらな中で、あの子たちがちょっとでも泣かないでくれたらっていう小さな光に縋ってた。でもね、今はあの子たち、あんなキラキラして笑って、次どうしようって話してる。まあ、今はおいかけっこの話だけど、それだけじゃなくて、これからどうしよう、どうしていきたいか考えてる。それが、うれしくて……カインにはお礼を言いたかったの」
「……うん」
レオナがふと頭をカインの肩に置く。
汗ばんだ二人のにおいが混じりカインは顔を赤くする。
「あ、の……レオナ……」
「ちょっと、ねむい……ふふ、カイン……こうしてるとね、なんかね、かぞくみたいじゃない? こどもたち、アタシ、おかあさん、カインがおとーさん……」
カインは眠気まじりのとろんとしたその言葉に、目が冴えてしまい、ただただ硬直し続けた。
けれど、この日々は。
子供たちやレオナ、そして、小さな手のメンバー、街の人たちが未来を夢見る世界は。
「守りたい、な」
カインは起こさないよう小さくそう呟き、自分が守った一つの『未来』であるレオナをあたたかく感じながら、たくさんの可能性溢れる『未来』を持つ子供たちを見守り続けた。