「ふんふんふーん♪」
レイルの街を上機嫌な亀人族の美少女が歩いている。
時折、隣のぼおっとした黒髪の青年をちらりと盗み見しながら、嬉しそうに笑っている。
「ご機嫌、だね、タルト」
黒髪の男、カインは亀人族のタルトに話しかける。
タルトは、少し顔を赤らめるが、すぐにカインの方へ顔を向け、口を開く。
「そりゃあそうですよ! 今日はワタシとカインさんのデートの日なんですから!」
S級パーティー【小さな手】のリーダー、カインは、【遺物の工場】の件での仲間達へのお礼として、女性陣全員がカインと二人で一日過ごす権利を主張したことに戸惑っていた。
ここまでくれば勿論好意を勘違いすることはない。
ただ、誰か一人と結ばれることはない、とカインは思っていた。
それは、カインの自信のなさと彼女たちへの評価の高さ、そして、一度手痛い恋をしたことが原因だった。
(いつかはきっともっと素敵な人と巡り合う。こうして俺と過ごしていれば俺がダメなことも気づいてくれるだろう)
カインは、そう思いながら、その時にきっと少しばかり悔しくなるんだろうな、と苦笑した。
そして、カインを捨てた女の今を思う。
(メエナは何をしているんだろうな)
先日、バリィが魔導具店での盗難が明らかになり、お尋ね者になった。
まだ捕まってはいないらしい。
ただ、それによりカインが追放された【輝く炎】はパーティー抹消となった。
残されたメエナは、一度ふらりとギルドにやってきて登録取り消しをしてすぐに去っていったらしい。
メエナとカインは恋人同士だった。
冒険者として出会い何度か冒険を繰り返す内にメエナは度々カインにアプローチをかけてくるようになった。
カインは、今まで告白じみた言葉をかけてくれる女性はいたにはいたが、シアのような立場ある人間ばかりでカインについていくことが叶わず、メエナのように冒険の為とは言え、毎日一緒にいてアプローチされたことはなかった。
メエナにとっては、その街で人気だったカインをおとした女という称号が目的だったのだが、カインは気づくはずもなくメエナの誘導尋問によって告白、付き合うに至る。
そして、街の人に見せつけるようなデートを何回かした。
その後、別の街でバリィとティナスに出会い、【輝く炎】が結成され、レイルの街でカインは追放される。そして、メエナがバリィに乗り換えていたことを知る。
(あの頃のデートは……デートっていうか……)
「カインさん」
くいと袖が引っ張られるのを感じてカインはふと横を見下ろす。
そこには膨れっ面のタルトが。
「隣にいるワタシを無視して考え事ですかそーですか」
「ご、ごめん、タルト」
「いーんですいーんです。どーせワタシはシアさんとかと比べたら見た目ガキんちょですから。百五十超えてるのに……」
どう見ても見た目十五、六の美少女がいじけているのを見てカインは慌てる。
「え、と……あの、シアも確かに綺麗だけど、タルト、も、とっても可愛いよ。あ、かわいいというのは、その、子供みたいで、じゃなくて、女性として……」
その言葉にタルトは口をぽかーんとあけながら暫く動けなくなる。
そして、徐々に茹で亀のように真っ赤になってあわあわし始める。
「かわかわかわ、かわいい、とか、かわいいですか? ワタシ、かわいいですか!?」
「う、うん、かわいいよ」
実際にタルトは可愛い、とカインは思っていた。
今日の装いは白のレースが付いた高級感あるシャツに、黒いスカート。
少し大人な感じがタルトの美少女っぷりをあげているように見える。
また、白いシャツのせいか肌の色に混じる亀人族特有の薄緑の色素が幻想的で美しい。
その神秘性も相まって、大人しく微笑んでいればどこぞの令嬢と言われても疑わないだろう。
「ほ、ほんぎゃあ……」
令嬢らしからぬうめき声をあげながらタルトは両手を頬に当て、少しでも熱くなった頬を冷まそうとする。
しかし、そんなタルトの背後から声がかかる。
「お! タルトちゃん! 今日はカインさんとデートかい? いいねえいいねえ」
「タルトちゃん! この前下見してたもんねえ、あ、」
「ほんぎゃああ! それ、今言っちゃダメですよおお!」
街の人々が声を掛けてくるが、タルトにとってカインに知られたくなかった情報だった為、タルトの絶叫が木霊する。
タルトは街でも人気者だった。
シアやレオナは、王女・聖女という肩書(と、普段は猫を被っていることと、一部では怒ったら怖いとのが知られていること)もあり、街の人も遠巻きに見ていることが多い。
ココルはカインと親密さをアピールする無表情ながら健気な女の子として話しかけられるが、無表情と無感情な口調故に、愛嬌があるとは言えない。
そこにいくとタルトは、表情豊かでリアクションも大きいし、知的好奇心が強い為にいろんな人に物怖じせず話しかける。
そして、普段シアに遊ばれ顔面を崩しているが、落ち着いて見れば、まごうことなき美少女だ。
なので、タルトはレイルに来てから僅かな間で、ギルド長シキ、領主の娘ルゥナに並んで人気者になっていた。
そんな人気者は街の人たちに盛大にからかわれながら、カインと一緒に街を歩く。
それは苦行に近い辱めであったが、それと同時に、かけられる応援の声にタルトは頬が緩む。
元居たマシラウでは、海人族と只人族の歴史が、距離を作ってしまっていた為、話しかけられることはそうそうなかった。
この街では、タルトは一人の女の子として、対等な人として扱われていた。
ちらりと横を見る。
黒髪の優し気な瞳の青年が居る。
タルトは知っていた。
黒髪の青年と並んで歩くとき、タルトが一度も彼の背中を見ていないことを。
足が遅いうえに小さい自分に合わせて歩いてくれていることを。
店に並んだ商品に目がひかれるとさりげなく立ち止まってくれることを。
彼はずっと隣にいるのだ。
タルトは、また緩む頬を必死に抑えた。
「ところで」
「ほぎゃあ!」
「あ、ご、ごめん。驚かせて……そういえば、クグイから、コレ借りてきたよ」
と、カインが腰に下げていた袋から宝玉を取り出す。
「わああ! ありがとうございます! 『計測球』!」
今では冒険者ギルドに必ずといっていいほど設置されている魔導具が計測球だった。
その開発者の一人がクグイだった。
「クグイには、謝られたよ『君を苦しめることになってすまない』って」
追放ブーム。
冒険者の中で起きている悪しき流行だった。
低ステータスを差別し、パーティーから追放するというもの。
カインもタルトもその被害者だった。
「カインさんは、なんて答えたんですか?」
「『【小さな手】のみんなと会えたから大丈夫』って」
「……! ワ、ワタシもです!」
タルトがはじけるような笑顔でカインに同意を示す。
「見ていいですか!? 見ていいですか!?」
「うん、じゃあ、そこの道具屋が知り合いだから、そこでちょっと場所を借りようか」
『計測球』は非常に高価な魔導具の為、先日のようなよからぬ輩に見つかるとよくない。
そう考えたカインは、道具屋に訳を話し奥に入れてもらう。
あのたすの英雄ならと快く主人に招き入れられ、二人は計測球を挟んで見つめる。
「じゃあ、鍵は外したから、いくよ〈
鍵盤とつながった計測球が輝き出し、その術式を浮かべる。
その輝きに勝るとも劣らないくらい瞳を輝かせてタルトは見つめ続ける。
「ほおおおお! なるほどなるほど! 多重鑑定魔法ですね! しかも! これは……あえて、術式の属性をバラバラにして鑑定精度を保っているんですね! そして、光闇属性で纏めて……表示して! ほあああああ! すごいすごいです!」
タルトは、自身でも広範囲鑑定を凝縮させ密度を上げた鑑定魔法で多角的に計測球を調べる。
タルト曰く、複数の層で作られた宝玉だからこそ力や素早さ、身体強度等複数のステータスを一気に鑑定する『多重鑑定』を可能にさせているらしく、術式と道具の両面が美しく絡み合った芸術品らしい。
カインもまた、その説明を聞きながら、クグイ達の作り出した美しい術式に目を奪われていた。
(クグイ、やっぱり謝らなくていいよ。君たちは素晴らしいものを作り出したんだ)
ふとタルトを見ると、目を見開いたまま動かなくなっている。
瞳が輝きを失い、気絶しているようにも見えた。
「タルト?」
「……あ、ああ、すみません。記憶の整理をしてまして」
「記憶の、整理……?」
「ええと、まあ、大丈夫ですよね。あの、竜の宮の魔法でして、記憶を小さくしたり消したりして整理するんです。この計測球の情報をしっかり入れておきたくて」
記憶を整理する魔法などカインは聞いたこともなかった。
だが、実際にタルトは膨大な本の内容を記憶している。
ぼうっとしているようで実は自分の頭の中で忙しく働きまわっているだろう身動き一つしないタルトをカインは見つめた。
(竜の宮にはまだまだ只人の知らない不思議な世界が広がっているのだろうな)
そして、二人で満足そうに道具屋をあとにする。
「ごめんね、預けられ、なくて。クグイが絶対に、俺が、持っておくように、って言われて……」
「大丈夫です! 見られてうれしかったです!」
「見たいときはまた言ってね」
「え? ああ! いいんですか! やりました! 間違えました! わかりました!」
(カインさんに会う口実が増えた! ありがとうクグイさん!)
「あ、それで、このあとは、どこに行くつもり、だったの?」
「あ、ああ! そうですね! 今日は、あそこに行こうかと思ってまして!」
「【鵞鳥の庭】?」
タルトが指し示した先にあったのは、最近出来た玩具屋兼遊戯場だった。