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四部16話 いじわるおにいさんはおたずねものになりましたとさ

その日カインはマコットと一緒に街を散策しながら近づく魔導具コンテストの打ち合わせを行っていた。


カインはレイルの街がいつも通りの活気を見せながらも少しばかり張りつめているような気がした。


「ぬぬぬぬぬぬ盗人が昨夜、魔道具店に入ったそうで、まだ、見つかっていないんです」


レイルの街はほかに比べればかなり平和な街と言えたが、それでも一定数の犯罪は起こる。

マコットからの話によると、盗まれたのはいくつかの高級魔導具であり、複数犯の可能性が高く、盗まれた店はカインとはあまり関わりのない貴族向けのお店だということだった。


「盗んだ、魔導具、は……」

「ままままあ、売るつもりでしょうね。冒険者が使っていればすぐにバレるでしょうし、多分、裏の店に流すつもりでしょうね」


レイルの街にも裏家業の人間たちは存在する。

そこには、盗品を売りさばくものもいるらしい。

カインも裏の人間にも顔見知りはいるが、レイルでは接触した事がない。


「ああああ朝一番で、聞いた冒険者ギルドの話だと領主様からの依頼として下りてくる可能性があるって、ジャニィ達と聞きました」

「ジャニィ達と?」

「ああああのたすのお手伝いで、早朝の清掃だったみたいで偶然会ったんです」

「そっ、か……無茶を、しないと、いいけ……」


ぐわぐわぐわ!


その時、カインとマコットの耳に大きな鵞鳥の鳴き声が飛び込んでくる。


「カカカカインさん!」

「行こう! 多分ジャニィ達だ!」


カインたちにはその鳴き声に聞き覚えがあった。

いや、聞き覚えどころではない。

『それ』を作ったのは二人だった。


『呼ぶ鵞鳥コーリング・グース』。

それは、あのたすの手伝いをする孤児院の子供たちの安全の為に渡したものだった。

『歌う鵞鳥シンギング・グース』を改良したもので、鵞鳥の形をした魔導具のお尻のピンを抜くと、内蔵された小さな魔石の力を使って鵞鳥が鳴き出す、というものだった。

鳴き出せば『歌う鵞鳥』のように、多少の魔力阻害効果があるのだが、目的はそこではなく危機が迫った時にレイルの街の誰かに伝わるというものだった。


カイン達は街の中を駆け抜け、鳴き声の場所を目指す。

すると、目の前に、布を巻き、顔を隠した三人組が現れる。

駆け寄ってくるカイン達に気が付くと方向転換し、右に曲がって、逃げるように走っていく。


「カイン兄ちゃん!」


その奥からジャニィ達が現れる。ジャニィの後ろにはラギ、マチネのようだ。


「ジャニィ!」

「多分、そいつら、ぬすっとだ!」

「わかっ、た! マコット掴まって!」


慌ててカインを掴んだマコットを確認すると、カインは〈潤滑〉からの、〈風〉によるコーナリングで、先に曲がったジャニィ達を追いかけ、追いつく。そして、カインはマチネに話しかける。


「状況は?」

「偶然裏路地で彼らのうち二人に会いまして、ラギがいつもの勘で怪しいと。危険を感じたら即時撤退を条件に尾行を。ギルドでの話にあった魔導具を確認した時に、三人目と遭遇。ジャニィがすぐに『呼ぶ鵞鳥』を発動すると、逃げだしたので、危なくない距離で追跡をしていました」

「分かった。けが人とか、は?」

「勿論、いません。カインお兄さまとの約束は破りません。今、年下組がギルドへ向かっています。真ん中組は後方支援で、後をついてきています」


無事の言葉を聞き、カインはほっと胸を撫でおろし、気持ちを切り替える。


「よし。じゃあ、俺が指示をしたら三人は後方の真ん中組を連れて、即時撤退、ね」

「ご一緒していいんですか?」

「約束は守ってくれてる、からね。それに、下手に別れて、向こうにも別動隊がいたら、まずい。マコット」

「ははははい! 今、グレンさんに連絡とりました。こちらへ向かっています」

「気を引き締めていこう。多分、ステータスでは、向こうの方が、上だ」

「カインお兄さま、分かるんですか?」


そう、カインはその盗人の一人の走り方に見覚えがあった。


「うん……当たっていてほしくはないけど……」


それはカインの察する力の高さと、どうしても忘れられない記憶を刻みつけた男だったからだろう。


(バリィ……!)


紺色の布を顔に巻いた男は間違いなくカインをパーティーから追放したあの男だった。

出来れば、顔を合わせたくない。大嫌いな男だった。


********


そして、それは追いかけられている男も同じだった。


(くっそ! 最悪だ!!!)


バリィは、冒険者ランクが落ちてから、依頼クエストを受け態々ランク上げすることに意欲が沸かず、とはいえ、働かねば金は得られず、汗水垂らして働いているところを人に見られたくはなく、顔見知りの冒険者崩れに誘われて、こういった悪事に手を染めるようになってしまった。


そして、そんなバリィもまたカインには気づいていた。


(ち! アイツがいるなんて……!)


裏路地を駆け抜けながらバリィは大きく舌打ちする。

ちらちらと後ろのカインを見ながら苛立ちを募らせる。


しかし、そんな状況も長くは続かない。


(ああああ、なんだ!? このガキども!)


ジャニィ達がバリィ達を付かず離れずの距離で追い詰め続ける。


最初遭遇した時はただの子供だと思っていた。

が、バリィが手に持っていた魔導具を見て、目を見開いた瞬間、関係者であろうと分かり、掴まえようとした。

しかし、一瞬で距離を取りこちらの動向を伺いながら、しっかりと足に溜めをつくるその姿に異常なものを感じ踏みとどまった。

その隙をついて、鵞鳥のおもちゃのようなものを鳴らされる。

音は異様に大きく、耳が壊れると焦ったほどだった。

その音の大きさとこちらを恐れないその態度に苛立ち、再度掴まえようと足を進めた時、仲間の二人に止められる。


彼らとの約束があった。

それは『命の危機でもない限り、戦闘はしない』ということだった。

戦えば、その癖や技、魔法等で正体がバレる可能性がある。

そして、一人バレれば芋づる式にバレていくことを懸念しての約束だった。


しかし、逃げたところで出会ってしまったのだ。顔見知りに。

顔は隠している。だが、あの面倒な男は、妙なところで勘がいい。

気づいている可能性がある。


その気持ちがバリィを苛立たせた。

更に、表は走れない為、裏のごちゃ付いた道を走っているせいか、思った以上に速度が出ない。

子供たちは、身軽に躱しながら進んでいく為、ステータスの差があるはずなのにかなり埋まってしまっている。それが更にバリィから判断力を奪っていく。


(そうだ、もう逃げても一緒だ。なら、いっそ!)


バリィは足を止めて、振り返る。

それに気づいた仲間たちが慌てて声をかける。


「おい!」

「いけ! 俺はバレた可能性がある!」


そう言うと、二人は一瞬の迷いを見せたが、頷きあい再び走り始める。


バリィは子供たち三人が先に近づいてくることににやりと顔を歪め、魔法を小さく詠唱し始める。


(子どもに守られているとはみっともねえなあ! S級パーティーのリーダーさんよ!)


「……絡みつく炎!」


バリィの手から黒く纏わりつくような炎が奔る。

が、その炎は誰にあたることもなく消えていく。


先頭を行くラギは魔力の起こりを感じ、二人に警戒のハンドサインを出していた。

そして、二人に送るそのハンドサインを見たカインは、遺物の鍵盤で三人に〈障壁〉と〈身体強化〉の術式を刻み付与する。

ラギの合図で魔法を躱し、バリィを包囲する。

勿論、カインとマコットも併せて回避している。

更に、カインは〈水壁〉、マコットが〈弱体化〉、マチネが〈耐火〉の術式で攻撃に備え、ジャニィとラギも遠距離用魔導具を向けけん制している。


あっという間に不利な状況に追い込まれ、慌ててバリィは盗んだ『魔導砲』を構え、魔力を込める。

が、発動はしない。

その様子を見たカインが声をかける。


「お前の、火の魔力じゃあ、発動、しない。それは、水の魔力専用の魔導具、だ。使うなら、魔石を嵌めないと」


その言葉を聞きバリィは魔導砲を見る。

その瞬間が命取りだった。


マコット・マチネによる〈弱体化〉二重掛けによって、一瞬身体能力を格段に落とされ、そのうえで、ジャニィとラギの蹴りを喰らう。

しかも、何が起きたか分からない内に、二人が離れ、バリィは混乱状態に陥る。


(なんだ!? なんでだ!? 何が起きている!?)


襲い掛かる子供たちにバリィは心底恐怖を感じていた。


ジャニィとラギに関しては魔導具込みの能力であればC級冒険者として活躍できるレベルには達していた。

加えて、タルトに考案してもらったパーティーとしての攻撃パターンは隙のないものと言えた。

それを完璧にこなしてみせるのが、マチネの遠距離攻撃および支援魔法だ。


小柄な身体と〈身体強化〉の魔導具を活かし、相手に纏わりつき少しずつ削る。

攻撃が当たっても強力な〈障壁〉が魔導具から発せられ致命傷は避け、〈治癒〉の魔導具で即座に回復を始める。

その瞬間に、弱体化デバフや状態異常で相手の無力化を図り、数発の攻撃魔法でけん制する。

メイン・サブの交代を繰り返しながら、延々と続けるこのスタイルは、圧倒的な力の差がない限り、数で勝るジャニィ達が有利だ。

更に、カインとマコットが中距離で何があっても対応できるようにサポートしている以上、バリィに出来ることはなかった。


「馬鹿な馬鹿な馬鹿な! 俺がこんなガキ共に! 何故勝てない! うがぁあああ! 火の精よ! 我が元に集え!」


バリィは苛立ちのあまり声でバレてしまう危険性を忘れ、大声で詠唱をし始める。


「……! 二人とも! 後退!」


マチネが、叫ぶ。

慌てて、飛び退くが距離は稼げず、バリィの魔法範囲内で動きを止めてしまう。


「……消えろ、絡みつくトゥイ・ド・フィア

「やめなさい!」


マチネの叫びと共に、マチネが青い魔石を嵌めた金属製の玉がバリィに向かってとんでいく。

その球は穴から水を噴き出しながら、バリィの炎を突き破り、バリィの腹に直撃する。


『魔彗星』と名付けられたその魔導具はマチネが考案した魔導具だった。

魔石を嵌めることでそれに応じた魔力が発動し、球を飛ばすと同時にコーティングする。

魔力を飽くまで直接の攻撃の手段だけで考えないマチネの自由な発想はカインやマコットも手放しでほめたたえるほどだった。

そんな有能な魔工技師二人が認める魔導具を腹に受け、腹のものを巻いた布にぶちまけたバリィがむせながらカイン達と向き合う。


「カインさん!」


その時、グレン・ココルが飛び込んでくる。

更に、後方支援に回っていた子供たち。

ギルドからやってきたのだろうシア・タルトと年下組が。

カインの周りに集まってくる。


「な……っんでだ! なぜ! お前の周りには! お前みたいな低ステータス者に! おば、おばえに!」


バリィは声を枯らせて叫び続けている。


「げ、げほっ……お前から全て! 全て奪ってやる!」

「そんなこと言ってる暇があったらみじめに逃げ出した方がいいんじゃないか? 怖いお兄さん達に捕まるよ」


ジャニィの言葉に、バリィが振り向くと屈強な男たちがこちらに向かって駆けてきている。

バリィは何処かで見たことあるような気がした。

そして、ハッと気づく。


(あの時の、救出隊の奴らだ!)


【大蛇の森】でカインと戦い敗北した後、カインへの恨み言を叫んでいたらやってきた救出隊に殴られたのだ。

バリィは頬に奔る痒みを乱雑に掻くと全力で逃げ出し始めた。


「待て! バリィ!」


すでに予想されていたのだろうバリィの名前を叫ぶ救出隊が放った魔法は逃げていくバリィの足や肩を貫く。


「くそ! くそっ! くそぉおおおお!」


手をついて這いずる様に逃げるバリィはもう昔のギルドの女性たちを虜にした凛々しさの欠片もなく、ただただ醜かった。


そんなバリィの姿をカインはさみしそうに見つめていた。


「カイン……大丈夫?」

「……う、ん。だい、じょうぶ」


カインは追わなかった。

彼にとって追うことに何も意味を見出せなかったからだ。


その日、バリィは冒険者資格を失い、お尋ね者となる。


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