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四部13話 あばれんぼうお姉さんはデートをしましたとさ・前編

第一壁門の入り口近くにうっすらと人だかりのようなものが出来ていた。

道行く人がちらちらと視線を向けたり、またゆっくり見るために歩く速度を落としていたり、もう一度見るために引き返してみたり……とにかく、とある人物を中心に人が集まっていた。

その中心にいるのは美しい金色の髪を二つにまとめた健康的でありながら清楚な美少女だった。

クリーム色の、非常にシンプルなデザインの服装だったが、逆に、本人の素材の良さを十二分引き立たせ、また、少しばかりの装飾品が彼女の乙女心を表しているようで見る者の鼓動を早くさせた。

そして、何より人々が彼女に惹かれたのは、その表情だった。

緊張、喜び、不安、恋慕、期待、幸福、様々な感情が入り混じった真っ赤なその顔は、見る者に美しい淡い恋の思い出をよみがえらせ、人々の顔を緩ませた。

しかし、そんな幸せな時間も終わりを告げる。

彼女の元に一人の黒髪の男が訪れる。

彼女は男に気づきパッと顔を綻ばせるが、ハッと気づき眉間に皺を寄せる。


「カ、カイン! 遅いわよ!」


美少女の名は、レオナ。マシラウでは『聖女』とまで呼ばれた存在である。そして、黒髪のぼーっとした男はカイン。このレイルの街では『あのたす様』と呼ばれ始めている街の英雄である。


「ご、ごめん。でも、待ち合わせ、の、30分前、なん、だけど……」


カインは前回シアとの待ち合わせで自分の方が遅れてきたことを反省し、かなり早くに来たつもりだった。しかしそれでもレオナは先に来ていたのだ。

一体どれだけ早く来ていたのかとカインが純粋な疑問を浮かべ苦笑しながら首を傾げたのを見て、レオナはハッと気づいたように顔を真っ赤にし、ぶんぶんと手を振る。


「違う! 違うのよ! アタシは別に! 遅刻しちゃいけないと思って急いできただけで……」

「ん? うん……レオナ、って、意外と、心配性、だね」

「……! ううううううるさい! 早くて悪いことなんて何もないでしょ! 行くわよ!」


レオナがカインの言葉に顔をさらに真っ赤にし、眉間に小さく皺を寄せ、街の方へと歩き始める。

街の人々が、その二人の様子をほっこりと見ていたことに気づいたカインが小さく周りに会釈をすると、そこにいた人々からいっせいにサムズアップされ、


「「「「「あのたす……!」」」」」


囁き声で応援された、らしい。


最近、レイルの街では『あのたす』の言葉が流行り始め、誰もが挨拶のように使う。

いや、挨拶にほとんどなっている。


朝に。

『いよお! あのたす! いい朝だな!』

『あのたす。お前さんも元気そうで何よりだ』


昼に。

『手を洗った? お祈りはすませた? なら、お食べ』

『いただきます。あのたす』


夕方に。

『いやあ、すまんな! 助かったよ! あのたす!』

『いいってことよお。あのたす』


夜に。

『子供はさっさと寝ろい!』

『はーい! じゃあ、とうちゃん! あのたす! おやすみぃ!』

『ああ、あのたす! おやすみだ!』


と、こんな具合になってしまっている。

基本的には『ありがとう』のようなポジティブな使い方がされているので、カインからわざわざ言うことはない。ないが、恥ずかしいものは恥ずかしい。


人々のサムズアップに深々としたお辞儀で応えたカインは、その場を慌てて去り、レオナを追いかけた。が、あのたすの流行はとどまることを知らない。


「カインさん! あのたす串食べないかい!?」


あのたす串は、焼いた鳥の肉を串にさしたものだ。

店主曰く、


『あの時助けていただいた卵が鶏肉になって恩を返しに来ました串』

らしいのだが、しっかり聞くとなんとも食べづらい串なのだ。

とはいえ、味は本当に美味しく、評判の串だ。


「ほら! 彼女さんの分も! お代? いらねえいらねえ! 名前で十分稼がせてもらってるよ!」


串屋の親父は、そういうと串をカインに押し付け、再び声を張り上げた。


「さあ~! あのたすのカインさんも食べたあのたす串! 今日はいい日だ! 安くしとくぜぇえ!」


カインは、商魂逞しくも、気風もいい親父を見て笑うとレオナの元へ向かう。

レオナは相変わらず顔を真っ赤にして俯いていたが、何事を呟いておりカインに気づいていないようだった。


「か、彼女? 彼女? 彼女ってあれよね、恋人のあれよね、ほかに意味なんてないよね……どうしよう……え? 待って? どうしよう……」

「あの……レオナ……?」

「な…なに!?」

「どう?」

「どどどどどどどどうって? カインがってことよね? そ、そりゃあまあ、その……アタシとしても、吝かじゃないというか、まあ、アンタがどうしてもっていうなら考えてあげなくもないっていうか、こういうのはでも、もう少ししっかり考えて、知ってからにしたいというか……」


レオナが顔を真っ赤にし、背中越しのカインに対してとにかく早口で捲し立てる。


「ええと……で、できれば、はっきり、聞きたいんだけど」

「ははははははははっきり!? え? 何? そ、その! 好きかどうかってこと!?」

「まあ、そう、だね」

「すうぅうううう、はぁああああああ……ごめん、みんな。分かったわ。言うわ……す、す、好きよ! すっごく好き!」


レオナが意を決して振り返ると、目の前には……串。

そして、その奥にほっとした顔でそれを差し出しているカインがいた。


「へ? くし?」

「そっ、か……良かった~。じゃあ、コレ、どうぞ」


ぽか~んとした顔のレオナはそのままカインに渡された串を持ち、目をまん丸にしたまま、カインを見つめる。


「あ、もしかして、もう一本欲しい? でも、あの、食べかけで……」

「くし?」

「え、と……食べないの? もしかして、嫌い? でも、じゃあ、さっきの好きは……」

「好きよ! 好き! すっごく好きなのよ! だから、食べるわ! 悪い!」

「あ……う、ううん……ど、どうぞ」


その後、カインから奪った串の食べかけの肉を食べたことに気づいたレオナが真っ赤っかになり鼻血を出して倒れ広場が騒然となるが、串屋の店主が『あの聖女様もうますぎて倒れたあのたす串』として後にバカ売れすることになるのは別のお話。


気絶したレオナが意識を取り戻し、それでも、プリプリしながらカインの先を歩いていく。

けれど、その顔も次第に優しいものに変わり始めカインはホッとする。


(あの子たちに会う時はやっぱりいい顔してるなあ)


カインがそう思った瞬間、レオナはカインのくれた魔導具の靴で地面を蹴って駆け出す。

その先には、『あのたす孤児院』と書かれた看板を掲げた家の前で、笑っている子供たちがいた。

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